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書評(平成19年09月15日)

『青函隧道』
(三田英彬著・小学館ライブラリー)

  私は、なぜかトンネル工事に関する小説とか、国家プロジェクト的工事を扱った小説が好きである。今までにもこの書評で幾つか紹介してきたはずだ。黒部第3ダムの建設に関連したトンネル工事を扱った『高熱隧道』(吉村昭著・新潮社)、丹那トンネルを扱った『闇を裂く道』(吉村昭著・文藝春秋)、黒部第4ダムの建設にかかわるトンネル工事を扱った『黒部の太陽』(木本 正次著・ 信濃毎日新聞社)、それに『夢の道—関門海底国道トンネル』(古川 薫著・文藝春秋) などである。

 今回採り上げる小説は、タイトルで一目瞭然のように青函トンネルに関するものだ。青函トンネルに関する話では、東映の高倉健主演の『海峡』やNHKのプロジェクトXの青函トンネルの番組も観ている。日本が世界に誇る建築物だけに、その苦闘のドラマには非常に興味がある。何度聞いても、もっと詳しい話が知りたくなるテーマだ。

 確かプロジェクトXでも語られていたが、敗戦後の日本という、とても世界に誇るようなトンネルを掘る余裕など無かった時代に、この計画の実現を推進することになったのは、昭和29年に起きた洞爺丸遭難の事故であった。あの事件で遭難した連絡線は洞爺丸だけでなく、他にも4隻あり、あわせて1430人が死亡(うち洞爺丸が1167人)するという、それ以前にはタイタニックしか匹敵する事故がないという史上2番目の海難事故であった(勿論、連絡船以外にも小さい船舶が多数遭難)。この事件を契機に、風浪の影響を受けないで本州と北海道を行き来できるトンネルを、という国民の要望が一気に高まったのだ。そしてそれが後押しになって事業が動き出す。

 またこの事件以降、連絡線の運行が安全第一となり、強風の都度たびたび途絶えた。農産物を積んだ貨物車は、その際北海道側で何日も釘付けになり、被害が出るということが何度も起こったことも一因だったようだ。つまり農産物輸送の円滑化のためにも、青函トンネルが望まれたのだ。

 ところで青函トンネル建設の主張は、戦前からあったようだ。この小説に出てくる一部の学者や、国鉄マンから出ていたようだが、しかし戦前は主だった動きはなく、ちょっと調査をやった程度であった。戦争に突入するとその計画は一気に消えてしまったようだ。
 計画の構想者だが、実在の人物かどうかわからないが、この小説の中では楢原滝夫という人物が、戦前に大陸循環鉄道という構想をぶち上げたことが端緒となっている。おそらく実在の人物でなくともモデルはいるのであろう。朝鮮海峡の間のトンネル、関門トンネル、青函トンネル、宗谷海峡のトンネル、間宮海峡の横断道路を作り上げることによって日本列島を縦断して大陸の鉄道と2箇所で繋ぐ、そしてそこには弾丸列車(新幹線の前に構想された超高速列車)を走らせようという壮大な構想を描いたことに始まっていた。

 しかし、戦後本格的な調査が始まっても、実際の着工までにも、結構苦労があったようだし、また着工がはじまっても、先進導坑は進められても、本坑の着工はなかなか認められなかったようだ。民間航空機、民間定期航路、モータリゼーションなど徐々に展開しつつあり、着工のゴーサインが昭和46年2月に出たが、あと一年遅れていれば、時勢の変化を見て中止となったかもしれない際どい事業であったのだ。

 当初竣工計画の時期も大きくずれこみ、また当初予算も大きく上回り、金食い虫などと批判を浴びながら、夢の実現に向けて男たちは頑張った。
 この小説にも語られているように、建設中というか着工の後日、マスコミはこの旧国鉄の事業を色々と批判したが、もともとは国民が後押しした事業であり、着工時は一国鉄の事業として着工したのではなく、国家プロジェクトとして着工したのであり、(洞爺丸事件の後、青函トンネルが必要な論調を叫んだのはマスコミのはず)かなり無責任な面があろう。それにこういう事業は、ここの中の登場人物が語るように、“百年の計”のような長期的展望に立って語られるべきものであろう。短期的な収支の側面で語られてはいけないものであると思う。
 この本州側陸底部13k550m、海底部23k330m、北海道側陸底部17k000m、全長53k880mの青函トンネルという長大海底トンネルは、きっと将来的には大きく日本の役に立つと私は信じる。

 著者はこの小説をノンフィクション・ノベルといっている。が、著者が言うには小説の中の主な登場人物の吹石徹と竜崎裕は、モデルとなる人物は一応いるが、特定の人物ではなく、かなりフィクション化されているようだ。プライバシーの問題もあり仕方ない。そういう意味では、NHKのプロジェクトXの方が、詳しくないしにして相当実名で実際の話が語られているようだ。

 といってもそれで興味が褪せるというのではなく、そこは逆にフィクション化により、ドラマの面白さで充分カバーしている。著者によれば徹底した取材をもとに書かれており、登場人物の会話などに時代背景なども充分盛り込まれているから、言って見れば必ずしもフィクションではないのだ。当時の雰囲気・時代的背景などを理解しながら、当時としては世界一の海底トンネルという世界史的事業を竣工させた男たちの熱い息吹は充分感じられるはずだ。

 私は、トンネル工事の本などを読んでいるので、もうかなりおなじみの専門用語も多いが、このような専門用語を小説の中で知るのも結構面白い。この青函トンネルで有名になったものでは、先進導坑、水平ボーリング、セメントミルク、・・・・そのほかでは支保工、ずり(削り屑)、バルクヘッド(隔壁)、断層破砕帯、総号令・・・などなど。

 こういうプロジェクトものの工事関係の話が好きな方には、是非ともお薦めしたい一冊です。

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