このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

マンガ逍遙

12.「夕凪の街 桜の国」 こうの史代
 双葉社・刊 (2004.10月初版)
 初出「夕凪の街」……同社 WEEKLY漫画アクション 2003年9月30日号
    「桜の国(1)」……同社 漫画アクション 2004年8月6日号

 私がこの本を手に取ったのは、ほんのごく最近のことです。
 お名前の方は、どこかの雑誌(後から考えてみれば、アクション)で拝見したこともあるのですが、購入最大の動機は、手塚治虫文化賞新生賞受賞時の氏の略歴でした。谷川史子のアシスタントとして、、のくだりとその描写を見て、「ついに谷川画風の系譜を持つ社会派作品登場か!」と、膝を打ったことでした。
 、、、谷川史子氏については、いずれその作品を紹介することでしょう。さて、そろそろ作品紹介に移りましょうか。

 この作品は、3つの短編作品に分かれていますが、ひとつの家族(姓は違いますが)の系譜を通じて、ヒロシマの悲劇を伝える一続きのストーリーになっています。「夕凪の街」は昭和30年、広島に生きる「皆実」の視点を通じた、そのときの人々。10年前を昇華できずにいる、バラックの生活を悲劇の断片を胸に抱えながら、その生き様を描写していきます。打越との交流を通じて、彼女は彼女なりの答えを探し求めようとしましたが、その思いは次世代に受け継がれることになります。
 「桜の国」は「夕凪の街」のほぼ40年後と50年後の世界から、その後の広島を描写していきます。主人公の「七波」を目を通じて、あの出来事が自分を取り巻く人々にどのような影響を与えたのか。前半の柔らかな世界から、そこに潜む様々な「問題」をつまびらかにしていく後半部。戦争はかくも人々の人生を悲しませるかと、心苦しくさせるとともに、そんな世界の中で人は明るく、あたたかく、出会い、愛していくのかと。いろいろな意味で涙を誘います。ストーリーに関しては、これ以上は本を買って読むことをお薦めします。衝動で買って損のない本ですから。
 さて、この作品群の特徴としてあげられることは、何と言っても「間の秀逸さ」です。「夕凪の街」でサブリミナルのように描写される人々の惨劇。この効果は、特に皆実の心が揺れるときに、常に挿入され、それがその体験の恐ろしさを際だたせます。具体的に語られている部分があり、それは確かに悲しい話ですが、それ以前の心に深く焼き付けられているであろう、このコマ使いに愕然とさせられます。更にこの章最後の「白」の描写は、つぶやきとともに、心を凍らせます。作者はなぜにここまで描けるのか。衝撃が走ります。
 「桜の国」では、これらの間の使い方は七波の、母親が倒れたときの記憶などで使われてもいますが、どちらかといえば父親の旭の記憶から浮かび上がる、過去の心柔らかい日々に多く割かれています。河川敷に座り、バラック長屋を思い起こす風景、更に広島の思い出。それらは、七波が体験していないことではあるのですが、そこに彼女がいて、彼女はその平和な時代を選んだのだと。様々な行間のドラマを思わせながら、読者に救いという甘露な水を与えてくれます。
 平和な時代とは、今を生きる私たちやそのときを生きた彼女たちにとって決して選ぶことは出来ないものなのかもしれません。それでも、ここでは「選んだ」と語られているのは、どこにいても幸せな時代はあるのだ、という表面的な結論よりももっと大切な、ボタンひとつで何億人とも言われる人々を失うことが出来る現代に対する、ブレーキのひとつとして。いや、本当は持った身近なところから話は語られるべきかもしれません。今はまだ、私の中で結論の出来ていない、しかし大切な課題です。
 小品ながら、人間ドラマの重厚さに感心させられます。別の作家であれば、同じプロットで全5巻くらいの単行本にしてしまうかもしれません。それらがうまく凝縮されて、この作品があります。急遽ここに掲載しようと思い立つくらいの力を、感動を持った、力作です。


 当コーナーではこれから順次(気が向いたら)マンガ作品を紹介していきたいと思います。
 基本姿勢としては、
 ・好きな作品しか紹介しない
 ・何度も読んだものしか紹介しない
 ・自分が所有している(つまり、それだけの価値があると自分で思っている)ものしか紹介しない
 という三点を挙げます。
 ま、紹介の九割九分は作品リスペクトになると思いますので、かるーい気持ちで読んで下さい。


トップページに戻る

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください