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 生麦生米生味噌。(2000.04.30)
今年度の「ハッチポッチステーション」が開始されてから二クール目、四月二十一日金曜日に、初めての童謡アレンジ、アースウィンド・アンドーナッツの「母さんのうた」が放映されたので、前回『何故ハッチポッチで童謡アレンジをやるのか。』でああ書いた手前、これにかかわる雑文を書くことを決意した。

どういう雑文にするか。再放送を観ながらだいたいのアイデアは固まっていた。今回はミニストーリー形式で、おれがNHKの「ハッチポッチステーション」の企画担当職員であり、グッチーズが童謡アレンジをやっているところに─例のごとく間奏に歌詞を挿入する訳だが─「あかぎれの母さんの手に生味噌をすり込む」っていうのはどうだろう、と持ちかけ、それに賛成したグッチーズがその案を満場一致で採用する、というのものである。勿論話の本筋はここからである。「母さんのうた」放映後、視聴者の母親から苦情の電話があった。テレビを観た子どもが実際に真似をしてすり込んだら、ひどい肌荒れをおこした、というものであった。おれはそんなまさか、昔からの知恵の筈なのに、きっと塗った味噌が腐ってでもいたんだろう、とその場は一笑に付すのだったが、後で気になって調べてみると、やっぱり味噌を塗ることに科学的根拠はあり、結局、後日同じ母親から、実は塗った味噌が古かったと謝罪の電話があり、やっぱりなあ、とハッピーエンドで終わるほのぼのストーリー、にする予定であった。

このストーリーで書くにあたって当然調べておかなければならないことは、あかぎれやしもやけ、それにひびわれなどに生味噌をすり込むことの科学的根拠である。とりあえず両親にきいてみた。二人とも味噌をすり込むことは知っていたが、やはりそれが何故なのかは知らなかった。次にインターネットである。ヤフーで「あかぎれ and 味噌」で検索エンジンにかけると数十件のホームページが現れた。しかしそのほとんどが、薄々感づいていたとおり薬局や製薬会社のホームページであり、残りは意味不明のページばかりであった。ヤフーといえども、その辺は完全ではないらしい。それともインターネットでこんなことを調べるのにはやはり無理があったのだろうか。

しかし全く収穫がなかった訳ではなかった。検索結果の中に、今回の主題の「母さんのうた」に関するページも含まれていたのである。(実はこの手のページも結果的には出てくるであろうとやはり感づいてはいたのだが。)そのページからは「母さんのうた」に関するさまざまなことがわかった。作詞作曲・窪田聡。長野県信州新町というところが「母さんのうた」発祥の地であり、そこには「母さんのうた」の石碑が建っていること。歌詞が都会に出てきた息子が、田舎で暮らす両親を思って書かれた内容であること。歌詞の一部が母親からの手紙の文面になっていること。などなど。

実は調べるべきことは他にもあった。今まで童謡アレンジを書いてきた時には必ずやっていたことなのだが、それは原曲の歌詞を調べるということである。といってもこれはほんの確認程度の意味なのだが。さっそくおれは近所の図書館へ足を運んだ。ところがそこでおれは驚くべき発見をしたのである。「母さんのうた」に三番まで歌詞が存在したこともそうだったが、なにより大発見だったのは三番の、

 かあさんのあかぎれ痛い
 生みそをすりこむ
 根雪もとけりゃもうすぐ春だで
 畑が待ってるよ
 小川のせせらぎが聞こえる
 なつかしさがしみとおる

あかぎれに生みそをすりこむというのは原曲に既にあったのだ。つまりグッチーズのあの歌詞はグッチーズのオリジナルではなかったのである。これは知らなかった。そもそも「母さんのうた」は一番しかないと思い込んでいたのだから、そんなこと知っている筈がない。

しかしここまできてもやはりあかぎれに生味噌をすり込む科学的根拠はわからなかった。一番楽なのは雑学辞典みたいなものがあればいいのだが、探すのが面倒である。そんなわけでとりあえず同期の松武君にきいてみることにした。別に彼が物知りとかそういう訳ではないのだが、ただ単にききやすかったからきいてみただけである。

 「ところで、しもやけやあかぎれができた時に、何を塗るといいっていうのを知ってるか」
 「尿素だね」
 「尿素? なんかそれ以外で昔から言われているものがなかったか」
 「知らんな」
 「味噌、って聞いたことないか」
 「ああ。味噌ね。昔からよく聞くね。『おばあちゃんの知恵』みたいな」
 「すると味噌には、尿素が含まれていると、そういうことなんだろうか」
 「いや。違うだろう。味噌には塩分が含まれているから、あかぎれなんかに塗ったら悪化すると思うね。『傷口に塩を塗るようなこと』なんてよく言うだろう」
 「しかし、『母さんのうた』では、息子が母さんのあかぎれに味噌を塗りたいって言うんだ。すると、その行為は母親孝行どころか、母親いびりってそういうことかね」
 「……また今回の雑文もブラック路線に陥りそうな雰囲気だな」
 「まあいいじゃないか。今まで童謡ネタの時は毎回ブラックだったから。それにこの雑文がブラックなら、当然グッチーズのあのアレンジもブラックってことだぜ。もしかしたら原曲だってそうかも知れないじゃないか。寺山修司の世界だね、こりゃ。たまらないね」


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