【狂牛病騒動考】#3 牛のかかる病気として、事典にはこんな例が挙げられていたのだ。 ブルセラ病 (Brucellosis): ブルセラ菌 (学名=Brucella melitensis) は牛流産菌,豚流産菌,羊流 産菌,マルタ熱菌を含むブルセラ属菌と呼ばれる。牛や豚,羊などの家畜 動物に感染し伝染性の流産を引き起こす。現在では家畜伝染病の指定がな されており、スクリーニング(検査)から発見時の対処まで、細かく取り 決められている。牛乳汁中にブルセラ菌が見つかり、公衆衛生上からも問 題となった。 人にも感染する人獣共通の感染症であり、症状は1〜2週の発熱と1〜2 週間の平熱期と波状熱がみられるのが特徴である。 人の治療にはテトラサ イクリンとストレプトマイシンの併用を少なくとも3〜4週間は続けて投 与するのが有効である。 かつてわが国でも牛のブルセラ病が多数みられたが、抗体検査により現在 では病牛の淘汰が進められており、最近は日本での牛のブルセラ発生は報 告されていない。 「・・・」 呆けた表情で絶句している彼の顔を、私は一笑忘れる事はないだろう。 私だって信じられなくて、他の資料もあたってみたくらいだ。だがこれは実在 する病気なのだ。 「な、マスコミが本当に調べて報道しているんだったら、この恐怖も伝えた方 がいいぞ。もしもキミが感染したとしてみろ。現代ではその症状どころか病 名すら人前で言えないんだ。 どうした杉下君、きみぃまだ顔色悪いぞ出社しても大丈夫なのか、と会社で 上司に聞かれ、更に『医者から証明書もらってきてくれ。3日以上の連続病 欠の場合の一応決まりだから』って言われてみろ。もう2度と出社できなく なるぞ。恐ろしい病気だ。そうだろ?」 「え、ええ、まぁそうかも知れま・・・せん」 「それに人にも伝染するんだ」 「そう・・・みていですね・・・」 「人に伝染するし、且つ恐ろしい症状で我々を苦しめる。狂牛病に勝るとも劣 らないこの病気が、何故当時騒がれなかったんだ? マスコミは恐い病気の日本上陸を伝えるよりも、実は牛が肉食経験者であっ た点に報道する必要性を見出したからさ。違うかい」 もはや一文字君に反論するだけの余裕はなかった。 「恐ろしいのは牛達が文句を言っていないかだ。 肉骨粉を食べられなくなって無闇にイラついたり、『たまには肉食いたいよ な、に〜く、に〜く』なんてアピール始めていたら、問題は深刻だぞ。肉食 文化が定着しちゃってるって事だからな。そうなるとお互い付き合う前提を 変えなきゃならなくなる。ウチの牛は米沢牛の霜降りでなきゃ機嫌が悪くっ てね、なんて会話をするようになるんだ」 「知りませんでした。ニュースの裏には色んな意味が隠されているんですね。 出来れば我々と牛の未来は明るくあって欲しいですね」 研究室から眺める快晴は、遠く描かれた山々の稜線をくっきりと浮き立たせ、 我々は先を見通すかのようにそれをじっと眺め続けたのだった。 [おしまい] |