このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
去年、あの日青年は天神に向かった−日本シリーズダイエーの優勝、その時−
ペナントレースもいよいよ佳境に入った今日この頃。去年書いたこんな手記を見つけたので、ダイエーの応援もかねてアップしてみました。
平成十一年かんなづき、すゑのようかのおはなし。試合開始。
いきなりエラーで失点。会場は言いようのない静まりで包まれる。
私?もう、周りにとけ込んでしまってて、あまり後先考えていません。
エラーで逆転。ただ、福留様々。
あれよあれよという間に六点も取ってしまった。会場大盛り上がり。
もう、勝ってしまったとばかりに会場は総立ち。
とりまとめ役のどこかのDJが
「まだ早い、まだ早い!」
とあわてる始末。暴徒候補生だらけだ。(もちろん、私も含む)
その後、じりじりと追い上げられるも、この場所ではそのようなことは関係ない。
もし、今中日のユニフォームを着て誰かが現れようものなら、
そいつは闇へと葬り去られることであろう。(笑)
私と言えば、九大SF研の皆さんへの実況中継やら、東京にいるホークスファンの師匠からの電話やらでもう、大変。
そして、
九回の裏、ツーアウト。ピッチャーはたぶん、我らがペドラザ様。(会場総立ちで、よく見えなかった)
その最後の一球の瞬間、会場がキレた。
天神は、まるでサンフランシスコの暴動のような、そんな雰囲気に包まれた。
私は一瞬で将棋倒しになりそうな会場に埋もれて、暑さで我を取り戻した。
そんな中、会場ではアナウンスの声。
「今から、鏡開きの後、祝い酒が振る舞われまーす。」
私は、再び天神の暴徒に紛れた。
その後、何度か祝い酒をぐいぐい飲みつつ、天神の異様な雰囲気を楽しんだ。(いや、紛れていたというのだろうな)
一部の暴徒はもう、徒党を組んでタクシーに向かい、なにやら因縁を付けている。
「くそ、ええ加減に帰らねばならぬ。」大学の一限があるのだ。(出席をとる授業はさぼれない)
途中、雰囲気を楽しむ意味で、国体道路を中洲へ向かった。
中洲は、人外魔境であった。
私?生きて帰ってきたことだけは、どうやら正しいようだけど。
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