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北海道旅行記・2004年9月15日〜16日


本日の行程
京都→(急行きたぐに・車中泊)→新潟→(鈍行)→あつみ温泉→(鈍行)→酒田→(特急いなほ)→青森→(急行はまなす・車中泊)→ 2日目

1.京都→新潟

15日午後11時15分頃に京都駅到着。ローソンヘ行って飲み物とメモ帳(旅行中に起こったことをメモするため)を購入。京都駅の電光掲示板を見たらJR神戸線の魚住・大久保間の機関車故障のため、急行きたぐには4分遅れとの表示が出ていた。その後、遅れ時間の表示が変わり、0時21分頃に列車が入ってくるという放送が入った。だが実際入ってきたのは0時15分だった。0時16分に発車(定刻は0時2分)。

列車は583系の10連。寝台は5連だけで、あとはグリーン車1連と自由席4連。禁煙車の2号車に乗り込んだがボックスシートは全て埋まっていた。他の車両を見に行ったら喫煙車の3号車に空いているボックスがあったので、こちらに陣取った。さすがにボックスを全部占領するとそれなりに快適。

大津を出ると直江津まで放送がない。ビールを飲みながら夜の景色を眺める。米原にはほぼ定刻に到着したが、大阪からの最終快速との連絡待ち合わせで発車は1時39分だった。長浜を出て交流区間に入ると、列車の音がうるさくなった。ここら辺で寝た。目が覚めたら福井だった。福井では30分ほど停車するのだが、遅れを回復するためにすぐに発車していた。その次に目が覚めたのは新潟の親不知付近。列車は定刻で走っていた。

糸魚川発車後、再び直流に戻ったので静かになった。北陸新幹線用の高架線が見えた。「きたぐに」の自動販売機は使用停止になっており、冷水機も使えない。直江津でかなり降りた。長時間停車していたので改札を出たところにあるコンビニでサンドイッチとおにぎりを買った。

新潟に近づくにつれ、乗客は減っていくと思っていたらどんどん増えていった。柏崎・長岡あたりではかなり乗ってきた。東三条のあたりから二度寝。目が覚めたのは新潟到着直前。この列車は新津から快速になるので、立ち客もいた。 新潟駅7番線に定時8時半到着。

2.新潟→あつみ温泉

トイレに行ってコンタクトを入れ、立ち食いそばを食べた。食事後、8時48分発の村上行き927Mに乗車。115系の3連を2編成つないでいた。新潟駅へ通勤・通学客を運んだ折り返しだからこんなにつないでいるのだろう。車内は新発田を出たら数人になった。

村上駅到着直前に一旦停止、そして徐行しだした。停止する前に「停止した後に徐行で進みますが、定刻通りに村上駅に着きます」との放送が入った。村上駅2番線に次の酒田行きと二重停車するためのようだ。3番線まであるのにどうして二重停車するのだろうと思っていたら、村上到着後に3番線を貨物列車が通過し、1番線に特急が停車した。そのためなのだろう。だが二重停車は全国各地で見られるので、ここまで慎重にする必要があるのだろうかと思った。

村上から酒田行き825Dに乗車。列車はキハ40系の3連。両端車はロングシート(片側2ヶ所しか扉がないので本当に「ロング」シートだった)、真ん中の車両はセミクロスシートだった。車内で老人が喋っていたが、話している言語が日本語に聞こえない…。たまに単語が聞き取れるだけだった。村上を出るとすぐに海沿いを走る。

11時18分、あつみ温泉駅で下車。昨晩も今晩も夜行列車で風呂に入れないので、沿線の温泉に入ろうと思い、昨夜時刻表を見ているとあつみ温泉が駅から近そうだったのでここに行くことにした。駅員さんとタクシーの運転手に聞いて、地元の人たちが金を出し合って運営している正面湯という温泉に行った。この正面湯は非常に小さく、シャワーも4つしかなかった。だが平日昼間に入りに来るような人間はいないようで、ずっと貸切だった。係員などもいなく、入湯料200円を入れる箱があった。ここは源泉かけ流しのようだ。

風呂から出た後、温泉街を歩いたが旅人には出会わなかった。そば屋でざるそばを食べた。あつみの朝市は輪島・飛騨高山と並んで日本三大朝市の1つだと朝市が開かれる場所(昼間に行ったので当然閉まっていた)に書かれてあったが、そば屋のおかみさん曰く「誇大広告」と。帰りはバスで駅まで戻った。ここのバスは運賃や次の停留所を表示する電光掲示板がなかった。紙の運賃表を見て運賃を払った。運転手の手元には電光掲示板を手書きしたような紙があった。

3.あつみ温泉→酒田

あつみ温泉駅で1時間半ほど待ち、14時40分、酒田行き827D・キハ40の2連に乗った。今度は2両ともセミクロス車だった。クロスシートのボックス席を独占して足を伸ばしながら海を見ているとぜいたくな気持ちになれる。鶴岡で途中下車。鶴岡はけっこう大きな街だった。docomoショップで携帯の充電をしてもらった。

鶴岡からキハ110系2連の酒田行き229Dに乗車。学校帰りの高校生が多く乗っており、にぎやか。キハ110系のクロス部分は2人がけと1人がけの配列なので座席数が少ない。余目(あまるめ)で高校生が相当降りた。車窓から鳥海山がきれいに見えていた。17時5分、酒田で下車。ここから先、秋田あたりまでは鈍行に乗っても次の夜行列車には間に合うのだが、ここから先は701系なので乗る気にならず。駅近くのサンクスに行ったら地酒がたくさんあったので、ワンカップを買った。あと駅の隣にある店で弁慶飯というみそ焼きおにぎりがあったので買った。

4.酒田→青森→(函館)

駅の待合室でニュースを見て、18時2分発の特急いなほ7号に乗車。かなりすいていた。酒を飲んでおにぎりを食べたので眠くなり、1時間近く寝た。目が覚めたら秋田だった。秋田から私の乗っていた5号車がやかましくなったので隣の6号車に移動。20時15分頃、信号所で5分ほど停車した。行き違いの寝台特急あけぼのが遅れていたため。よって東能代以降、青森まで4分遅れでの到着だった。この辺りでは他の乗客がおいていった月刊現代をずっと読んでいたので退屈せずに済んだ。夜の列車は景色が見えず、おもしろくないので何か本を用意しておくとよさげだ。

青森には23時6分到着。すぐに案内のあった4番線へと移動。ホームに下りたら自由席は行列ができていた。すぐに急行はまなすがやってきた。カーペットカーは指定席なので列車入線後、コンビニで酒とおつまみを買ったり、機関車の写真を撮るなどした。そしていよいよカーペットカー車内へ。このカーペットカーが連結されるようになった97年、鉄道ジャーナルに紹介され、一度この列車に乗ってみたいなあと当時思ったものだが、7年の時を経てとうとう乗ることができた。車内に入って第一の感想は「狭っ!」。まあ普通の客車だからそんなに広いわけはないわな。私が乗る上段は半個室っぽくなっている。下段はここに3人が寝る。すぐ横で別の人が寝るから、私は敬遠するなあ…。

列車は定刻22時45分に発車。自由席・指定席・カーペットカー、すべてほぼ満席。北海道・東日本パスのおかげか。青森を出ると函館まで止まらないのだが、青函トンネルの両端にあたる蟹田・木古内で運転停車をしていた。23時35分頃に青函トンネルに入り、23時43分頃に竜飛海底通過、0時ちょうど頃に吉岡海底通過、0時17分にトンネルを出た。函館で進行方向が変わったあたりまでは起きていた。

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