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FAQ(よくある質問)コーナー(3)
米国蒸機に関して、よくあるご質問にお答えします。
Q.1
手元にあるアメリカの鉄道本をみると、かの地の鉄道も、戦争中は物資統制や戦時規制、果ては物資供出までさせられ経営が思うようにならず、戦後はその後遺症で軒並み赤字に転落し苦しんだようです。
アメリカではそのような悪条件下で蒸気機関車に関する種々のトライアルが為されているのに(単純連接型、super power,water tube、duplex 等 全てが成功したわけではありませんが)、日本ではC51からC57まで火室がボイラに比べて小さく蒸気発生量の少ない機関車を製作し続けたのは何故でしょうか? (大塚 集一氏)
A.1
①需要の違い
米国蒸機はそもそも石炭が安く人件費が高い米国の鉄道において大単位の列車を単機で牽引するためのもので、本質的には勾配線用です。大単位の列車を運転するには、駅や側線の有効長が大で、貨物の積卸しも相当機械化されていることが必要でしょう。鉄道に接続する輸送手段も相応に輸送力が無いと意味がありません。シンプル・アーティキュレーテッド(1916年PRR)、2〜3軸従台車のスーパーパワー(1925年Lima)、4動軸急客機とその発展型であるデュプレックス(1939年PRR)はすべてこの背景と要求があって実現したものです。つまり米国蒸機は米国の国土や資源、生産力と消費需要が有ってこそ存在し得るもので、米国以外の各国にはむしろ大き過ぎて不要のものと言えるでしょう。なお、米国と言えども戦時統制に苦しんだのは事実ですが、上記各方式の開発時期は戦争(第2次大戦)中と言うよりむしろ両大戦間です。
②新技術のスジ
水管ボイラは高圧蒸気による熱効率の改善が見込めるとして、第1次大戦後の石炭価格高騰を背景に1920年代には米英仏独で盛んに研究されましたが、本質的に保有水量が少ないため負荷変動の大きい蒸機には不向きで、また艦船のような復水式でなく不凝式の蒸機では水管にすぐ湯垢が溜まってしまうなどの不具合が有り、その後はむしろ煙管ボイラの蒸機において給水の予熱、過熱度の上昇、弁装置の改良などによる熱効率の改善が図られるようになりました。
日本でも元海軍技術中将の宮原二郎が考案した宮原式水管ボイラを搭載した小型蒸機が有るには有りましたが、国鉄機ではなく幹線用大型機でもありませんでした。
まあ水管ボイラは蒸機には導入しないほうが正解であったと思われます。
③その他人脈など
日本では明治末期にドイツに駐在した島安次郎が当時のプロイセン邦有鉄道のプラクティスに強く影響され、帰国後に同鉄道のスモール・エンジン・ポリシーを導入、6700形などに具現化し、部下の朝倉希一ともどもこれを推し進め、たまに小河原藤吉(米国仕込みでD50形, C52形の設計主任)のように軌道修正を図る者が在っても主流になれなかった(排除された?)ことが影響しているでしょう。
蒸機時代の日本国鉄において、連接式、水管ボイラ、復水式、タービン式などにチャレンジすべきであったとは思いませんが、当会HPの他のページでも提唱しているように、動輪径を縮小して回転数を上げる方向にゆくとか、2シリンダ式でも往復部の質量を減らして乗心地を改善するとか、ガス・サーキットとスチーム・サーキットの見直しによって大きさと重さを変えずにボイラ出力とシリンダ出力をあと2割ほどアップするとか、蒸気消費率を逆に2割ほど低減するとか、ボイラ・シリンダ・弁装置などの基幹部品を急客機と貨物機で共用することによって予備資材を2〜3割削減するなど、どれも技術的には当時の日本でも十分可能であったと思います。
Q.2
作りやすければもっとポペットバルブがメジャーに成っても良いような感じが有るのですが、意外と少ないと思います。ちゃんと出来れば性能は良いのですよね?ただ何かで弁の空き加減の調整が難しく空転しやすいと言うのはホントですか? (古川 洋氏)
A.2
米国NYCのナイヤガラの性能試験では、ポペットバルブがピストンバルブにシリンダ出力で優るのは高速域で、使用頻度が多い中速域では却って劣ることが確認されています。従ってイニシャルコストとランニング(メンテナンス)コストを正当化できるのは重量急客機くらいでしょう。
一口にポペットバルブと言っても動弁機構は色々で、直動カム式、揺動(オシレーティング)カム式、回転(ロータリー)カム式と有ります。ロータリーカム式でも初期のレンツ式はカットオフ切替段数が前進で5〜7段階しか無いので、日本国鉄蒸機の動力逆転機より調整が難しいため、ご指摘のように空転し易かったようです(SARの15E, 16Eはこのタイプ)。
後年英国で広く採用されたカプロッチ式はカム軸が内外二重で、内軸のスパイラル上を外筒のカム(吸気と排気別々)が軸方向にスライドすることによって位相が変わり、弁の上下のタイミングを変えますので、事実上無段階にカットオフを調整できます。これならば取り立てて空転し易いということも無いと思われます。
以下にNYC ナイヤガラ4-8-4の要目と試験結果を抜粋しました。
Nos. 6001-6025/S-1b
缶圧275psi (19.3kg/cm2), シリンダ25-1/2in×32in (648mm×813mm), 動輪79in (2007mm)
ピストンバルブ、ベーカー式弁装置
No. 5500/S-2a
缶圧275psi, シリンダ25-1/2in×32in, 動輪79in
ポペットバルブ、フランクリンA (揺動カム)式弁装置
比較試験はNo.6023/S-1b と No.5500/S-2a の2両で、シリンダ牽引力は同一です。
指示出力で速度30-75mphではピストンバルブが、また75mph以上ではポペットバルブが優ります。
30mph以下では同等でした。
デッドスタートから75mphまでの所要時間と走行距離
現車15両1,000米トン (907t) 牽引時
S-1b : 5.02min, 19,400ft (5,913m)
S-2a : 5.20min, 21,000ft (6,401m)
現車27両1,900米トン (1,723t) 牽引時
S-1b : 9.0min
S-2a : 10.5min
指示出力当り石炭消費量
S-1b : 2.10 lb/ihp-hr (0.94 kg/PSi-h)
S-2a : 1.92 lb/ihp-hr (0.86 kg/PSi-h)
指示出力当り水消費量
S-1b : 15.8 lb/ihp-hr (7.06 kg/PSi-h)
S-2a : 15.4 lb/ihp-hr (6.88 kg/PSi-h)
なお余談ながら、プロトタイプのS-1aから量産型のS-1bに移行するとき、燃焼室長を92-1/2in (2350mm) から81in (2057mm) に短縮、代わりに煙管長を19ft (5791mm) から20ft (6096mm) に延伸してしまったので、燃料と水の消費量が増え、蒸発量・出力・熱効率が著るしく劣ったと報告されています。
Q.3
Pennsylvania 4-4-4-4Duplexはその高出力達成にもかかわらず、動輪空転という問題を抱えていました。
その理由でよく分からない事もあります。
Duplexは動輪の動力方式を見る限りは、Simple Articulatedと同じであり、すべての動輪を「連動」(鉄道模型用語です)することをせず、2群に分けています。(Delaware&Hudson鉄道などの例外機を省く)
2群に分ければ空転の確率は増えるのが自明ですが、実際にはSimple Articulatedでは問題になるほどの空転は無く、成功しました。
全米で(ひょっとして全世界で) Duplexの量産機は、Pennsylvania 4-4-4-4(T-1) (弁装置はほとんどポペット)と同4-4-6-4(Q-2) (弁装置はワルシャート)のみです。
そして4-4-6-4(Q-2) については空転の問題はでていないようです。(鈴木 光太郎氏)
A.3
動輪の空転傾向を調べるには、まず粘着率Adhesion Factorの大小を見る必要が有るでしょう。
粘着率は、以下のように算出します。
AF: 粘着率 ( = Wa/TE)
TE: シリンダ牽引力、動輪周における理論上の値 ( = 0.85P・d・d・s・N/2D)
Wa: 動輪上重量、粘着重量
P: 缶圧
0.85P: 最大カットオフ時のシリンダ内の平均有効圧、通常は缶圧の85%で査定
d: シリンダ内径
s: シリンダ行程
N: シリンダ数
D: 動輪径
粘着率は、2シリンダ機または4シリンダ機では4.0以上、3シリンダ機では3.5以上とするのが世界的には普通で、大きいほど空転しにくくなります。
同時代の代表的な米国蒸機と比較してみますと、
NYC 4-8-4 S-1a
缶圧275psi (19.3kg/cm2), シリンダ25in×32in (635mm×813mm), 動輪75in (1905mm)
シリンダ牽引力62,333lbs (28,28t)
動輪上重量275,000lbs (124.77t)
粘着率4.41
ピストンバルブ、ベーカー式弁装置
PRR 4-4-4-4 T-1 (6111)
缶圧300psi (21.1kg/cm2), シリンダ19-3/4in×26in (502mm×660mm), 動輪80in (2032mm)
シリンダ牽引力64,652lbs (29,33t)
動輪上重量268,200lbs (121.68t)
粘着率4.15
ポペットバルブ、フランクリンA (揺動カム)式弁装置
AT&SF 2-10-4 (5001-5010)
缶圧310psi (21.8kg/cm2), シリンダ30in×34in (762mm×864mm), 動輪77in (1956mm)
シリンダ牽引力92,396lbs (41.92t) 本形式のみ缶圧の75%で査定 ← 制限締切Limited cutoffのためか?
動輪上重量354,700lbs (160.93t)
粘着率3.84
ピストンバルブ、ワルシャート式弁装置
PRR 4-4-6-4 Q-2
缶圧300psi (21.1kg/cm2), シリンダ(前)19-3/4in×28in (502mm×711mm), 同(後)23-3/4in×29in (603mm×737mm), 動輪69in (1753mm)
シリンダ牽引力(前)40,363lbs (18,31t), 同(後)60,453lbs (27,43t)
動輪上重量(前)158,250lbs (71.80t), 同(後)234,750lbs (106.51t)
粘着率(前)3.92, 同(後)3.88
ピストンバルブ、ワルシャート式弁装置
こうして見ると、T-1の粘着率が特に小さいということでもなさそうです。
ちなみに、空転傾向で悪名高いPRR 6-4-4-6 S-1は3.68, Simple ArticulatedのN&W 2-6-6-4は3.73、軸重の著しく大きいC&O 2-6-6-6は4.27です。
Q.3a
となると、ポペットはデリケートな操作が苦手で空転しやすいのかとも考えます。ちなみに、Simple Articulatedのポペット機は聞いたことがありません。
4-4-4-4の構想でペンシーはポペットを主張し、製造者のボールドウインはワルシャートを主張しました。
ボールドウィンの抵抗が実って、1両だけワルシャートが装備されました。ワルシャート機の評判は良かったようですが、その空転に関するあたりが解決されていたのかはよくわかりません。
ペンシーのポペット弁はそのメインテナンス費用が莫大で困ったとあります。しかしこれも、正常に運転していてのメインテナンス費用なのか、それとも空転が多いために弁が傷むのか、不明です。(鈴木 光太郎氏)
A.3a
ポペットバルブの弁装置にも前記A.2のようにいろいろなタイプが有り、オリジナルのT-1はクロスヘッドからモーションを取るフランクリンA (揺動カム)式でした。同タイプの詳細図面は見たことが有りませんが、下記のサイトにはアニメーションが有りますのでご参照ください。
http://www.tcsn.net/charlied/
フランクリンA式の動作原理はヤング式に類似のもので、クランクと90度ずれたモーションは同一側のエキセントリックでなく反対側のクロスヘッドから取っています。このアイデアは1900年頃に英国ミッドランド鉄道のディーリー技師長が自身の4-4-0に採用するなど、かなり以前から存在していました。素直にワルシャート式と組み合わせたレンツ(揺動カム)式としなかったのはパテント回避のためと思われますが、構成部品(ジョイント)が多く、また位置が台枠内のため、メンテナンスに手こずることは目に見えています。
なお、T-1のカットオフ調整は運転室の空圧式逆転機で自在軸を回転させ、ピニオン・ラック機構で前後弁装置のカットオフを加減していましたが、途中に後部シリンダまでは5個、前部シリンダまでは7個の自在継手が介在するため、自在軸の捩れ変位と継手遊間の累積によって若干の作動遅れ(特にカットオフを詰めるときの前部シリンダ側に対して悪影響を及ぼす)が発生する可能性も考えられます。
Q.3b
一方でAAR(アメリカ鉄道協会)はDuplex機一般に関して重心が前動輪群と後動輪群の間で移動するため、そのたびに空転する欠点があると考えています。(鈴木 光太郎氏)
A.3b
通常、力行中は重心が後方に移動し、勾配上ではさらにその傾向が助長されますので、どうしても前部動輪群のほうが空転し易くなります。雨などでレールが濡れていると、前方の車輪ほど水の膜が完全に排除されませんので、更に条件が悪くなるでしょう。前部動輪群が空転して牽引力のシェアが落ちると、後部動輪群に負担が掛かり、こちらも空転を起します。T-1のプロトタイプ2両は前後動輪群(および従台車)通しの、また量産形50両は前後動輪群別々のイコライジングとしており、この問題解決に苦心の跡が伺えます。
動軸重均一の場合、前部シリンダにブッシュをはめてボアダウンすることで、シリンダ牽引力の比率を前後イーヴンの50:50から、45:55程度とするのが簡単確実な解決法と考えられます。
Q-2は、シリンダ牽引力を前後40:60としていましたが、実際は後部シリンダ蒸気管(排気管も)が長く、また後部シリンダのピストン弁直径が14in (356mm) とシリンダ内径29in (737mm) の48%しか無いため、後部シリンダ内の平均有効圧力が低下し、アルトゥーナの試験台における定置試験で判明した前後シリンダの出力シェアは45:55程度であったとされています。ちなみに前部シリンダのピストン弁直径は12in (305mm) で、シリンダ内径19-3/4in (502mm) の61%という高率でした。これらも前部動輪群の空転傾向を助長した可能性が有ります。
Q.4
Santa FeのFlexible Boilerを有するマレー機の、ボイラが曲がる部分について質問です。(鈴木 光太郎氏)
A.4
ボイラが曲がる部分は内外ニ重の「小田原提灯」のようになっていて、"Accordion"の所以です。内筒を燃焼ガスが通ります。外筒は保温目的と思います。
ご承知とは思いますが、Santa FeのマレーのボイラはFlexibleであるなしに拘わらず、後ろ側から、
火室 → 缶胴(全部小煙管)→ 管板 → 継ぎ目 → 管板 → 高圧過熱器(superheater) →
→ 低圧再熱器(reheater) → 給水加熱器 → 煙室管板 → 煙室
となっていて、高圧過熱器、低圧再熱器、給水加熱器はすべて煙管式です。
一方、水の流れは、2-10-10-2では、
インジェクタ → 給水加熱器 → ボイラ(後半部)→ 加減弁 → 乾燥管(左肩)→ 高圧過熱器 →
→ 高圧シリンダ → 高圧排気管(真上)→ 低圧再熱器 → 低圧シリンダ → 煙突
となります。
Flexible Boilerについては、昔の「鉄道ファン」に故・小熊米雄氏が寄稿しておられました。
Kalmbackで再版したのはLionel Wiener著 "Articulated Locomotive"と思いますが、同著から複写した「小田原提灯」の図解も載っていたと記憶しています。
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