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書評(平成19年08月28日)

『そんなバカな!—遺伝子と神について—』
(竹内久美子著・文藝春秋)

 竹内久美子さん名はかなり前から、知っていたが、今回読むのは初めてである。遺伝学の方から、動物行動学の方へ進まれた方で、現在までにこの分野に関する多数の本を執筆・出版している。この「そんなバカな!」もベストセラーになった本で、彼女の代表作の1つである。

 この本は30年前一大センセーションを巻き起こしたリチャード・ドーキンスの『利己的遺伝子』を、彼女流に解釈し、書かれた本である。(最近R・ドーキンスの『利己的な遺伝子』が出版30周年を記念して、再刊されているのを、私は近くの書店でみた。)
 利己的遺伝子とは、著者も言うように、「必ずしも実在する遺伝子そのものを指す言葉ではなく、むしろ遺伝子のもつ性質や、遺伝的進化の問題を考えやすくするための便宜的約束事の事である。」

 では利己的遺伝子とはどんな考え方かというと、この我々を含め全ての生物の体は、遺伝子が自らを乗せるために作り上げた乗り物(ヴィークル)だというものだ。「遺伝子は、悠久の時間を旅するという目的のために我々の体を利用している。個体は幾つもの遺伝子が今偶然にも乗り合わせているうたかたの存在で、個体の死が生命の終わりを意味するのではない。主体は最初から遺伝子の側にあったのである。」「生命の本質とは、自分で自分のコピーを作ること、つまり自己複製を作ることなのだ。」
 
 ドーキンスは、この利己的遺伝子という概念のほかにも、ミームという概念をつくり、持論を展開している。ミームとは、たとえば猿の集団などで、ある日突然芋を洗う猿が現れたり、温泉に入る猿が現れると、それが若い世代から伝播し、数世代を減るうちに完全にその集団の文化として定着してしまうような様子などをみると、文化というものに遺伝とのアナロジーが考えられ、遺伝的伝達の単位・遺伝子と呼ぶのに対して、文化的伝達の単位をこのように名付けたものである。

 そしてこの2種類の自己複製子の影響のもと、その乗り物(ヴィークル)である生き物がどのような行動を知らず知らずとるのかを非常にユニークに展開した訳である。人間の場合には、高等になったため、利己的遺伝子の企みに反する行動を採りはじめてきた。そこで利己的遺伝子は今度は人間を自己欺瞞に陥らさせたりまでして、その意図を成し遂げようとしているという。

 彼女は、このドーキンスの説を応用し、嫁姑戦争や、しつけなどの行動の裏に、利己的遺伝子の企みが潜んでいることを述べる。社会の色々な団体運動も、本人も知らぬ間に利己的遺伝子に操られた武闘訓練だという。

 読んでいて確かに「そんなバカな!」と言いたくなる。R・ドーキンスの本は読んでいないが、竹内さんの説明は、少しご都合主義的主張が多いのではなかろうか。ドーキンス氏の考えのあたりまでは、何とか受け入れられる。また嫁・姑戦争や躾という行動の裏側というか、意識しない部分に、利己的遺伝子の企みがあるのかもしれない。しかし彼女の、子を叱るとかのしつけ(躾)の行動を、次々に出される新しい動物行動学の説を引用したりして、まるで鬼の首でもとったかのように、嬉々として批判しているのには、同意できるものではなかった。

 この人は、子供の能力を伸ばすには叱るのではなくて、褒めるべきだとし、どうしても叱らねばならぬ時は論理的に諭せばいいという。確かに子供の能力を伸ばすときは、褒めることが有効である。しかし、躾の箇所のみならず、この人の他の箇所を読んでいると、かなり一面的な見方いわば自分に都合が良いご都合主義的解釈が多い気がしてならない。つまりそこに彼女のこれまでの生き様・育ちなどが透けて見えるような気がしてならない。

 自己的遺伝子自身、全てが実在する遺伝子という訳ではなく、ほとんど思弁的に考え出された遺伝子に過ぎない。浅学な私が、この説を別に否定しようという訳ではない。かなり面白い説なので、できればR・ドーキンスの本も読んでみたいと思っているくらいだ。しかし彼女の説はどうも納得がいかない。

 少子化問題に対する楽観論(彼女自身の発案の説ではないが)なども、どうも頷けない。彼女は得々として述べるが、少子化を述べるに当たって、彼女のような多様な要素が絡む問題を、自分の得意な一側面からしか見ないで論調するのは、社会を単純に見すぎているし、愚かな行為としか思えない。

 こう考えるのは、私が頭が柔軟でなく単に「バカの壁」を乗り越えられないだけなのだろうか。
 色々と批判してきたが、興味深い話も多く読む価値は十分にある。たとえば第1章では、動物行動学ができるまでに、登場した4人の遺伝学者を紹介している。集団遺伝学で名高いJ・B・S・ホールデン、ミツバチの行動の研究などで有名なW・D・ハミルトン、R・ドーキンス、フランシス・クリック(DNAの2重螺旋構造を解明してノーベル賞を受賞したあのクリック)。

 それにこの本は彼女の説ばかりではく、色々な動物行動学者の研究が紹介されている。これらの部分は、かなり突飛な考えもあるが、彼女自身の説よりは、私はすんなり読めた気がした。

 あなたも一度、読んでみて、人間や動物の行動を、自分なりに考えてみてはいかが。 

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