このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成19年08月18日)

『脳を究める—脳研究最前線—』
(立花隆著・朝日新聞社)

 私は脳に関してもかなり興味がある。数年前NHKでも脳に関するシリーズもののスペシャル番組をやっていたが、あれが放映されるずっと前から興味があった。というより20年以上も前からずっと興味を持ち続けている。

 脳に対する興味が湧いて、最初に読んだ本は、角田忠信氏の『右脳と左脳—その機能と文化の特殊性—』であった。今では常識となっている“虫の声”に関する話が出てきて、西洋では虫の鳴き声を単なるノイズとして聞いているが、日本人は、虫の声を人の言葉と同様、左脳で聞いている・・・・などという脳の比較による日本人と西洋人の比較論などがおそらく角田氏によって科学的に初めて述べられ、当時大変話題になった本である。
 角田氏は東京医科歯科大学の教授であった。私はこの本が発売された当時、医科歯科大学とは御茶ノ水の堀(神田川)を挟んで対岸の駿台の予備校に通っていたので、その本を持って角田先生を訪ねサインしてもらった思い出がある。
 
 その後も脳に対しては興味を持ち続け、この書評でも『DNAに魂はあるか』(フランシス・クリック著・講談社)や養老孟司氏の本、それに『脳を知りたい』(野村進著・新潮社)や『自分の脳を自分で育てる』(川島隆太著・くもん出版)など色々紹介している。

 さて今回の本だが、あの立花隆氏の本である。立花氏もかなり以前から脳について興味を抱いていたようだ。私は十年ほど前、立花氏の脳死に関する(このブログでは紹介していない)本を読んだことがあるが、それよりもかなり前から関心があったようだ。
 この本はサブタイトル名に「脳研究最前線」とあるように、日本の脳研究の最前線にいる専門家が20数人登場する。それらの研究者を訪問取材しレポートしたものだ。
 (初出は『科学朝日』1993年10月〜1995年3月号で、それらを纏めた本のようだ。)

 それだけに内容も非常に多い。深入りはしない程度で紹介したい。
 研究のツール(道具)も様々だ。X線CT、PET(陽電子放射線断層撮影装置=体内の血流や代謝を画像で見る装置)、脳波計、脳磁計(MEG)、MRI(核磁気共鳴断層装置)、光学的脳活動測定装置・・・など色々出てくる。ツールだけでなく、研究方法も、ノーベル賞を受賞した利根川進氏が用いたノックアウト・マウス法などといった面白いものも出てくる。それぞれに一長一短があり、各科学者はその特長を最大限活かして研究をしているようだ。なかにはそういったツールなどのハード(設備)に莫大な金がかかるので、自前で作成したり、メーカーと共同研究で開発したりと努力している研究者も何にか出てくる。
 (この本が書かれた当時では)アメリカと比較すると日本の脳研究への補助金というか国家予算は約1/20だということだが、少ない予算で本当によくやっているという感じがした。

 脳研究は、最近非常に加速しつつあるようだが、専門家に言わせると、それでも解明したいことのまだほんの一割以下ぐらいしかわかっていないとのこと。

 またこの本では、読んでいると各専門家の意見の相違んも色々と見えてくる。たとえば情報の伝達の仕組みも、意見が分かれている。ある人は、神経細胞の中の軸索は、電気信号を送る単なる電線ではなく、そもそも情報の伝達は全て化学反応で行われており、電気的な部分はニューロンが発火する部分のみ、もしかしたらシナプスなどの神経細胞の一部で情報処理の一部も行われているかもしれないという。またある人は、いや伝達に化学的側面はあっても、基本的な情報処理は、そのようなケミカルマシンではなく、本質的には電気信号による情報処理マシンである・・・などという。

 私自身は、ケミカル・マシン論に近い考えを持っていたが、この本を読んだかぎりでは、まだどっちが有力だとも、どちらも含むがどちらの側面がより近いなどといったことは、わからない。

 こういった違いのほかにも、今までどちらかというと低次の脳と思われていた小脳の意外な機能や、人とハトなどの鳥との物の認識方法の違いなどの話も面白かった。ハトがモネの絵とピカソの絵をその特徴から見分けることができるとか、バッハと現代音楽を聞き分けるという話や、ホシガラスが秋に捕らえた餌を700箇所にも及ぶ場所に隠して、春にそれを引っ張り出して食べる、つまりそれだけの脅威の記憶力があるなどという話など。

 また視覚に関する神経分析で、それぞれの神経細胞がどのような情報に反応するかなどの視覚に関する研究や、記憶(長期記憶および短期記憶)の仕組みに関する研究(まだその仕組みはほとんど解明されていないが、たとえばシナプス可塑性が、記憶や学習能力のカギとなるという話など)の話etc・・・・非常に興味が湧く話ばかりであった。

 カラーによる図や写真も多様されています。文章だけ読んでいると、かなり難しい話も出てくるのだが、それらを参照することによって、容易にイメージして理解しやすくなっています。
 脳に興味のある人には、お薦めの一冊です。 

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください