私は、「組織立て」というのが好きである。
その組織が実在するしないにかかわらず、人の配置を仮想的にあれこれするのが好きである。
組織立てをする、という意味の動詞、「ソシる」を自分で造ってしまったくらいだ。いいなあ、「ソシる」。英語の"society"にもかかってるっぽくていいではないか。
そんなことはどうでもいい。とにかく本題に入ろう。
先日、きま久里浜・ハッチポッチクラブ会長と、都内某所の饂飩屋で、ある意味オフ会も兼ねて御食事を共にした。
久里浜氏は、私をハッチポッチの世界に引きずり込んで下さった、有難い命の恩人である。
久里浜氏と私は、饂飩屋の店員が白い眼で睨んでいるのに目もくれず、お決まりの世間話に始まり、互いのホームページ談義、ハッチポッチの変態性、それぞれの終末感、未確認飛行物体の実在性、朝食は御飯党かパン党かに至るまで、延々4時間、浮き世話に花を咲かせた。
さて、話も途切れたところで、そろそろお開きに、と腰を上げかけた氏を半ば強引に引き止め、私は用意してきた本題を、彼に真っ向からぶつけてみた。
「ハッチポッチステーション論のネット通信講座を開設したいと考えているのですが」
無理矢理引き止めたことに一瞬嫌そうな顔をしていた久里浜氏だったが、私のその言葉を聞くと、ほう、といった表情になり、私の大好きな、彫の深い東南アジア的風貌をこちらに向けて椅子に座り直した。
私はこの企画で彼をまだまだ一晩中は引き止めることができると確信していた。そもそもこの企画のために、彼を食事に招待したのであるし、この企画について話し合うことがかなわなかったのならば、わざわざ今日という日を設定して会食会兼オフ会を開いた意味がない、と言っても過言ではないのだ。
「会長の椅子は御用意致しております。是非、通信講座の学長兼教授になって頂きたい」私は氏の顔を見つめ、こう言うと、軽く頭を下げた。
「……」久里浜氏は、口元に独特の笑みを浮かべ黙っていた。手応えがありそうだぞ、私はそう感じた。
私はさらに続けた。「講座内容の方なんですが、おおよそこのようにしようかと…」私は鞄からメモ帳を取り出し、表を書き始めた。講座名 | 担当講師名 | 講座概要 |
濃度論講座 | きま 久里浜 教授 | HPSの濃さについて、基礎的な概念も含めながら、深く考察していく分野である。 |
(兼担) | 京終 京三 教授 | |
基礎論講座 | 京終 京三 教授 | HPSの面白さ、濃さ、変態性、ギャグなど、幅広くHPSについて学習する。 |
| 風魔 らえ 助教授 | |
ギャクロジー講座 | 中納言 教授 | HPSのギャグについて、実例を元に細かく考察を重ねてゆく。 |
「久里浜教授には、『濃度論』の方を担当して頂きます」私は、たった今書き上げたメモを指差しながら言った。「現在の日本で、HPSの濃度について研究なさっているのは、先生しかいませんから」
「あなたも『濃度』の方を担当なさるようですが」久里浜氏は初めて口を開いた。
「ええ。僕も『濃度論』については、雀の涙ほどの研究をしております。もちろん専門ではありませんし、とても先生の足元にも及びません」胸ポケットからハンカチを出し、顔をふく。「しかし、濃度論は比較的開設講義種数が多いので、私が少しだけお手伝いさせて頂きたいと…そう、開設する講義は次のような感じになります。」私はさらにメモに書き足しをする。講義名 | 担当講師名 | 開講時期 | 単位数 |
<基礎論講座> | | | |
基礎論1 | 京終 京三 | 前期 | 2 |
基礎論2 | 京終 京三 | 後期 | 2 |
基礎論3 | 風魔 らえ | 前期 | 2 |
基礎論4 | 風魔 らえ | 後期 | 2 |
基礎特講1 | 京終 京三 | 前期 | 2 |
基礎特講2 | 風魔 らえ | 後期 | 2 |
<濃度論講座> | | | |
濃度論1 | きま 久里浜 | 前期 | 2 |
濃度論2 | きま 久里浜 | 後期 | 2 |
濃度特論1 | きま 久里浜 | 前期 | 2 |
濃度特論2 | 京終 京三 | 後期 | 2 |
<ギャグロジー講座> | | | |
ギャグロジー基礎1 | 中納言 | 前期 | 2 |
ギャグロジー基礎2 | 中納言 | 後期 | 2 |
ギャグロジー特講1 | 中納言 | 前期 | 2 |
ギャグロジー特講2 | (休講) | --- | 2 |
<鑑賞研究> | | | |
鑑賞法1 | きま久里浜・京終京三 | 前期 | 2 |
鑑賞法2 | 中納言・風魔らえ | 集中 | 2 |
鑑賞実習1 | 全講師 | 通年 | 4 |
鑑賞実習2 | (休講) | --- | 1 |
鑑賞実習3 | (休講) | --- | 1 |
<卒業研究> | | | |
卒業研究 | 全講師 | 通年 | 5 |
「かなり講義数が多いですね」久里浜氏もだんだんのってきた。
「いえ、講義数はこれでもまだ少ない方です。今後増やしていきたいんですが、何しろ講師の数が極端に少ない。目下、助教授1名、講師または助手を1名募集中です。有能な人材がいれば教授格でも採ります」
「たしかに休講も多いですね。『鑑賞実習』なんかは1つしか開講してないし」
「ええ、それも講師数が原因、そして鑑賞法が専門の講師がいないんです。今うちに一番必要な人材です」
「この『ギャグロジー』というのは?」
「ああ、これは造語です。なんか『ロジー』とか付けると、学問っぽくなってイイでしょ? それだけです。それから……」
私が次の言葉を言いかけると同時に、私達のテーブルへ店員が、無愛想な面をして現れた。
「あの、オーダーストップのお時間ですが、何か御注文は…」
私はせっかく盛り上がっていた話の腰を折られて、内心舌打ちし、店員に向かって手を横に振った。店員はさらに顔を無愛想にさせて去っていった。 時計はもう深夜1時になろうとしていた。
私は、久里浜氏のためにタクシーを呼び、タクシーの待つ通りまで送った。
氏は、講座開設の件については充分考慮すると言ってくれた。でも果たしてどうなるか。いつの間にかうやむやになって煙のごとく消え去ってしまうのではないか。それもまたいい。私は冬の訪れを告げる深夜の風に肩をすくめながら、家路を急いだ。