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書評(平成19年09月05日)

『武王の門(上巻)』
(北方謙三著・新潮文庫)

  今回紹介する小説も太平記関係の小説である。主人公は後醍醐天皇の子で九州征西府の牧宮(まきのみや)・懐良(かねよし)親王である。前回の記事で紹介した『児島高徳』(火坂雅志著・文春文庫)の中にも、少しだけだが、懐良が出てくる。それは南朝方の武将として日本各地に転戦活躍する児島高徳が、吉野の指示で九州に出向き、懐良の九州征討と統一を助けるという話で登場する。ただしこの『武王の門(上巻)』を読んだかぎりでは、逆に児島高徳は全く出てこない。下巻で出てくるのだろうか?

 まあそういうことはどうでもいいことだ。とにかくこの本は太平記でも、メインの動きを扱ったものではなく、脇方の話、あまり注目を浴びることが少ない牧宮・懐良親王を扱った外史的な小説である。だが非常に面白い。

 北方謙三の太平記関係の小説としては以前、赤松円心則村を主人公とした『悪党の裔』を読んでいる。代表的な悪党出身の武将として生きた赤松円心とは、懐良は全く正確を異にするが、自分の運命(後醍醐天皇の皇子として生まれたこと)を受け入れ、動乱の世を積極的に生きる姿には、やはり同じ動乱の世を生きた男の姿として、魅力がある。

 太平記の面白さは、裏切り、兄弟・親子の対立も普通、信義も何も無い無情の世界、そういった世で己の力を拠り所に生きる実に活々と生きる男たちの姿ではなかろうか。その当時に生きた人間には大変だったと思うが、あの混沌さが小説で読むものには、先が読めない奇想天外な面白さを与えていると思う。この本を読んでみて気付くのだが、当時の九州も非常に混沌としている。南朝VS北朝という単純な色分けはとてもできない。

 同じ北朝方でも、尊氏に近い九州探題の一色氏、南九州の押さえとして尊氏が置いていった日向の畠山氏もいれば、また鎌倉時代からの雄で、必ず九州の足利の譜代(一色氏や畠山氏)に従わうとは限らない島津氏(島津貞久)、大友氏、少弐氏(大宰府)などもいる。実際、島津氏は畠山氏と何度も小競り合いをしているようだし、少弐氏も一色氏と大合戦をやっている。また少弐氏は、一族の長・少弐頼尚(よりひさ)が、尊氏に反旗を翻した足利直冬(ただふゆ)の側についたり、また一色側についた実の弟と対立したりしている。また以前は勤皇方として活躍した阿蘇氏が態度を明確にしない(阿蘇惟時)かと思えば、その惟時の実の弟・恵良惟澄は当初から懐良方として登場。

 千本槍で有名な古くからの勤皇党の菊池氏は、勿論朝廷方として出てくる。主人公・懐良を支える菊池武光は準主役といった役どころ。懐良の軍勢は、菊池氏の軍勢とほぼイコールである。また菊池氏と同じ肥後の勢力として、阿蘇氏も出てくるが態度が揺れ動く。松浦水軍の波多氏、忽那(くつな)水軍や、村上水軍(村上義弘)なども懐良を助ける勢力として出てくる。ただし当初、松浦水軍の主力・佐志披(ひらく)は一色方として登場。このあたりも一筋縄ではない。
 勿論、風見鶏のような勢力も沢山いる。これらの色々な勢力が、九州の統一を目指して戦いあうのである。

 その他に、楠木正成に関わりのある忍び仲間や、六波羅探題の北条時益の残党の忍び集団など、多彩なキャラクターも登場させ、面白く仕上がっている。上巻の前半部分はかなり苦闘の場面が続く。忽那水軍の助力のもとでの河野水軍との闘いや、九州上陸後の島津貞久との間で行われた薩南での闘いは、それでもそれなりに魅せられる。上巻の後半(懐良肥後入国後)は、菊池武光が無敵に近い強さをみせて活躍し、ヒーロー性があり、血湧き肉踊るといった感じだ。

 上巻は、懐良を総大将とする菊池方の軍勢が、足利勢力撤退後の九州の覇者たらんとする少弐頼尚に挑み、激戦の末、勝利を得るところで終わっている。南朝方で征西大将として九州に入った懐良は、菊池武時とともに、九州征討と統一をめざす。ただし彼らを動かすのは、南朝方として上京し反撃するために九州を統一するというのではなく、九州に(場合によっては朝鮮もあわせた)別の国を作るという壮大な夢を描いての行動だった。
 下巻で、どういう展開が待っているのか非常に楽しみである。

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