このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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能登空港開港取材記録

(取材:畝源三郎)

 今日(平成15年7月7日)は、七夕だが、あいにくの雨である。でも、これは梅雨であるから普通のこと。しかし今日は能登にとって記念すべき

↑空港までの道(能登有料道で運転しながら撮影)
着陸の瞬間をうまく撮影!
↑うまく着陸の瞬間をデジカメで撮影。
これが意外とむずかしいのよ
一番機が近づいてくる!
移動ゲートに接続!
↑到着後移動ゲートが接続
↑出発間近。
機長の濱田が手を振っているけど、わかるかな?
↑12時25分離陸

日なのである。能登空港の開港日である。今日の今日まで、平日の上、仕事が入っていたので、取材は無理だとおもっていたら、あいにくの土砂降りが幸い、仕事は屋外のため中止になった。
 そうきまったのは、9時50分。こうなりゃ間に合う間に合わないは別として、こりゃすぐ着替えて能登空港に行くにかぎると、大急ぎで作業着から普段着に着替えた。
 ちょうど10時。自動車に飛び乗る。確か一番機到着は11時のはず。小丸山大通りから、国道249号線バイパスに入り、そこを時速90kmで走る。しかし、少し行くと先がつまってきた、何かなと思ったら和倉付近で事故だ。何やってんだー、と思いながら横を通り過ぎ、そのまままっすぐ進み高田インターから能越自動車道に入る。もう10時半、何か情報はないかと、ラジオのスイッチを入れ、FM76.4Khzのラジオななおに周波数を合わせる。パーソナリティの平山貴人が一応能登空港の話はしているが、現地からの情報ではなく、単なる開港をネタに話しているだけだ。間に合うかなーと気になる。

↑空港ロビーの式典を見守る人々
↑展望ベランダから滑走路をみる人々
↑谷本知事、馳国会議員、瓦国会議員など
でテープカット
↑そういえば、空港の建物を撮るのを
を忘れたと思い出し、帰り際に撮影!

 徳田大津から能越自動車道から能登有料道路に入ると、そのジャンクション付近でのんびりレッカー車が前を走っており、いらいらする。しかし、穴水手前の追い越し路線で追い抜き、スパート。何とか、空港に10時40分に着く。空港についたはいいが、駐車場のみならず、臨時駐車場も満杯、グルグルその辺中回され、やっと11時5分前に駐車し、空港の建物に向けてカメラをもってダッシュした。
 飛行場の中も、この雨の日というのに人、人、人の山。1万人くらいはいるのではないだろうか?NHKをはじめとしたマスコミもわんさかいる。一番機は着いたのかと案じて掲示板をみたら、やはりこの雨のため20分ほど遅れると表示されていた。間に合ったようだ!(一番機は、桂文珍がセスナ機でやってくるという噂もあったが、ここでは旅客機に絞って記述する!)

 私は3階の展望用のベランダへ向かった。見学者、カメラマン、マスコミ各社の人間でごったがえしていた。近くにメルコという電気店の御曹司のKもいる。たぶん俺と同じ七尾の人間も相当いるのだろう。隣の人が北陸朝日放送の取材を受けている。私は、取材を受けるとうるさいので、無視!
 一番機は、まだ着陸もしていないらしい。しばらくここで待つことにした。
 待つこと15分ほど突然歓声がおおおお----っと沸いた。滑走路の斜め左を良く見ると、飛行機が降りてくる。11時20分少し前、ついに一番機がやってきた。カメラはまともな構え方では撮影できないので、俺は、腕を真上に上げてデジカメを高く掲げ、カメラを滑走路に向けた。
 飛行機は水しぶきをあげ、滑走路の西端近くまで走って止まり、ターンして今度はターミナルビルの方に近づいてきた。そしてビルの前で止まり、移動ゲートと接続した。ほぼ11時20分である。しばらくして客が出てくるのが見えた。

 今度は、ロビーの方に戻る。2階へ降り、さらに1階へ降りようとするが、1階へ降りる階段は人で塞がっている。すでに式典は開かれているようだが、手すりから下を覗くがよく見えない。マイクの声だけがする。しかたなく、2階の搭乗ゲートをガラス越しに見、今度は出発のシーンを撮ろうと決める。
 
後ろを、石川県の加賀の方の馳浩国会議員が通りすぎていった。なぜか金沢市長の山出さんもいる。
 出発ゲートでテープカットの式典があるようだ。しばらく待つ。ゲートの向かって右側のゲート寄りに立つキャンペーンガールの女の子がちょっと可愛い。顔の拡大写真は別に保存(非公開)! (^^)
 谷本知事、瓦議員、馳議員などがガラスの向こうでなにやら祝辞を述べている。ガラス越しのため聞こえない。
 時間がおくれているんだー、早ようテープカットをやらんかい!!
 やっと面子がそろったようだ。みんなで仲良くテープカット!よっしゃ、それでいいんだ!

 つぎにまた3階にあがり、展望ベランデに出る。また人ごみだ。出発シーンを見ようと同じように集まってきたらしい。傘が一杯あって、見えにくい。
 時間があるので、高校時代(七尾高校)の友人で横須賀にいるGizaemon(←ハンドルネーム:穴水出身)に記念のメールを送る。するとすぐに返信のメールがあり、パイロットは高校時代のクラスメートの浜田善明(宇出津出身)とわかりびっくりする。彼(Gizaemon)は、これまたクラスメートの現在医者となって金沢市民病院にいる、のりぞう君(←ハンドルネーム:穴水出身)からそのことを教えてもらったらしい。

 俺は、そうとわかると、今、目の前に止まっている飛行機の操縦席にむかって、おーーい浜田と、声をかけ、手を振った。そうすると、何と機長らしき浜田も、俺の声が聞こえたか、それとも俺がわかったのか(そんな訳ねーか!)、手を振るではないか。まわりの皆も手を振る。でも傘がじゃまになって、よく見えない。もうすぐ出発だ!
 俺のすぐ横のおばさんが、堪りかね「すいませんが前の人、一分間でいいから傘を閉じてくれませんか。飛行機が見えません」と何度もお願いしだした。
 それを何人かが受け入れた。やっと傘がいくつか閉じられ、少し前が見やすくなった。12時20分飛行機が特殊自動車に押されてバックしだした。自動車との連結をはずし、向きを変え、滑走路の西端まで向かった。そしてUターンして向きをかえ、走り出し、一気に飛び立った。12時25分。

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