このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

書評(平成19年09月20日)

『捨てる神より拾う鬼−縮尻鏡三郎』
(佐藤雅美著・文藝春秋)

  今回も佐藤雅美さんの本である。この縮尻鏡三郎シリーズも、この本以前の既刊は全て読んでいる。主人公の拝郷鏡三郎のあだ名として冠されている「縮尻(しくじり)」は勿論、失敗した時「しくじった」というあの“しくじり”である。元々は勘定奉行所の役人で将来を嘱望されていた人物だったが、上司の命で携わった不運な事件でしくじった形となり、クビとなる。かつての上司の尽力で、大番屋の元締となった彼は、毎日のように持ち込まれる相談を受けながら、難題などを解決していく。
 彼の妻は既に亡くなっているが、彼女との間には一粒種の知穂という娘がおり、彼女には入婿となった三九郎という夫がいる。また鏡三郎は、前妻の死後、引合茶屋を営むおりんという女と再婚している。

 この縮尻鏡三郎シリーズに限らず、佐藤氏の時代小説の特徴とも言えるものに、詳しい江戸時代の知識を紹介し小説に上手く活かしているという点がある。出世作となった『大君の通貨』では、江戸時代の通貨制度や流通制度を紹介し初の経済時代小説とも呼べるものを書いているし、居眠り紋蔵シリーズや八州廻りシリーズ、この縮尻鏡三郎シリーズなどでは、勘定所など幕府の仕組み、奉行所の詳しい判例、引き付茶屋で事件をやり取りした岡引の実体など、今まで他の小説家があまり語ることがなかった江戸時代の姿を描いている。最近では、「町医北村宗哲」などで和漢薬の知識なども、読んでいて造詣深いものを感じ、私自身現在かなりこの分野に関心を抱くようになった。

 今回は、8話からなるが、第一話「知穂の一言」で娘婿の三九郎が(前巻でもしくじりを起こしていたが)今回も、しくじりを起こし、百日の押し込めの処分を受ける。知穂との夫婦仲は前々からしっくりいっていなかったので、考え直すよういった父親(鏡三郎)の意見もはねつけ、これを気に娘は三九郎と離縁してしまう。
 それ以降、知穂の周りでは、知穂が手習い塾の師匠をしている時習堂の男座の師匠鞠川秀之進が、お国の娘と結婚し、また三九郎も、かつての上司公事方勘定奉行三枝能登守のとりなしで、勘定所で見習いとして働くが思った以上に評判がよく、見合により再婚してしまう。知穂はというと、(第六話で)両親、祖母皆罪人の子となった娘を引き取り、育て、なおさら結婚が遠のいてしまう。強がりを言う娘だが、寂しさが感じられ、鏡三郎の心配は増す・・・・

 こんな家庭の悩める事情を引きずりながらも、大番屋の鏡三郎のもとには色々な相談事が、毎日のように持ち込まれる。また彼の飲み友達、北の臨時廻り同心・梶川三郎兵衛と剣客の羽鳥誠十郎と、居酒屋くじら屋などで、3日に一日(妻のりんに許された飲みに出る日)寄り合って飲む話では、梶川三郎兵衛を中心に世間を賑わす色々な話が交わされ、それが事件の新たな展開を呼んだり、解決の糸口となっていく、という風に話は進む。

 八話のタイトルを一応参考に(なるかならないかわからないが)書きあげておく。
 第一話「知穂の一言」、第二話「陰徳あれば陽報あり」、第三話「捨てる神あれば拾う鬼あり」、第四話「剣相見助左衛門 剣難の見立て」、第五話「届いておくれ涙の爪弾き」、第六話「母は獄門、祖母は遠島」、第七話「過ぎたるは猶及ばざるが如し」、第八話「絹と盗人の数を知る事」
 どれも面白い好品揃いではあるが、私としては、第四話、第五話、第七話などが面白かった。特に第七話など、過去に極悪非道な行いをして儲けた人間が、怪しく見られないよう、金貸しの際ことさら善人ぶって安い金利で貸し、かえって怪しまれ御用となる、人間臭い話だけに興味をそそられた。

 次巻以降も気になる。知穂の今後のほか、表題作に出てきた悪旗本と承知の上でいっしょになった娘たみのこと、そして百日の押し込め後に意外な展開を見せる三九郎(もしかして今後はダメ男・しくじり男から一転、勘定所の中で出世していたりして・・・・)の今後なども非常に気になる。第3話で出て来たさる大名のお姫様も、拝郷家で厄介になっただけに、今後も再登場することがあるのではなかろうか。
 また、もうそろそろこの小説の時代は、老中水野忠邦の天保の改革の真っ只中に突入する。何かその関連でも、事件が置きそうな気がする。見逃せない、いや読み逃せないシリーズである。

 今回は、あまり各話の粗筋などの紹介はしなかったが、とにかく今回もかなり面白く仕上がっていると思う。勿論、お薦めの一冊です。

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