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2004年3月

2004年3月11日(木)

大阪府立図書館から「プロ野球読本」(野口務編,プレス東京刊)というものを借りている。
発行年は1964年。東京オリンピックが開催される年で、しかも発行日は10月5日。
東京オリンピック開催の5日前で、おそらくホークスとタイガースの日本シリーズも寂しく行なわれていた頃だろう。
「プロ野球読本」というタイトルだけあって、その当時のプロ野球についていろいろ書かれていある。
なかなか興味深いことが多いのだが、今日はそこから「附録」を抜き出して書いてみたい。
「附録」にはセパ両リーグと12球団の概要が書かれてある。
リーグ・球団の歴史、チームの歴史、ニックネームの由来などである。
本社や合宿先の住所も載せられているけど、この合宿先の住所が面白い。
例えば、阪神タイガースや南海ホークス、近鉄バファローズの合宿先は知っている。
これは私が大阪に住んでいるからもあるだろうけど、専用球場・ファーム球場がよく知られているからであろう。
在阪球団の場合は(在阪に限ったことではないが)、親会社が電鉄会社で、郊外に野球場を造っているので、
そこに合宿先がある場合が多い。挙げると、
阪神タイガース … 西宮市甲子園19 虎風荘
阪急ブレーブス … 西宮市高松町100-1
南海ホークス … 堺市中百舌鳥6-1014
近鉄バファローズ … 大阪府南河内郡美陵町
タイガースの甲子園はそのままズバリだし、ブレーブスの高松町というのは西宮球場の所在地でもある。
ホークスの中百舌鳥はもちろん中モズ球場のあったところ。
バファローズの美陵(みささぎ)町は聞きなれないかもしれないが、藤井寺市は市制を施行する前は美陵町といっていた。
他の電鉄会社系球団では、
東映フライヤーズ … 東京都世田谷区新町1-3419
西鉄ライオンズ … 福岡市香椎町香住ヶ丘
フライヤーズの新町は、駒澤球場から程近いところにある。
フライヤーズの本拠地は東京オリンピックに協力するために駒澤球場から離れて明治神宮、後楽園球場に移っていたが、
合宿先は依然として駒澤球場の近くだったようである。
ライオンズの香椎町はもちろん香椎球場のこと。
電鉄会社系の球団は親会社が持つ野球場に合宿先が設けられていたことがわかる。
現在でもバファローズの合宿先は藤井寺球場のすぐ真裏にある。

それでは、それ以外の球団はどうであるか。まずは在京以外の球団。
中日ドラゴンズ … 名古屋市中村区向島町4-24 ドラゴンズ寮
広島カープ … 広島市三条本町2丁目 カープ合宿所
中日ドラゴンズは傍系の中日スタヂアムの中日球場が本拠地だったが、そことは少し離れたところにあったみたい。
カープの合宿所は「三条本町」とあるけど、これは「三篠町」の間違いだろう。
以前広島に住んでいたことがあるので、この間違いはすぐにわかる。
それでは、東映フライヤーズ以外の在京球団はどこに合宿先があったのだろうか。
読売ジャイアンツのファームは有名な多摩川球場だったが、合宿先は川向かいの川崎市にあった。
読売ジャイアンツ … 川崎市丸子通1-47 巨人軍多摩川寮
これは有名だろうから知っている人も多いかもしれない。丸子橋を渡って球場に通っていたのであろうか。
大洋ホエールズの合宿先はここ。
大洋ホエールズ … 川崎市等々力向原3021
等々力競技場のあるところです。以前、地名辞典で等々力を調べたとき、ホエールズのファームがあるとか書かれていたので、あまりオドロキではなかった。
多摩川をはさんでジャイアンツとホエールズが練習していたみたい。丸子橋までまわる、川を渡った方が早く着きそう。
ちなみに、日本ハムファイターズのファームも多摩川の河川敷(川崎側)にありました(あります?)。
いまでもあの羊小屋みたいなグラウンドを東急の車窓から見えるのだろうか。
残る2つ、国鉄スワローズと大毎オリオンズはどこでしょう。これは難しいと思います。
まず大毎オリオンズ。
大毎オリオンズ … 市川市市川町1-74
大毎オリオンズはこの当時、東京スタジアムを本拠地としていたけど、野球場の近くではなく、千葉県にあったみたいです。
これは毎日オリオンズあるいは大映スターズの頃からの合宿所なのかどうかはわかりません。
一応、野球場、合宿所の両方ともが京成本線の沿線ではある。東京スタジアムが京成本線の沿線というのはちょっとキツイかもしれないけど。
残るは国鉄スワローズのみ。さあどこか。明治神宮球場の近くか、あるいは幻の(?)グリーンパークの近くか。
国鉄スワローズ … 横浜市港北区太尾町2017
なんと横浜にありました! 大洋ホエールズもビックリです。
なぜこんなところにあったのかはよくわかりません。ただ、港北区太尾町というのは新横浜駅の近くである。
1964年は東京オリンピックの年でもあるが、東海道新幹線が開業した年でもある。
東京−新大阪間が結ばれたが、もちろん新横浜駅も同時に開業している。
もしかしたら遠征に便利なようにここに合宿所を設けたのかもしれない。
合宿所とはいっても、ファームの選手ばかりでなく、一軍の若手選手も住んでいるだろうからね。
こう考えるとさすが国鉄。ただ、もうサンケイグループにかなり侵蝕されている時期でもあるので、本当にその目的なのかどうかは不明。
問題はここにグラウンドがあったのかということ。グラウンドがなくて単に合宿所だけだとしたら、スワローズが弱かったというのもよくわかる。
それよりも、スワローズの二軍の試合はいったいどこでやっていたのか。
本拠地・明治神宮球場はアマチュアのための野球場なので、使えるわけがないだろう。
スワローズに限らず、他の在京球団も同様。唯一使えそうなのは大毎オリオンズの本拠地・東京スタジアムくらいだろう。
それに比べれば、名古屋以西のウエスタンリーグは親会社・関連会社に野球場を持っている球団が多いため、
二軍の試合のための野球場の確保は、少なくともイースタンリーグよりは問題はなかったであろう。
ファーム球場の確保のことを考えると、南海ホークス(中モズ球場)、西鉄ライオンズ(香椎球場)が強かったというのも大きくうなずける。

なんか日記というかコラムっぽくなっちゃいましたが、一応メモ書きということで。
明日は大阪ドームに行って、SHINJO選手をオガんできます。ミーハーとは言わないで。

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