このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 いぬのおまわりさん。(2000/02/11)
ママ どこなの?
ボク 迷子になって 今 独りなの
ママ 財布なくして 電話するお金もないんだ
ママ お腹の虫が ほら泣きだしてるよ ママ

迷子の 迷子の 仔猫ちゃん
あなたの お家は どこですか?

わからないよ お金もないと
帰れないよ 早く (そりゃ無理だ)

お家をきいても わからない
名前をきいても わからない
ニャン ニャン ニャニャン
ニャン ニャン ニャニャン
泣いてばかりいる 仔猫ちゃん

二時間たっても わからない
そうだ! ママの名まえは みよこ
名まえは みよこ
ママ みよ いずこ

いぬの おまわりさん
困ってしまって ワン ワン ワワン
ワン ワン ワワン

(GUEEN「犬のおまわりさん」より) 

 暇だったので、あるテレビ番組をぼーっと眺めていたら、こんなことを言っていた。
「世の中にヤクザを皮肉った唄は数あるが、警察を皮肉った唄は『いぬのおまわりさん』しかない」
 そうだったのか。あれは皮肉だったのか、「いぬのおまわりさん」
 しかし、待てよ。「いぬのおまわりさん」というのはたしか童謡ではなかったか。こどもたちが歌う唄がそんな皮肉たっぷりの唄だなんて信じられない。
 だが、「こどもの唄だから」「童謡だから」というのは必ずしも、「いぬのおまわりさん」が警察に対する皮肉の唄ではない、ということの証明にはならない。例外だってある。
 例えば某地方には、「五木の子守歌」という有名な子守歌がある。実はこれは子守唄であると同時に、忌み唄でもあり、その歌詞は何代もの口承を経て変化し、中には子守唄にするにはあまりにも過激な歌詞もある。
 そして上のことを考慮に入れなくとも、「いぬのおまわりさん」が警察に対する皮肉の唄だ、と主張されれば、それはそれで納得がいく点も多いのだ。
 まず、警察はよく「国家の犬」と揶揄されることがある。つまり国家の言いなりということであろうが、この「犬」を唄の題材の引っ張り出してくるのは何たるストレート過ぎることか「いぬのおまわりさん」
 そして歌詞の内容に着目してみると、そこには迷子になってしまった仔猫ちゃんの対応に悩み苦しみ、思わず吠え面をかかざるを得ない「おまわりさん」の姿が。
 嗚呼! 迷子の子どもの対応すら満足にできない無能な警察。
 そういう風にこの唄を聞き取ることだってできるのだ。
 ちょうどこの雑文を書いている頃は、あの「グリコ・森永事件」の完全時効直前である。
 世間を、マスコミを警察を永年に渡って混乱翻弄させた「かい人21面相」こと一連事件の犯人グループが警察・マスコミ・食品会社等に宛てた夥しい数の犯行声明文・強迫文の数々に書かれた、
「県警」のもじりの「犬警」。
 そして完全時効。「いぬのおまわりさん」の唄と「犬警」の文字が、ぴったりと重なる。

 え? 結局、「いぬのおまわりさん」は皮肉唄なのかって?
 そんなの、作詞者に聞かなきゃ、わかんねーよ。
 なんか内容が過激になってきたので、そしてこどもたちの夢を壊さないために、もうこれ以上、下衆の勘ぐりはやめにします。

 いやあ、それにしても「いぬのおまわりさん」って何なんでしょう?
 そして「いぬのおまわりさん」は何故「いぬのおまわりさん」なんでしょう?
 歌詞を見て気づきませんか? 「いぬのおまわりさん」の歌詞が出てくるのは、最後の最後、それも一回きりなんです。多分、仔猫のお家や名前を聞いているのはおまわりさん、という設定なんでしょうが、主語がない以上、これはデパートのおねえさんや、遊園地の迷子センターのおにいさんが聞いてもいいわけで。
 結局歌詞のストーリーのほとんどが「迷子の仔猫ちゃん」のことで占められているわけで。
 さらに「GUEEN」が迷子の仔猫の設定を「電話するお金がない」だの「お腹の虫が泣き出した」だの「ママの名まえはみよこ」だの、詳細にしてしまうからますます「いぬのおまわりさん」の肩身は狭まるばかり。

 …誰か、「『いぬのおまわりさん』のタイトルを『迷子の仔猫ちゃん』に変更しようの会」設立しませんか。あるいは「いぬのおまわりさんを励まそうの会」
 加盟します。…たぶん。


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