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人事システム殺人事件 〜複雑な連鎖〜
エピローグ
その後の顛末となると、一言で言えば大騒ぎというところだろうか。当然、マスコミはこぞって紙面を割き、大々的に報道した。地方的なニュースだがその背後の複雑な事情が刺激させたのだ。しかし、人の噂も七十五日、一週間も経つと騒ぎはぱったりと消えてしまった。事件の中にトリオシステムの人間がいることは一部の報道でしかなされなかった。トリオ側としては昔の事件がほじくり返されないか危惧していたが、二三社の週刊誌が軽く触れただけで済んだ。
その報道の騒ぎより、内部的な後始末のほうがさらに大変だった。特に滋賀F社と北邦銀行の関係は複雑である。どちらも加害者と被害者の立場であるため、互いが平謝りであった。北邦の信用もさすがに保つことはできなく、社長が不祥事に対する会見を行い、行員一同が揃って信用回復のため奮闘していた。SFL側も信用の点では北邦と変わりなかったが、事件を未然に防いだこと、殺人に関しては会社内の個人的な問題であるので、それほどのダメージはなかった。トリオとしても土田に責任はないと言われても、個人的な問題が事件を大きくしたことは間違いない。こちらも謝られながらも、他方面にはトリオ側が詫びている状態だった。ただ、土田が無事だったことは会社側も胸を撫で下ろしている。二度あることは三度無かったのだ。今回は・・・・・・。
十二月九日午後七時。十二月に入り名古屋の寒さも身に沁みるようになってきた。「乾杯!」そんな中、今土田たちがいる席は熱気というか明るい笑い声が充満していた。ここは名古屋駅近くにある居酒屋「喜多満」、トリオの人たちがよく行く店の一つで、日本全国の地酒が飲めることが店の売りである。
今日は滋賀グループの打ち上げ宴会である。残業で稼ぎまくった土田が滋賀グループのためにパッと景気よく振る舞ったのだ。メンバーは山田、佐藤、二人の加藤、渡辺となぜか滋賀グループと関係ない桑原、寺村、元トリオの社員、そして竹内である。古田と真野はすでに他の仕事が入り忙しく出席できなかった。真野など「食い物より現金ちょうだい」とちゃっかりなことを言っていた。伊藤も急に忙しくなり、呼ばれたものの行くことが出来なかった。「別の日にしてくれよ」と駄々をこねたが、伊藤のために日程を変えるほどの義理はない。
話題は行き着くところ滋賀での仕事のことで、不満とか辛かったこととかいう話で盛り上がった。すでに亡くなった人なので不謹慎とは思いながらも滋賀の佐藤の陰口は誰彼ともわず話が持ち上がる。しかし、事件のことは土田自身あまり話したがらなかった。彼にとっては辛い二週間だったのだ。土田は滋賀の作業の間中ずっと伸ばしていた髪を短く切り、さっぱりした感じだ。 竹内に「北邦の彼女とはその後どうかなったの?」とニヤニヤ笑いながら尋ねられたが、土田の方は「別に、何もないよ。あの後、一度だけ会ったけど、それっきり。彼女の方は彼女の方でいろいろあるみたいだから」とあっさり答えただけだった。相変わらず押しが弱いというか積極 性のない男だ。
宴会は進み加藤千尋が重大なことを発表した。「私今月いっぱいで辞めることにしたんです」 噂は広まっていたので、それ程驚きの声はなかったが、本人の口からきくとやはり寂しい思いが走る。
「今後はどうするの?」佐藤が尋ねた。
「ええ、山田さんのところでお世話になろうと思っています」
「あっ、僕もお願いしますよ」と土田がはしゃいで山田に向かって言ったが、「あーたはダメダメ」と軽くあしらわれてしまった。
「そう加藤さんも辞めるの。実は僕も今月っていうか、今年いっぱいで辞めることになったんだけど」と竹内が言ったことは席上の誰もが驚いた。土田だけは事前に知っていたので澄ました顔をしている。
「そうなんですか。寂しくなりますね」と渡辺が悲しそうに言った。
「で、竹内君は、これからどうするの?私立探偵でもやるわけ?」桑原は升に入ったコップの酒を飲みながらきいた。
「まさか、探偵なんかやるわけないでしょう。広告関係の仕事をすることになっています。そういうのに興味があったんで」
「なんだ、探偵業でもやれば面白いのに」
「無理ですよ。まあ、そんなわけで、辞めた後も、またいろいろよろしくお願いします」
「じゃ、また何か事件でも起こったら、竹内君を呼ぶよ」佐藤は竹内の肩を叩いて言った。
「そうじゃなくて、飲み会とか、どっか出掛けるとかいう事ですよ」
「ははは・・・」皆大いに笑った。この笑い声、彼らの笑顔が竹内は好きだった。加藤共生はその笑声の間も、ガツガツと目の前の料理を貪り喰っていた。
二時間ほど飲み食いしてお開きとなった。勘定はすべて土田が持った。多少レジスターの金額には驚いたものの、今の裕福な土田には大した金額ではなかった。
誰もが「ごちそうさま」と土田に礼を言うと、これからどうしようという話になり、時間もまだあるので近くの喫茶店「ワイキキ」でお茶でも飲むことにした。
二人ずつ並びながら桜通りを歩いていく。後方に土田と竹内が歩いていた。
「今日はごちそうさま。本当にいいの?」
「大丈夫、大丈夫。前からの約束だし、特に竹内さんには大きな借りがあるからね。でも、竹内さんがいなくなると寂しくなるな。同期で第一号の退職者だし、また何かあった時どうしよう?」
「ええ、勘弁してよ。もうパズルはごめんだ。今度ので最後のパズルにしてもらいたいよ」
「パズル?何のこと?」
「んっ、いやこっちのことさ」竹内は明るい笑顔でとぼけた。
「あっ、雪みたいだね。ちらほら降ってきたよ」
「ほんとだ、雪だ。十二月なのに今年は早いな」
雪があの二週間を思い出させた。あっという間の月日だった。名古屋から大阪、大津、福島と駆けめぐり、いろいろな人々と出会い、苦しい思いをした。今となってはもう思いでとなりつつあった。土田が辛かったあの頃も今では思い出さと言っていたことが理解できる。
竹内はトリオシステムを去る。仕事の事は忘れてしまってもここで出会った人たちのことは決して忘れないだろう。会社には不満が一杯であり、それが辞める理由の一つでもあったが、トリオの人たちとの邂逅は掛け替えのない財産のような思いが心を満たしていた。特に・・・。
———— 複雑な連鎖 完 ————
この作品はフィクションです。作中の登場人物、出来事などは実在のものとは一切関係が有りません。
参考文献 「るるぶ大阪」 日本交通公社
「るるぶ滋賀」 日本交通公社
「るるぶ福島」 日本交通公社
「東北」 山と渓谷社
「タウンページ」NTT
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