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10月31日 哀しき日本人的気質
11月7日 名を名乗る
学会の一日前、大阪に居た時の出来事。地理感が掴めず、とりあえず市のサービスセンターに入って、用事のある中央公会堂への道を尋ねることにしました。
「大阪市の古い中央公会堂に行きたいのですけど」
「え? いや、前と同じ所ですが」
「……パンフレットありますか」
これだけでは何がなんだかな人も多いと思います。この場合、「古い」というひとことが余計でした。中央公会堂はどこにある、と単純に聞くべきだったのです。
ただ、、「前と同じ所」という説明は、初めて来た人には、あまりにもなんだかな回答と思うのは私だけでしょうか。
この様に、時々名称に困ることが度々あります。ちょっとした形容詞を付けるだけで意味が全く異なってしまったり。
最近ではこれとは異質な名称の問題に悩んでいます。
「近代化産業遺産リスト」の中で、ある設計者の名前、又は地名が記載してある冊子によって異なるといった問題です。
この場合、 1.新しい文献の説を採る。 2.最大多数の説(一般的なもの)を採る。 3.一番信頼が置ける文献の説を採る。などといったパターンがありますが、今回、九州大学の主要建築物を建てた設計者の名前で完全に混乱してしまっています。
倉田「謙」なのか、「健」なのか。今のところ、前者の説で落ち着いていますが、新たな説が登場すると、、、悩むでしょうねぇ。
名称をデータに打ち込むという作業は、本当に難しいものです。写真よりもこれが一番大変なんです。
11月13日 広角レンズに未練
ようやく修士論文の概要が見えてきました。今やらなければならないことは、構想をまとめて記載すること。ひたすらデータまとめばかりです。
学会準備を含めて、なんだか、自転車操業的な行動ばかりで、うんざりします。
、、、ということで、身辺に大きな変化はありません。話題性に乏しい生活です。
ただ十二月初めに旅行を予定しているので、その時にはまた写真とか、写真とか、、、が掲載出来ると思います。
先日ヨドバシカメラに行った時、1階のカメラコーナーにあった広角レンズやフィルターの前で10分以上時間を過ごしてしまいました。
「あれがあったら、より綺麗な写真が撮れるなぁ、いや、ほら、カメラマニアというわけじゃなくて、建物の保存写真を撮り溜めして、将来の研究活動に役立てて、、、、」
もう既に言い訳大王となっています。何ともはや、です
11月21日 院試と公務員試験
世の中でもっとも怖いものといえば、地震、雷、身内、試験と云ってしまう今日この頃。心身ずたずたの庵田です。皆さんお元気でしょうか(なんだそれは)。
早速すり替えた言葉の説明からしたいと思いますが、身内という言葉には、親戚や父親(私の中ではもはや雷を超えた存在)が含まれています。
目上の方々は、やたら学歴や名義を気にします。それには、長年培われて来た名義に宿る「信用度」が影響していることは、私にも分かります。
私も自分の能力が及ぶ範囲で、名義を良いものにするべく努力をしています。ただ、その名義と自分の適性、またはやりたいことが果たして適合しているか、常に悩んでいます。
「身内」の方々は、要求が厳しく、また私に求める方向性がさっぱり分からない為、しばしば苦慮します。自分の人生の中でどう折り合いを付けるか、悩みどころです。
試験、という言葉を挙げましたが、最近ようやくこの言葉を聞いても拒否反応が出なくなりました。
私は、自分の地域とそこに住む人々、産業全体への貢献がしたいと考え、公務員試験を受けたことがあります。が、面接でそれを訴えてもあまり真剣に受け取られなかったようです。多分、自分の言葉が足りなかったのでしょう。
一時期、かなりの空しさを覚え、全ての研究を打ち切ったことがあります。自分を信用して貰えなかった、やってきたことを否定された、そんな気分になりました。
考えてみると大学入学以降、面接というものに最終的に受かったのは一回のみです。それが大学院試でした。学会の活動と繋がりが出来たのもこの頃で、少しの自信がついたものでしたが、今は、はっきり言うとよく分かりません。ただ、社会への、地域への貢献を求め、何かしらの活動を行っていますが、それで自分を生かしていくことが出来るのか(文字通りの意味で)、正直恐ろしくてなりません。そう言った意味で、試験という言葉を怖いものに挙げています。
多くの方は、「何甘っちょろいことを言っているんだ」とお怒りになるとは思いますが、私は自己とは相対的に成立しているものだと考えています。生かされない研究は独善以外の何者でもなく、他人からの理解の上で私は生かされているのだと思っています。自分だけに求められている能力が、何となく見えてきた様に感じますが、度々否定されている様にも感じられ、今はただ、今自分に求められている能力を小出しにしている状態です。自分のやりたいことを求める(地方公務員や研究職、博物館職員)べきか、どこかで折り合いを付けて、より広い意味での社会貢献の為に働く(それ以外の職)べきか。悩んでいます。
、、、、久々に本格的に愚痴ってみました。不快に思われた方々に、深謝。
さっさと身の上の仕事を片づけます。論文と他の仕事が重なると、精神面が不安定になってどうも、良くない(他人事)。
11月29日 数年越しの集大成
シンポジウムが終わり、気が抜けたところに咳が私を襲いました。夜に朝にとゲホゲホやってしまい、多分喘息なのだろうと分かってはいるのですが、それを認知すると、なんだか空しくなってしまいます。
もともとかなりの病気持ち(アレルギーと名の付くものは殆ど)で、さらに喘息がつくと、もう、何がなんだか、といった感じです。
、、、なんて愚痴を書くほど今回は暇ではありません(なら書くな)。
今回ようやく「北九州地域スーパーマーケット史」を掲載できました。構想・調査2年、執筆2日の、昔からここを見ている人達にはよく知られた「いずれ書くはず」の超大作(笑)です。個人的には少々不満も残ってはいますが、手持ち資料ではこれくらいが調査の限界と言え、ひとまず掲載させて頂きました。
もうひとつの近代化産業遺産リストの箱崎キャンパス編も、九大関連のコーナーを作ると言い続けながら(こっちはもう3年以上になるなぁ、、、)ようやく作り上げた問題作です。こちらもそれ相当に(修論がヤバくなる位)時間を掛けて作った自信作ですので、どうぞご覧になって下さい。
、、、はぁ、完全現実逃避かも。
明日からは修論のための取材(という名の旅行)で四国に行ってきます。
12月16日 未だ収入を語らず
冬場になると肌がカサついて困りませんか?
なんて、女性陣にしか納得のされない語り口で今回ははじめましょうか(笑)。
さて、修論の〆切もいよいよ近づいて殺気立ってきた今日この頃、私は論文とは全く違ったものに取り組んでいます。
いわゆる、「共同研究」というものです。
自分の能力を生かすため、それに見合った場で来年度からちょくちょく顔を出し、口を出し、手間暇をかけることになりました(祝)。
どこでやるかは、まあ想像にお任せいたします。常連さんにはバレることかと思いますが(笑)。
で、そのため来年度も大学に残ることとなりました。研究とはいえ、実質収入はあって無いようなものです。気分は学生、やってることは研究のみ、といったところでしょうか。
来年度もまた色々なことにあがきながら学会活動に専念することになるのでしょうか。私としては、近代化遺産保護・研究・啓発活動のために、博物館職員になりたくて仕方ないのですが、、、
ま、これはいずれ決定する事項でしょうね。
12月21日 ほどほどに
もう更新できるほどの余裕がなくなってきました。年末はあと二回位更新出来ればいいな、と思っています。
不定期に起き、不定期に寝るという生活です。とりあえず、体調管理だけには気をつけていきたいものです。
次回更新時には、年末恒例のアレを、少し形を変えて行いたいと思います。
今回は何がどう変わるのか、期待してて下さいね(いや、期待する程のものは何もないのだろうが、、、)。
12月31日 統合
今回、夏台文化博物館は今までの本館・新館・詞梁館の3館体制を変更し、新館を中心にひとつのWebサイトとして再編成することになりました。
、、まあ、はっきり申し上げますと、利便性と他の2館がヘタレになってしまった結果ですが(苦笑)。
現段階ではリンクに色々不具合が出ているかもしれませんが、成人の日くらいまでには修正できるかと思います。
今年の更新はこれで終了です。何も目新しいものがなくて、済みません(礼)。
来年が皆様にとって素晴らしい年であることを心よりお祈りし、今回の雑記はここまで。
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