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書評(平成19年08月16日)

『物理学はいかに創られたか)』
(アインシュタイン&インフェルト著・石原純訳)

 (上巻)
 この本は、古本屋で1冊たった100円で買ってきた本です。
 私は物理学にも非常に興味がある。特に相対性理論や量子論、宇宙論などは、未知な部分も多く、それだけに興味が尽きない。アインシュタインや相対性理論に関する本も今までに色々と読んできた。しかし今までアインシュタイン自身が書いた本には、なかなかお目にかかれなかった。(ただし、たとえ手にすることができても、専門書なら、独力で読むのは無理だったろう。(笑))

 この本は、アインシュタインと、これまた有名な物理学者インフェルトが書いた共著だ。どちらがどの部分を書いたかは、読んだかぎりではさっぱりわからない。全ての文章を二人が錬って書いたということなのかな?その辺の詳細は不明である。

 私は、有名な学者が書いた本は、できるだけ原著に近い形で読んだ方がいいと思っている。といっても外国人が書いた本だと、英語などで書かれているから現実ではなかなか難しい。私も大学時代、ケインズの『一般理論』やサミュエルソンの『経済学』を四苦八苦して読んでいたが、結局全体の半分も訳さないで卒業してしまった。
 だから原書を読めなど偉そうなことは云わない。原著が無理なら、せめて翻訳本をできるだけ読むのを勧めたい。専攻する学科に関しては、入門書や解説本ばかり読んでいてはダメだと思っている。

 翻訳本でも古典は難しい本が多いのは確かである。しかし中には想像以上に読みやすい場合もある。例えばルソーやショーペンハウエルなどは、わかりやすい文章で書いてある。興味のある人は是非とも岩波文庫などの翻訳書で読むことを勧める。この本もそういった本の1つに挙げたい。

 序文で著者が「読者は物理学や数学の具体的な知識を何ももっていなくとも、適当な思考力をもってさえいればよいと思います」と書いているように、数式も殆ど出てこないので、物理学の知識がなくても読めると思います。高校程度の物理学の知識がある人なら、必ず理解できる内容の本です。

 この本は、本当にわかりやすく書かれています。
 1つには、原文自体と訳がいいのでしょう。外国は日本と違い、専門書はできるだけ理解しやすく書かれるといいますし、一般向けの本はホーキングの本のように、できるだけ数式を使わずまた専門知識が無くとも読めるように書かれるといいます。そういった影響もあるのでしょう。またそれだけでなく、この本は訳も非常に上手いと思います。1939年(日中戦争勃発の2年後、ノモンハン事件の年)という時代に出版されている本ですが、この時代によくありがちな古めかしい難解な文体ではなく、石原純氏の訳は口語的で非常に易しく訳されています。

 また理解しやすいもう一つの理由として、文章というか説明のの展開が上手いのだと思います。私は1つ前の書評で、その本(「二重らせんの私」)の中で書かれていた言葉「人間というものは、ものごとが発見された順序で説明されたときに、一番理解できるものだよ」を採り上げ、共感できると書きました。
 この本もタイトルに「物理学はいかに創られたか」とあるように、現代物理学が創られてきた過程をたどりながら、説明していく形を採っています。それもわかり理由の1つだと思います。

  私は、高校時代に、物理Ⅱまで学びましたが、物理のT本という先生が恐ろしいほど教えるのが下手で、授業はほとんど役に立たず、参考書や問題集でやっと理解していました。物理学は、そのためか、ある公式や法則などの事実を頭に入れて、その応用問題を幾つか説いて、慣れて何とかこなしていたという感じでした。慣れだけで習得していった物理学を、数式を全く使わずに(私は数式というものはろくに理解していないのに、理解したと錯覚を起こしやすいものだと思います)感心させられるほど上手く説明しています。この本のようにガリレイの頃から現代物理学が構築されるまでの過程を、(過去の科学者達の)誤認識まで含めて説明してもらえると、物理学を根本的に、基礎から理解できたような感じを私は覚えました。

 各章ごとにちょっと紹介する。
 第1章は「力学的自然観」の勃興ということで、ガリレオやニュートンなどによって導き出された物体の運動学的理論が述べられます。
 第2章は「力学的自然観の凋落」ということで、電気や光が登場してきます。光に関してはニュートンも、光素という粒子を考え、スペクトル分析も行い優れた理論を構築します。これはそれなりに首尾一貫した理論だったですが、そこにホイヘンスが登場してきます。空間を満たすエーテルというものを仮定し、それを媒質とした光の波動説を唱えます。ニュートン派とホイヘンス派の間で議論が戦わされますが、一旦はホイヘンス説の波動による力学的説明の方が正しいということになります。

 第Ⅲ章は「場・相対性(1)」です。第Ⅱ章で一旦は勝利したホイヘンスの波動説も、しかしながらしばらくすると、光の波動説のみでは上手く説明できない状況が色々出てきます。光が通ると仮定された媒体・エーテルは、光が横波であるとわかった事から、力学的に考えるとホイヘンスが考えるような気体のようなものではなく、「ジェリー」のようなものでなければならなくなります。その他にも色々と問題点が見つかり、エーテルというものを仮定するその仮定が、強要的で人工的であったので、エーテルは漸次否定されていきます。

 そしてファラデー、マックスウェルなどによって、電気や磁石の研究から、場の理論が考え出されます。「電場の変化は磁場を伴う」し、また「磁場の変化は電場を伴う」ということがわかり、電磁場というものが登場します。そして電磁波の速度も、真空では光と同じ速度ということが証明され(ヘルツによって)ます。さらには、電磁波と光は、物理学上の見地から言って、相違は単に波長が異なるだけだということまでわかります。

 この上巻では、大体こういったあたりまで書かれているようです。下巻からは本格的に相対性理論や量子論が登場するようです。ちらっとだが、ペラペラ頁をめくって見たところでは、こちらも参考図はあるが、数式は全くと言っていいほどないようだ。
 どのような説明がされているか、今から楽しみである。


(下巻)
 昨日上巻を読んだばかりだが、今日は仕事もなかったので、下巻の方を一気に読んでみた。
 
 下巻の第Ⅲ章からは、本格的に相対性理論に入ってくる。
 上巻でも出てきたマックスウェルの方程式が導き出された電磁場、つまり「場」の問題から、相対理論は起こります。またこの頃には、光素が伝わる媒質としてのエーテルの性質を追求することを完全に放棄することになります。すなわちエーテルという仮定上の物質を完全に否定します。
 そして昔の理論の矛盾と不合理が、時空連続体、すなわち物理的な世界におけるあらゆる出来事の舞台に、新しい性質を帰属させるよう物理学に強要。これにより、相対性理論は、特殊相対性理論、そしてさらには一般性相対理論という二段階を踏んで発展することになります。
 (特殊相対性理論と一般相対性理論の違いは、この第Ⅱ章の一番最後に、この章としてのまとめが書いてありますが、そこに非常にうまく説明されています。私が下手な説明を書く必要もないでしょう!)

 相対性理論は、私などの凡人には、何度読んでも難しい。私らが感覚的に容易に納得できる物理学とは大いに違う。何度読んでもやっぱり、なかなかすんなりとは受け入れにくい。
 真空中での光の速度はあらゆる座標系において同一であるとか、光速に近い速度で進む物体は、動く方向に長さが縮むとか・・・。
 また質量とエネルギーの等質は、あの有名な式で知ってはいるが、「物体はエネルギーの大きな貯蔵者であると共に、エネルギーは質量を持っているのです。このようにして、質量とエネルギーの間の差別は既に性質的なものではないですから、性質的に物体と場を差別することはできないわけです。現にエネルギーの大部分は物体の中に集中しているのです。それと同時に、質点を取り囲んでいる場は、たとえ比較的に少量であるにしても、やはりエネルギーを洗うわしているのです。ですからこう言ってもいいでしょう。エネルギーが多量に集中している場が物体であって、エネルギーの集中が少ない場所が場であると。しかしもしもそうであるなら、物体と場の間の相違は、性質的なものではなくて、むしろ数量的なものになってしまいます。ですから物体と場とを、相互に全く性質を異にした2つのものと見なすのは無意味であり、従って場と物体とを明瞭に分離する一定の表面を考えることも出来ません。」
 順々に説明されれば、そのように考えねばならぬかと思うが、慣れるには難しい気がした。

 この下巻では第Ⅴ章で「量子論」を説明しています。これをあげねばやはり現代物理学では、片手落ちというか不十分といえるでしょう。こちらは、「個々のものでなく集群を支配する法則を形成します。性質でなく、確率が記述され、体系の将来を明らかにする法則ではなく、確率の時間による変化を支配し、従って個々のものの大きな集合に関する法則が立てられます。」
 この量子論も、相対性理論以上に、何度読んでもなかなか理解できないものである。この本の中では、現代物理学に欠かせぬ理論なので、採り上げているが、相対性理論のアインシュタインが書いているせいか、60頁ほどで簡単に説明して終わっている。

 量子物理学が、それまでの物理学が説明できなかった沢山の事実を説明し、それらの大部分が、理論と観測のすばらしい一致をみているが、これを一般相対性理論との統一、というか全てを場の概念に統一しようとすると、量子物理学が物質と場の2つの概念に基づいた二元論なので、足踏みし全然実現に向かわないとも述べている。
 この本は1939年に書かれた本であるが、この状況は、素粒子などの事ががかなりわかってきた現在にあっても、あまり変わっていないように思う。
 
 アインシュタインとインフェルトという超大御所が書いた本とはいえ、かなり古い本で、その上に数式が全く出こない、説明文だけで頭でイメージしながら読み進める本だけに、慣れないと読みにくいと感じる人もいるかもしれない。しかしこの本では次のように書かれています。
 「物理学の理論を立てるのには、根本的な思考が最も本質的な役目を演じます。物理学の書物は複雑な数学公式で充たされていますが、どの物理理論にしても、その端緒となるのは観念や思考であって、公式ではありません。思考は、それを実験と比較し得るようにするために、その後に数量的な理論として数学的な形式を取るようにしなければならないのです。」
 私も最近このことがわかりかけてきました。この本は、上のように言いつつも素人を突き放すのではなく、難しい物理理論を理解できるようわかりやすく書いている苦労が伺えます。めったにない好書です。

 できれば理系、特に物理関係の方面を目指す高校生には、是非とも薦めたい、読んでほしい本です。
 今後も、これら物理学上の未知の謎というか宇宙の神秘に関する本を読み続け、私なりに宇宙観を作り上げていきたいと考えています。

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