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 板橋産文ホールの思い出
(2003年9月30日執筆)  
 みなさん、「板橋産文ホール」ってご存じでしょうか?

 その名の通り、板橋区の大山にある小さなホールなのですが、時々プロレスの 試合を行うので、「通」なプロレスファンの間では、ちょっとは名の知れた 会場です。

 ここは、2階にちょっと大きめなホールがあって、プロレスの試合も いつもこのホールで行われるのですが、プロレスのリングを真ん中に置くと、 東西の両サイドはたった1列しか椅子を並べることができないくらい狭い 会場で、正面でも5列、向正面で4列並べるのが限界なような会場です。

 なもんで、ここでプロレスを見ると、どこの席でも普通の会場のリングサイド、 って感じで、一番後ろの壁際に立ってみても、すごいリングが近いという、 見る方からしてみたら、凄い「一体感」を感じられるような会場で、 僕はかなり好きです。

 しかも、東武東上線の「大山」駅か、地下鉄三田線の「板橋区役所前」駅 から歩いて5分というアクセスの良さもいいし。
(って書いてますけど、僕の場合は、だいたいJR埼京線の「板橋」駅から、 20分くらいかけて歩いてくるパターンが多いです。その方が安上がりなので。)

 で、この板橋産文ホールが、10月から改装されることになって、しばらくプロレスの 試合もお休みになるそうなので、今回はちょっとこの会場での思い出を 書いてみようかと思いました。

 僕が、この産文ホールに初めて行ったのが、2年前の10月8日の「NEO」の 興行でした。

 この時に、凄いリングまでが近かったことと、試合内容がおもしろかったこと もあって、以来「NEO」の試合を見に、ここに通うことになることに。

 この会場では、「NEO」以外にも、いくつかの団体が試合を行っているのですが、 僕は、実は、今まで「NEO」の試合しか見に行ったことがないです。 なもんで、以下に書く思い出は、「NEO」での思い出ってことで。

 まず、初めて見に行った時は、席があまり良い席ではなかったので、一番 後ろの壁際に立って見ていました。この日の第1試合は、なんと 「プロレス生誕30周年記念マッチ」。・・・と題された、ごく平凡な カードだったんですけど、この試合がマジで楽しかったのを今でも 覚えています。ちなみに、この「30周年〜」のネーミングは、この会場から 地下鉄1本で行ける東京ドームで、同じ日に開催された、日本で一番大きな 団体の「新日本プロレス」の興行のメインのカードのサブタイトルと一緒でした。 (早い話が、パロディってことで・・・。)

 で、僕的にこの日で一番強烈に印象に残っていることは、メインの試合の時に、試合を終えた 松尾永遠(「はるか」って読みます。)選手が、僕の立ってる隣のスペースに 入ってきて、僕のすぐ真横で一緒に(?)試合を見たことです。

 当時は、他団体の選手だった松尾選手が、その後「NEO」に入団したのは、 何かの因縁かな?ちなみに、松尾選手の「NEO」入団の発表も、この 産文ホールで行われたのですが、その時会場にいた僕は、思いっきりビックリ したのを覚えてます。

 それから、この会場では、2回、テレビの収録に出くわしました。

 最初が、去年の1月に行った無料興行の時で、タレントの森三中が、プロレス 修行の一環として、セコンドに付くというものでした。2回目が、今年の3月に 行った時で、タレントのホンコンさんが、赤コーナーに変装してんだけど、 レスラーも観客も誰もそれには気づかずに試合が行われた、ってものでした。

 森三中の時は、無料興行ってことで、朝早くから整理券が配られたのですが、 結構気合い入れて行った僕は、当日が大雨だったこともあってか、なんと 「9」というメチャメチャいい番号をゲットしまして、生まれて初めて リングサイド1列目で観戦の時でした。 場外乱闘の時なんか、テレビカメラが森三中の2人を追っかけ回してたから、 もしかしたらオンエアで僕が映ってたかも。

 ホンコンさんの時は、全試合終了後に、特別試合としてテレビの収録用に行われた ものだったのですが、この時は、テレビ映りがいいようにってことで、両サイドの 観客も正面に回したり、正面と向正面を入れ替えたりして、あたかも場内が 超満員なように見せたり、技が決まったときは、みんなでわざとらしいくらい まで大きく拍手や歓声をあげたり、「NEO」では非常に珍しく、実況の アナウンサーもいたりで、なんか凄い楽しかったのを覚えてます。
 ちなみに、どっちの収録の時も、事前告知はされなかったので、会場に来て 初めて収録があることを知りました。でもって、どっちもオンエアは 見逃してしまいました・・・。(残念!)

 あと、タレント関係でいえば、チェキッ娘の久志麻理奈ちゃんが、プロレスデビュー したのも、この板橋産文ホールでした。

 この時は、本当に気合い入っての観戦だったんですけど、当初は、当時 麻理奈ちゃんが所属してたユニット「くしよし」が、参戦するってことだけが 発表されてたもんで、まさかプロレスをやるとは思ってもいなかったから、 マジでビックリしたのを覚えてます。

 で、会場も、いつもと違って、いわゆる「くしよし」系のファンが多数 詰めかけてたため、ノリが違ったのがインパクトありました。

 それで、この日のハイライトは、試合後に行われた麻理奈ちゃんとの ツーショット撮影。実は、僕はチェキッ娘ファンでありながら、チェキッ娘とのツーショットは この時の1回だけなので、そういった意味でも貴重な体験でしたね。

 また、これと同じ日に、この大会のちょっと前に引退した、J'd(当時)の 西千明さんに、サインをもらったのも印象に残っています。たぶん、2度と 会えないと思っていたんで、嬉しかったです。


 あと、NEOの名物社長である、甲田哲也氏が、プロレスデビューしたのも、 この板橋でした。

 もちろん、甲田さんは素人なのですが、NEOの名物コンビのNEOマシンガンズ (タニー・マウス&宮崎有妃両選手のタッグチーム)の策略にはまってしまい、 当時NEOにフリー参戦していた八木淳子選手とタッグチームを組まされて しまいました。(対戦相手は、タニー&仲村由佳)

 この日は、平日ってことで、客の入りは少なかったのですが、アイドルオタク と評判の甲田社長が、モーニング娘。Tシャツに、モーニング娘。 応援ハッピを着て入場すると、場内は歓声と笑いがまともに交差していて 楽しかったです。選手コールの時の紙テープの数も凄かったし! (本人は、やらないで下さいってお願いしていたんですけど・・・。)

 しかも、試合の時は、当初は普通のタッグマッチのはずだったのが、タニー選手 の陰謀で、急遽イルミネーションマッチ (タッグチームのチーム全員が負けるまで戦う試合方式。負けた選手から順に 退場していくというルール。)に変更になってしまい、しかも 1人で2人をやっつけると豪語したパートナーの八木選手があえなく 撃沈してしまったために、甲田社長は戦わざるをえない状況に・・・。

 ここで、何を思ったか、リングを後にし、会場から逃げ出そうとした 甲田さんでしたが、無理矢理リングに連れ込まれると、その場にいた NEOの全選手に蹴りを入れまくられたり・・・、技を掛けられてもいないのに、 ギブアップしようとしたら、レフェリーに「NO!」と言われて、ギブアップが 認められなかったりと、散々いたぶられた挙げ句、最後は究極に恥ずかしい固め技である 「恥ずかし固め」(体を逆さまにされた状態で、思いっきり股を開かれる という恥ずかしい技です。通称『花一輪』。)をくらってしまい、無惨にも撃沈・・・。 その後、ずっとNEOを見てますけど、笑えた度でいえば、文句無しに上位に ランクできる試合でしたね。

 良かった試合ってことでいうなら、去年の8月に行われた「ミッドサマー トーナメント」の準決勝での、NEOマシンガンズ vs 田村欣子、元気美佐恵 のタッグマッチは、これはホント良かったです。

 あと、改装前の産文ホールでの最後の試合となった、田村欣子 vs 元気美佐恵 の試合も、これも両選手が力を出し切ってのフルタイムドローだったんですけど、 僕が生で見た中では、この2試合が特に印象に残ってます。 この2試合は、どこの団体のファンに見せても、恥ずかしくない試合内容 だったと素直に思っています。


 それから、僕が初めてプロレスのリングに上がったのも、この産文ホールでした。

 この時は、この日の試合に出場予定の下田美馬選手、三田英津子選手が、 昼間、名古屋で行われた他団体の試合に出場していたこともあって、試合開始前に 時間稼ぎとして、希望者全員がリングに上がって、NEOの全選手と一緒に撮影 できるというサービスがあったんです。で、僕も初めてプロレスのリングに 上って、記念撮影したんですけど、リングの上からリングの下を見渡して、 気持ちよかったのを覚えています。

 また、同じ日に、同じように時間稼ぎの一環として行われた、甲田社長と、 当時NEOのレギュラーだった、アイドルの西田夏さんとの「お台場デート」の ビデオ上映は、マジで笑えました。プロレス会場で、いろんなビデオ上映を 見たけど、おもしろかった度でいえば、今までで最高です。

 そんなわけで、プロレスでいろんな思いでのあるこの産文ホールなのですが、 プロレス以外でも1回だけ訪れたことがあります。

 それは、去年の10月に、友達を誘って、ドライブに行った時なんですけど、 その走ってる途中にトイレに行きたくなった僕が、ちょうどこの板橋産文ホールの 近くを走っていたもんだから、迷わずにこの産文ホールに誘導。 そういえば、この時、初めて2階ホール以外の場所に行きましたね。 (1階のトイレだったんですけど・・・。)

 そんなわけで、これだけいろんな思いでのある会場は、たぶん他には ないと思うんですけど、また来年、改修工事が終わったら、新しくなった 産文ホールで、プロレスを楽しもうと思っています。

 ってことで、最後に、僕の中での、産文ホール年表を載せて、このコラムを 締めたいと思います。

ユーフォースの、板橋産文ホール年表

2001年
10月8日
 産文ホール初体験。NEO初観戦。プロレス30周年記念試合。松尾永遠選手と 観戦?

2002年
1月27日
 無料興行(昼の部のみ)。初めて、最前列で観戦。テレビ朝日のバラエティ番組の収録で、 タレントの森三中がNEOマシンガンズのセコンドに。

2月8日
 甲田社長、プロレスデビュー。哀れ、NEOの選手に袋叩きに・・・。
 タムラ様、2冠王座を三週連続で防衛。

2月23日
 4チームによる、敗者負け残りの皿洗いマッチ。甲田社長デビュー2戦目も惨敗・・・。
 三田英津子、NEO初登場。

3月23日
 くしよし vs NEOマシンガンズの決着戦。久志麻理奈プロレスデビュー。 試合後にツーショット撮影。
 元・反NEOマシンガンズ同盟の西千明来場。引退記念のサインを強引にゲット。

6月1日
 「X」として登場した唯我が、「NEOは、選手も社長もスタッフもみんな しょっぱい『塩』団体だ!」と、批判するも、スタッフ一同に「お前が1番しょっぱい だろ!」と袋叩きに・・・。
 JWPの米山香織が、井上京子シートとして登場し、京子とタッグ結成。

8月4日
 西田夏ちゃんのわがままな要求を、甲田社長が認めたため、急遽カード変更あり。 その結果、社長と、石田リングアナとの間に、確執が・・・。
 『NEOミッドサマー・タッグトーナメントII』準決勝、NEOマシンガンズ vs 田村、元気の熱闘!タニーの裏技が決まって、感動のフィナーレ!

8月11日
 昼はファン感謝イベント。プロレス史上初のルールと銘打って行われた 京子 vs 椎名の試合は、トイレットロールの巻き取り対決。これで、椎名が 勝利し、椎名の京子越え達成。
 1年に1回だけ結成されるタニー、宮崎、田村の「わたしたちーず」が、 X、XX、XXX組と対戦。Xは予想通り唯我で、XXは唯我2号(正体は椎名)、XXX は唯我3号(正体は京子)。3号が1番強そうだったが、リーダーは唯我だったみたい・・・。

 夜の部。試合開始前に、リング上で記念撮影会。
 甲田社長と西田夏ちゃんのお台場デートのビデオ上映会。 会社の金庫から持ち出したお金で、夏ちゃんにプレゼントする社長に、NEOの 選手から大ブーイング。
 京子が連れてきた仲村の後輩「X」は、元J'dの松尾。
 ミッドサマータッグトーナメント決勝戦、NEOマシンガンズが、チームあかゆ (京子&下田)を破って優勝。

10月6日
 ドライブの帰り道に、トイレを借りるために来場。初めて、2階のホール 以外の場所を訪れる。

10月14日
 甲田社長が、ホリプロ軍団と交わした契約書の内容によって、NEOの全権が ホリプロ軍団に。そのため、NEOマシンガンズの「板橋」「北沢」の両タッグ ベルトと、タムラ様の2冠ベルトが剥奪。

2003年
3月1日
 日本テレビのバラエティ番組の収録があり、全試合終了後に特別試合。 この試合では、赤コーナーをタレントのホンコンさんが務めるも、観客も レスラーも誰1人としてそれに気づかなかった・・・、という設定だった。 NEO史上初?場内からの実況中継あり。

8月23日
 下田美馬、最後の板橋。ということで、最初で最後のNEOマシンガンズ入り。
 下田のNEOラストは、タムラ様の決定によって、30人時間差バトルロイヤルに。
 仲村、初のシングルでのメインも、試合中に技を失敗し、左肘脱臼の大けが・・・。

9月23日
 昼夜興行も、夜のみの観戦。
 板橋タッグ王座決定トーナメントで、NEOマシンガンズが優勝。今後の 目標として、M-1参戦を宣言。

9月27日
 改装前最後のプロレスの試合。
 メインの田村 vs 元気の試合は、大熱闘の末、時間切れドロー。

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