このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

エネルギーブレーク 4.原発懐疑的容認論者がいてもいい

(なんでも掲示板 0 8年11月 投稿済)

まち・むら・そしてたびのページのトップへ戻る

コーヒーブレーク目次に戻る

エネルギーブレーク トップに戻る  

この文章への感想・反論・コメントは なんでも掲示板 で受け付けています。



原発懐疑的容認論者がいてもいい  投稿者:スルッとKANTO 投稿日:20081112()125747

 

 

 

先日、上坂冬子の原発に関する著書を読んだが、
「ヒドイ」ものであった。

「国家のエネルギーに関することは、一自治体に委ねられない、
 国会等のオープンの場で議論するのも適切じゃない、
 信念を持った専門家・官僚・政治家が、秘密裏に一気に進めるべきだ」等々の主張。

「この人、薬害エイズから何も学んでないな」と思わせる暴論であり、
「これじゃあサイレントマジョリティーも原子力に反感を持ってしまう」。

しかし、反原発サイドの「自然エネルギー路線」が、日本においては何の説得力を
持たないのも、これまた事実である。
よく北欧を反原発サイドは引き合いに出すが、人口が日本の10分の1の国家を
例示に出しても、何の参考にもならない。

サイレントマジョリティーは、
「上坂冬子のような「専門家と与党政治家に任せろ、住民は口に出すな」という
 強引路線に危うさを感じている」一方で
「反原発路線では行き詰る」ことも感じている。

この中間に位置する路線、
「原子力に関する議論をもっとオープンの場で行い、都合の悪い情報も議論する、
 安全性に疑義がある場合には計画変更(中止)も視野に入れる、
 しかし原子力に一定の役割を担わせることを認める」という路線が
サイレントマジョリティーに近いのではないか、と思うのだが、現在の
「推進強硬派VS反原発イデオロギー」の不毛な対立の中では、
なかなか中間路線は認められない。

この路線は、上坂冬子に言わせれば
「市民派におもねったサヨク」となるし、広瀬隆に言わせれば
「悪魔(=原発賛成派)に魂を売った裏切り者」になる。

二項対立の中で、中間派、あえて言えば「懐疑的容認論者」になるのは
なかなか大変であるが、数少ない「懐疑的容認論者」が、
鉄系では「トンデモ」視されている桜井淳である。

実は、先日、赤塚夏樹氏という人の本を読んだが、
この人の「懐疑的容認論者」であった。

日本の原子力論議を不毛な場にするのでなく、もっと実りある場にするためには、
このような「懐疑的容認論者」にもっと活躍してもらうべきではないか?

 


黙って原発に付いてこい。  投稿者:あじあ号 投稿日:20081112()21400

 

 

 

>「推進強硬派VS反原発イデオロギー」の不毛な対立の中では、
>なかなか中間路線は認められない。
「認められない」とは、どういう意味でしょうか?
行政がやっていることは、原発に限らず、この中間路線だと思いますよ。
新聞、テレビは、中間路線は取りにくいのです。
それは、限られた紙面、時間で膨大な情報から論じることは、難しいので、
上坂氏(この人原子力に詳しいのかねえ)のような人の「断定」が載りやすいのです。新聞テレビとはそういうものであり、必要なら、科学雑誌なり、単行本を
読むべきなのです。

 


( 無題)  投稿者:じずー 投稿日:20081114()181023

 

 

 

>数少ない「懐疑的容認論者」が、
>
鉄系では「トンデモ」視されている桜井淳である。

 飯泉理学博士には、かようにけちょんけちょんの評しか、ないようだが。>桜井
http://aquarian.cocolog-nifty.com/masaqua/cat6948025/index.html

>
上坂氏(この人原子力に詳しいのかねえ)のような人の「断定」が載りやすいのです。
>
新聞テレビとはそういうものであり、必要なら、科学雑誌なり、単行本を
読むべきなのです。
「断定」は、トンデモの一里塚になりかねん…はずなんですが。
>科学は仮説の積み重ねでしかない、と。

 


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください