このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成19年09月16日)

『髭麻呂』
(諸田玲子著・集英社)

  諸田玲子さんの本は、昨年あたりから気に入って、よく読むようになった。お鳥見女房シリーズや“あくじゃれ”シリーズなどである。
 今回の単行本は、平安時代もの。藤原兼家などがでてくるから、あの陰陽師の安倍晴明とほぼ同年代である。

 この本の主人公・髭麻呂こと、藤原資麻呂(すけまろ)は、検非違使、つまり今で言えば治安をつかさどる警察に勤める看督長(かどのおさ)という下級役人で、盗賊追捕の役をおおせつかっている。
 外見(チョット見)には、太い眉と豊かな頬髭で偉丈夫に見えるが、その実は、臆病者で血を見るのも苦手な男であった。
 ある日、源時房の側妻(そばめ)の凄惨な殺人事件が起きる。同時に宝箱なども盗まれた。髭麻呂は、上司の検非違使の長官・尾張義久からその犯人の追捕を命じられ現場に出向く。犯人はその頃の都を騒がす怪盗・蹴速丸と思われた。髭麻呂は、その犯行のあった館で蹴速丸らしき男と遭遇していたが、変装のため気付かず逃してしまう。
 以後、上司の尾張義久は彼を、蹴速丸の専属とし追捕にあたらせた。・・・・という感じで話が進んでいく。

 ところで、他の主なキャラクターだが、まずは彼の恋人、梓女(あずさめ)やその母、祖母という女系家族を紹介しておこう。「必殺仕置人」の中村主水と設定が似ているといえば少し似ているが、こちらの小姑、大姑はこの髭麻呂を大変気に入っており、早く婿になってくれることを望んでいるというところがまず少し違う。髭麻呂が彼女らの家を訪問すると、色々な噂話などをしつつ、酒が弱い髭麻呂に酒を勧め、髭麻呂を大いに弱らせる。かと思えば、お気に入りの髭麻呂殿のために彼女らの特技で助けたりもする。現代風にいえば、梓女の祖母は香のにおいを嗅ぎ分け、それを調合するコーディネーター、また梓女の母は服のコーディネーター。
 
 それから髭麻呂がいつも連れて歩く小さな従者、雀丸。肩車できるほどの童だから、従者と言ってもまだほんの子供だ。街角で犬に食われそうになっていたところを、髭麻呂が拾って育てたのだ。髭麻呂には、そういう優しい心があった。

 それから、この本全体を通して、登場する蹴速丸(けはやまる)。平安時代の有名な盗賊といえば、袴垂(はかまだれ)をすぐ思い出すが、この本の中では、この蹴速丸が当時京を騒がせた盗賊ということになっている。最初の頃は、髭麻呂の周りに、まるでちゃかすかのように色々な変装で現れ、その度に髭麻呂は気付かず、逃がしてしまう。髭麻呂はお陰で、その都度上司の尾張義久の叱責を受けるという有様であった。

 高官の子供らが失踪し、うち一人が無残な死体で見つかった事件の後には、髭麻呂は義久の命令で従者・雀丸を囮として用いることになる。結局雀丸を攫われて蹴速丸を逃してしまう。その後蹴速丸から羅生門まで来い、と文をもらい、髭麻呂はただ一人で出向き、蹴速丸と会う。そこで蹴速丸が多数の孤児などの面倒をしている姿を見せられ、彼を悪い人間だとは見なさなくなり、逆に蹴速丸と意気投合する。そして蹴速丸の敵であり極悪非道な相手を何とか捕まえようと、共同戦線を密かに張るのである。

 この他にも、近衛府の武官で髭麻呂の兄にあたる藤原公麻呂や、内裏で女房として使える彼の母も、時々色々援助の手を差し伸べる。また源満仲や、藤原道兼、花山天皇など歴史上の人物も色々と登場してくる。

 ところで、一見気が弱そうに見える髭麻呂だが、ここぞというときは、震えながらも勇気を奮い起こし、悪に立ち向かおうとする断固たる態度をとる。頼りなさそうな感じを覚えるときもあるが、自分の大事なもののためには、命を張って行動に出る髭麻呂に非常に好感を覚える。自分の力を知りつつ、正義感に燃え、卑怯を恥じて精一杯頑張る彼に私は、著者の望む日本人像が投影されているのではないかと思う(穿(うが)ち過ぎか?)。

 Amazon.co.jpの本の紹介文では(また手抜きしてしまった!(笑))
「平安京の治安を取り締まる検非違使の藤原資麻呂、通称髭麻呂が都に蠢く「悪」を追う、痛快な事件帳。野盗、誘拐、殺人、内裏の陰謀、極悪非道の怪盗、難事件が続々と……。時代小説気鋭の新境地!」
「野盗、誘拐、人殺しが跋扈する平安時代の京の都。髭麻呂こと藤原資麻呂は、京の治安を取り締る検非違使の看督長。検非違使にはあるまじく臆病者で血を見るのも苦手な優男なのだが、貴族の側妻の凄惨な殺人現場に行かされ、さらに都を騒がす怪盗の追補を命じられ、窮地に!そしてさらに難事件、怪事件が続発し…。痛快!平安期ミステリー検非違使事件帳。 」
となっている。
 言われてみれば確かに、髭麻呂というヒーローには似つかわしくない主人公だが、なかなか痛快なミステリー事件簿である。最後は、髭麻呂らしい、とても温かなハッピーエンドで締めくくっている。

 できれば、今回限りでなく、シリーズものになってほしいと思う作品である。勿論、お薦めの一冊です。

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