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書評(平成19年08月25日)

『続「甘え」の構造』(土居健郎著・弘文堂)

  一月ほど前に「甘え」の構造を20年ぶりほどに再読し、この書評でも紹介したが、この本はその続編である。続編といっても、初刊から30年ということであり、著者の「甘え」概念に関する本は多数書かれている。私もそれらのうち『裏と表』、『「甘え」雑考』、『漱石の心的世界』も読んでいる。
 先日図書館へ行ったら、この本が目に付いたので、最近『「甘え」の構造』を再読して、内容を思い出したこともあり、まだ未読のこの本も読んでみようとおもったのだ。

 「甘え」の概念が著者によって説かれて以来、「甘え」の概念が、誤解されたり、著者の説が批判されたり、また著者自身説明不足だったと反省させられる部分が出てきたという。この本は、今や世界に通ずる普遍的概念としての「AMAE(甘え)」を、著者自身が批判なども真摯に受け止めながら、しかし「甘え」の概念そのものは一層ゆるぎないと確信し、その再認識を訴えるために書かれた本のようである。

 私自身は、この本を非常に高く評価している。私自身の「甘え」という言い方に、誤用はないかと言われれば、結構誤用している節もあるかと思うが、著者の言わんとすることは納得できる。『「甘え」の構造』がベストセラーになったのも、単に流行語となっただけでなく、やはり(私自身も含め)当時日本人論の1つとして、それも日本人の特性を鋭く指摘したというか、摘出ししてみせたことが理由にあげられるであろう。今や日本の精神分析学の古典とも言えよう。

 今や普通名詞化したこの「甘えの構造」という言葉は、著者自身がいうように日本人の好ましからぬ面をさして「あれは甘えの構造」だと言い方が一部でされるようになっている。 
 しかし著者自身は、「「甘え」そのものが悪いと書いたつもりはない。「甘え」が人間成長にとって必要不可欠であるという洞察を一方で提示するとともに、他方、大人になってから自分の甘えに気付かずにいるということが問題であるという点を明らかにすること事」が『「甘え」の構造」の主旨であったと言う。

 「甘え」の語そのものは、日本語に特有だが、「甘え」の語に含まれる概念は普遍的であり、日本人のみでなく、世界中の人にも適用されるとする。「甘え」の概念そのものは、著者のアメリカ留学によって発見されたもので、発見当初「甘え」を著者自身も、もっぱら日本人特有なものであると考えたそうだ。
 その後「甘え」に相当する英単語こそないが、その意味を英語に表現するのは可能だし、同様の概念に相当する述語を作り出した精神分析者(マイケル・バリント)を知るに至り、「甘え」は普遍的概念だと気付く訳である。

 たとえば著者は、欧米社会で自助論が唱えられる社会傾向が、キリスト教離れと表裏をなす関係にあることを指摘する。万能でない神に頼れぬことから、甘えを捨て自助ないし自己決定の理想とされ、そのように生きることが求められる。しかしこのことが欧米で多くの精神病患者を生み出した。そしてそういう自助論を当たり前と思う欧米の精神科医・精神分析家に、その考えのもとに行う精神療法の問題点を指摘する。

 詳しく述べると、著者がアメリカで見たような、精神治療家が患者に対して、自分自身を助けようとしない限り、手を差し伸べない治療法に疑問を感じ、精神療法というものは患者を助けることによって彼が自分自身を助けられるようにすることである、と訴えている。つまりこれらの背景にも「甘え」の構造が存在し、「甘え」の普遍的概念が理解されていないがために、著者から見ると、患者の訴えを理解できずに、治療が進まない面があることを指摘している。

 その他に、前半の第一篇「「甘え」について」では、「甘え」の概念を十分理解していない人のために、色々用例を用いてもう一度初めから詳しく説明しているのだが、幸田露伴、樋口一葉、夏目漱石とその弟子たち、太宰治などの文章が紹介されている。
 私も夏目漱石、太宰治などは中学・高校の頃、かなり読んだが、このような精神分析的説明だけを読んでみても、私がこれらの本をいかほど理解して読んでいたか、疑わしく苦笑するばかりである。でも少年時代という多感というか過敏な時期でなければ、感じ得なかったこともあるように思う。ここ数十年全く漱石や太宰を読む気が起こらないのも、昔は何か純粋さゆえに多感で、ある面を理解するには今より読むにふさわしい個人的状況もあったのだと思う。
 また色々な人生経験を経た今でないと真に理解できない箇所もあろう。また機会があったらそういった文豪の本を、再読してみたいと思う。

 自分について、社会について、日本人について、見直すにはいい本です。勿論お薦めの1冊です。 

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