このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成19年07月07日)

『おねだり女房−影十手活殺帖』
(宮本昌孝著・講談社)

  講談社の新雑誌「KENZAN」から生まれた捕物帖のようだ。何か面白い時代小説がないかと図書館を探していて、新刊コーナーで見つけた1冊だ。宮本昌孝氏の作品は、おそらく私は今回初めてだろう。

 主役の和三郎は、幕法によって定められた2つの縁切寺・相州鎌倉の東慶寺の御用宿を勤める餅菓子屋平左衛門の倅(せがれ)である。ちなみにもう1箇所の縁切寺は上州新田の満徳寺。私は、昔会社時代の初任地が、群馬県太田市の工場だったので、実は満徳寺の方は知っている。由緒のある寺だとは想像していたが、この太田市は新田義貞や徳川家の先祖・徳阿弥の出身地なので、その関係の寺かと思っていた。そんな有名な縁切寺とはついぞ知らなかった。

 話がそれた。主な登場人物の紹介でもしておこう。
 この東慶寺は北条家ゆかりであると同時に、徳川家康や千姫ゆかりの寺であるらしい。長々とそのゆかりを書くのは面倒なので、詳細を知りたい人は、この本を読んでもらいたい。とにかく幕府にとって不可侵の権現様(死んで神となった徳川家康のこと)に認められた縁切寺であったようだ。

 江戸時代、良人(夫)との離縁を望んでも、離縁の権利を持つのは良人の側で、女性の側にはなかった。最後の手段として、駆け込み、助けを求めることを幕法によって認められ、この2つの縁切寺はあったようだ。駆け込む女もよく誤解している事があるのだが、駆け込んだからといってすぐに離縁が成立する訳ではない。まず寺の僧尼立会いのもと、寺役人による聞取り調査する。離縁の理由が不行き届きの場合は、離縁を許さないし、同情できる理由があっても、できるだけ元の鞘に収まるよう説得した。しかし寺側が離縁を認めた場合は、夫の側は認めざるを得ない権威をもっていたようだ。

 この小説の脇役の一人、野村市助は、その東慶寺の寺役人という役回りで、時々和三郎を御用に使うという関係にある。顔のあちこちから毛が生え、尼僧から焼芋(あったかい人柄からそう名付けられた)あだ名される人の好い性格の仁である。甘いものが好きとみえて、毎日のように餅平の菓子を食いにやってくる。駆け込み女の吟味も、杓子定規的な取り扱いをせず、非常に人情味あふれる解決を心がけるのだった。
 
 その市助に協力する餅菓子屋平左衛門の倅・和三郎には裏の顔があった。東慶寺に千姫が連れてきた秀頼の側室が生んだ女児・天秀尼。千姫が、家康に直談判して、開山以来、東慶寺が守り通してきた寺格と寺法を一切損なわないことが決まり、いわば家康お声懸りの寺となって以来、千姫のいつけに服して天秀尼の守護者となった甲賀忍び、夏見平左衛門晴守より7代目の術者であった。父平左衛門から色々な術を受け継いでいたのであった。

 この小説には、もう一人重要な脇役というかヒロインも登場する。公儀御庭番村垣吉平の息女紀乃である。紀乃とは、彼女が父親の探索に協力し、偽の駆け込み女としてやってきた事件で知り合って以来相思相愛の仲になったようである。しかし御庭番筆頭で千二百石を知行する旗本の娘と、餅菓子屋の倅という身分の差。お互い胸のうちを明かすことができずにいくつもの事件は、展開していく訳である。

 収められた話は4作。「助六小僧」「おねだり女房」「長命水と桜餅」「雨の離れ山」。
 この本は、続編ができるのかどうかはわからない。今回の最後の場面は、和三郎が紀乃とハッピーエンドで終わるかと思われたところ、邪魔が入りすんなりとはいかなかっただけに、おそらくまだ続くのだろうと私は推測する。

 まあ娯楽時代小説としては、十分に楽しめる1冊です。

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