このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

乗鞍高原殺人事件 〜見えない糸〜

エピローグ


 ゴールデンウィークも終わった翌週の土曜、五月晴れが日本中をおおっていた。トリオの社員たちは久しぶりに集まり、ドライブへと出かけた。あの時、スキーに行った十一人はもちろん、祐子や古田、順子や香織、それに普段は社内にいない枡田や秋山、総勢二十五人が繰り出した。美香、伊藤、佐藤、土田、白井はバイクで、他の者は車五台で移動した。
 中央高速道路の内津峠パーキング・エリアで集合し、そのまま、長野自動車道で松本まで進んだ。国道を経て大正池が美しい上高地を周り、乗鞍高原にやって来た。その後はスカイラインで高山へ抜ける予定だが、今日の目的はある意味でここだった。そう、追悼のために・・・・・・。 五月ともなれば雪はすっかり無くなったが、頂にはまだ残雪がある。大空の青と山頂の白、そして、山裾の緑のコントラストが鮮やかであった。はるか上空には乗鞍岳の山々が美しくそびえ立つ。剣ヵ峰を中心に奥の院、高天ヵ原、朝日岳がその雄姿を見せつけている。五月と言っても標高が二千メートル近くだとまだまだ肌寒い。誰もがその心構えで上着を持ってきていたが、悦子と伊藤の常習犯は相変わらずの忘れっぽさだ。
 一行は麓の駐車場に車を止め、草の覆い茂る丘を登った。当然、リフトなど動いていない。雪のある冬の景色とは全くの異彩を放つ。
 丘の上に立つと鈴蘭橋に、公衆温泉も望めた。千尋、史子、順子、香織たちの手には色とりどりの花が握られている。全員が登ると誰かれとなく目を閉じ、黙祷を捧げた。無念にもこの世を 1去った二人と、その巻き添えになった見ず知らずの男のために皆が祈った。二人の面影が、恵のきらびやかな笑顔が心を駆けめぐり、涙する者もいる。
 しばらく、誰もが黙したまま遠くを見つめていたが、青山が「そろそろ行こうか」と声をかけると静かに歩きだした。
 竹内はジャケットのポケットに手を突っ込みながら、皆を追った。ふと、振り返ると千尋がまだ立ちずさんだままだった。竹内は千尋のところまで戻り、肩を叩いた。振り向いた千尋の頬が濡れている。千尋は手で涙を拭って、彼女らしいいつもの笑みを照れくさそうに浮かべた。二人は先に行った人たちに追いつこうと駆けだした。

———— 見えない糸 完 ————


  この作品はフィクションです。作中の登場人物、出来事などは実在のものとは一切関係が有りません。
          
 参考文献 「るるぶ信州スキー」 日本交通公社

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