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☆浦和駅開業120周年の日 (2003/07/28、掲載は2003/08/22)        浦和市foreverへ      トップページへ

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2003年7月28日は、浦和駅が開業してから120周年ということで記念行事が催されました。当日の様子を写真を交えて紹介したいと思います。

浦和駅開業120周年を迎えた2003年7月28日、午前10時頃に浦和駅西口に降りてみると、左手のタクシー乗り場の位置に記念式典の会場が設けられていた。駅にも「開業120周年」の掲示があちこちにあるのだが、平日ということもあってか予想したほどは人が出ていないようだ。会場にはあまり大きくない仮設のステージが設けられ、その前は特にはっきりした仕切りもない状態で人が三々五々佇んだり腰をおろしたり、という状況で、要は誰でも至近距離で見られるわけで、何とも開放的である。ステージには市長はじめ来賓、司会、そして1日駅長を務めるタケカワユキヒデ氏がすでに坐っていた。タケカワ氏といえば筆者の学生時代に大売れしていたゴダイゴの中心でもあり、自分にとっては大変な有名人なのだが、こうして至近距離で見ると何だか昔からの知り合いみたいで不思議な気分である(^^;)。

やがて式典が始まり、まずは浦和駅長の挨拶、そして市長、浦和区長など来賓の挨拶が続く。やはりというか浦和駅長が一番長く話していたと思うが、話の中に再三「県都浦和の玄関」という言葉が出てきた。自治体として合併はしてもやはり浦和駅を語るのであれば自然な言葉であろう。聴衆は数十人とちょっと寂しいが、その分、何だか内輪の集まりに参加しているような気分でそれなりに面白い。その後、いよいよ1日駅長への委嘱式。現駅長からタケカワ氏に証書が手渡され、ついでに「たすき」もかけられる(^^;)。タケカワ氏は たすき を見て「やっぱりそれがあるんですが」と笑っていた。
そして1日駅長の挨拶。岸町で生まれた、という話から「何だか自分の庭で挨拶しているような気分」という話など、詳細は忘れたが、やはり浦和に関するイベントならこの人、と思わせるものがあった。

いったん式場から離れ、駅構内で開催されている写真展を覗く。開業当時の浦和駅など興味深げに見る人も少なくない。紹介されている年代にやや偏りがある気はするものの、昭和30年代の駅前の風景などはやはりその時代を感じさせるものがあった。伊勢丹が出来る前の浦和駅前も見ていたはずなのに、今となってはその時の情景を詳しく思い出せないのが不思議だが、駅前再開発工事中で空き地だらけの駅前にはちょっと懐かしさも感じた。

さて、この日のもう1つの注目は、高崎線に運転される記念列車である。浦和駅は、当時日本鉄道だった高崎線の上野〜熊谷間の1駅として開業したわけであるから、この日は高崎線開業120周年でもあり、記念列車は120年前の開業当時にあった駅だけに停車することになっている。つまり浦和駅の次は上尾に停まるわけで、今となっては浦和に停車して大宮に停車しない珍しい列車車両形式番号などは知らないがかなり珍しい流線型?の先頭を持つ機関車が引っ張る旧型客車ということで、その方面に関心のある人も集まってきそうだ。駅構内の掲示には「快速 10:49 高崎 5両」としか表示されていないのは惜しい。

ホームで出発式もあるということで、あの狭いホームをどうやって使うのかと思ったが、3、4番線ホームの北側よりに椅子が十数脚セットされていた。しかしホームの両側には当然のことながら普段どおり列車が発着していて、駅も相当に注意を払っていたことだろう。平日のせいか、見物人は思ったほど多くはなく、ホームにもすんなり上がれたが、さすがに出発式のある方には人がかなり集まっていた。見るだけなら京浜東北線ホームからの方が楽かもしれない。珍しい列車が来るというのでカメラを持った人も多いが、鉄道ファン風は思ったほど多くない。
  
やがて列車が進入。カメラを持つ人の手がおびただしい数である。茶色で先端が丸くなった機関車と、もう1両の機関車がつながり、その後に旧型客車が登場。この列車は指定席の発売から短時間で売り切れたそうだ。浦和に旧型客車が停まったのは数十年ぶりなのではないだろうか。少なくとも私は初めて見た(^^;)。

停車してドアが開くや否や、中から少なからぬ人たちがカメラを持って飛び出してきて先頭部に向かった。確かに乗っていたんでは機関車は見えないだろう。しかし改めてみると旧型客車とはいえずいぶんと色が綺麗であった。塗りなおしたのだろうか。停車は3分ほどだというが、先頭部分は大勢の人で様子がわからない。駅員は随所にいるようで、私の立っていた1両目の客車付近で合図を送っている。おそらくは1日駅長が先頭部で発車の合図をしているのであろう、と思いつつドアが閉まり、一瞬の出来事が終了。もうその3、4分後には次の列車が到着し、日常の浦和駅に戻った。その時、ちょっとだけタケカワ氏の駅長姿が見えた。

駅から出てしばし時間調整。11時半からのタケカワユキヒデとT's Company(武川愛さん、基さんの2人)の記念ライブを聴きに再び駅前の特設会場へ行く。会場へ戻ったのは11時半をちょっと回っていて、すでにステージ衣装に着替えたタケカワ氏と2人の演奏が始まっていた。式典のときよりはかなり人が増えたものの、まだまだ余裕で場所があいている。楽器はキーボードだけで、あとはいわゆる「打ち込み」であったが、「モンキーマジック」や「ビューティフルネーム」などを至近距離で聴くことが出来、リアルタイムで知っている(^^;)人間にとってはなかなかの感動モノである。「市の歌(ゆめの街?)」も、曲そのものはいい曲かなと思ったものの、最初の掛け声?は何とも....(~~;)タケカワさんには申し訳ないけど。

しかし、今現在大売れの人というわけではないにしても(^^;)厳重な警戒をしているわけでもなく、何とも開放的なライブなのには驚く。でもそれがいかにも浦和的というか、こういうものが距離の近いところで経験できるのも1つの醍醐味ではないかと思う。もしもこれが渋谷だったりお台場だったりしたら状況は変わるような気がする。歌声を聞きつつ会場を後にし、昼飯を食べにバンビーノへ向かった。
     

  

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