このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

☆市民の意向はどこへ?   (2002/10/02)       区名疑問・目次     トップページへ    別館TOP  

昨日(10月2日)に政令指定都市準備室を訪問した翌日、朝日新聞の埼玉版を見ると、やはり区名案に多くの批判が寄せられていたようで、新聞が注目するようではかなりのものだったのだな、と改めて認識しました。ところが、その紙面によれば、準備室のコメントとして、「人それぞれ考えがある」「これから旧3市が融合する中で、旧氏名をつけた区名ばかりとはいかがなものか、との思いがある」など、市民の声に耳を傾けていないばかりか、批判をあえて否定し握りつぶすような見解が載せられていて正直あきれてしまいました。新聞記事は往々にして極端な部分を取り上げる傾向もあるので鵜呑みには出来ないものの、私が直接意見を述べに言ったときの意味合いとは大きく違いがあります。何だか適当にあしらわれてしまった感すらあります。

そこで、あらためて「市民の多くの投票をあえて無視した意図は何か」などを質問として準備室に対して問い合わせようと思い、この日は直接出向く時間もないので、電話をしようとしたところ、何回かけてもお話中でした。おそらくはまだ市民からの反響が続いているのでしょう。無理もありません。やむを得ず、趣旨を記した電子メールを送り、「結果はwebサイトに掲載したい」旨を加えて送信しました。

もちろん私1人がどうにかできることではないとは思うものの、ここまで意向を無視されつづけてきた市政に我慢の限界を越えた、という気持ちを伝えないではいられませんでした。ただ、これであらためてわかったことですが、市のほうでは合併した後はなるべく旧市に関わることを消し去ろうとする指向があるように思われますね。本来なら当然「与野区」となるべきところをあえて「中央区」でごり押ししようとする背景には「新都心を中心に街を造り変える」という意志も感じられます。今までの市の持つ個性や特徴を生かそうとする姿勢がほとんど見られないのは情けない限りです。

区名の問題は今後も注意深く監視してゆきたいと思いますが、一方で市名や区名がどうあれ、「地名」を役所が決めることができるわけではありません。市民としては、自分たちが最もふさわしいと思う地名を使うことで実質的に意思を表明していくことも必要になってくるかもしれません。私自身はこのサイトでは今後も「浦和市」という名前でいわゆる「旧浦和市域」であるこの地を呼んで行こうと思います。

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