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act.3 〜at the side of the family〜






『・・・もそろそろ良いと思うんだが、どうだろう』

『そうね。あの子達が卒業した訳ではないですが。もう9年になりますからね』

ちょっとお茶が飲みたくて、私が階段を下りて台所に行こうとした時だ。

金曜日の夜9時にしては珍しく、お父さんとお母さんが居間で話をしている。

私も関係した話のようだけれども・・・。

テレビの音は聞こえないし、話し声は2人だけ。

この様子だと、栞は部屋ね。




『最近は家族で乗ることは少なくなったが、会社のゴルフで移動となるとやっぱり手狭でなぁ。

それに、そろそろまた釣りに行こうかとも思う。香里も栞も友達と動くことが多くなっている。

どうだい母さん。昔みたいにまた2人で釣りなんかは』

お父さんが、釣り・・・。

そういえば栞の病気が治るように願掛けして、好きなんだけども止めてたって言っていたっけ。

でも何で今? それに何の話なの?

『しかし、何百万円っていう買い物ですからねぇ』

何百万? えっ、何? 一体何の話なの? そんなに高い釣竿なんて、聞いたことも無いわ。

『でもお父さんのことだから、もう何にするかは決めているのでしょう?』

『ああ。ステージアにしようかと思っている。

スカイラインのワゴンと思ってくれれば、母さんでもわかるかな?』

ステージア? スカイライン・・・ワゴン? ワゴンということはお父さん、車を買うの?

『スカイラインじゃないのね。昔はいつかはスカイラインだ、と言っていたのに』

『スカイラインよりもちょっと安いんだよ。同じような装備でもな。それでも300万円前後だが』

300万円!! ってことは、あの車は売るしかないわよね。




『それに今のスカイランだと、クーペ以外にマニュアルの設定が無くてな。

確かにクーペも良いんだが、結構高いし4駆の設定が無い。

それにワゴンだセダンだということにこだわりも無い。昔はスカイラインにもワゴンはあったんだし。

まぁワゴンだけ名前が違うようなものだから、そんなに気にしてはいない。むしろ・・・』

『私が何と言うか。そんなところでしょう』

それはそうよね。車を買い換えるなんて、家の一大事なんだから。

きっとお父さん、お母さんの顔色を伺いながら話したんでしょうね。

『反対するなら、してくれてもいい。ただ明日、一緒にディーラーに見に行ってくれないか。

せめてあの車の下取り価格や、諸費用の見積もりを貰ってからでもいいだろう』

『はいはい。いいでしょう。そのかわり、帰りに買い物に付き合ってもらいますよ』

お母さんは少し笑いながら言っている。

『すまないな。しかし次の車検から税金も上がるそうだし、さすがに10年近くなると少し心配になる』

『頭ごなしに反対じゃ、あなたも納得しないでしょうから』

お母さんは納得したような、諦めたような口調ね。お父さん、意外と頑固者だからね。




するとどうやら明日は、2人で出かけるみたいね。

あの口調からすると、お父さんはかなり本気みたいね。

車かぁ。お父さんが相沢君や北川君みたいとは思わないけど、でも珍しく語っていたわね。

やっぱり男の人って、車とかが好きなのね。

どうやらお父さんも同じみたい。

「どうしたのお姉ちゃん? こんなの所で何しているの?」

「うわぁ、栞!?」

急に栞に声をかけられたから、声が出ちゃったじゃない。驚かさないでよ。

「どうしたの、そんなに驚いて?」

栞は私が手をかけずにいた居間のドアを開け、2人のいる中へと入った。

「あれ、お姉ちゃん。中に入らないの?」

「あ、うん」

栞に促されるようにして、私も居間に入ることになった。




「あっ、お母さん紅茶飲んでるんだ。私ももらってもいいかな?」

2人が話し込んでいる時に飲んでいたのだろう、ティポットを見て栞が言った。

「栞。それじゃもう出がらしになっちゃうから、淹れなおすわ。香里も飲む?」

「う、うん。お願い」

本来の目的であったお茶は、お母さんに淹れてもらえることになった。

でも、さっきまでの2人の話はもう完全に終わってしまっている。

「ホットでいいわよね? 2人とも」

もう9月に近いし、ホットでもいいわよね。

本当は冷蔵庫の麦茶でも。そう思って降りてきたんだけれども。

「うん。お母さん、手伝うよ」

私はお母さんを追って、台所へと向かった。

振り返ると、栞は新聞のテレビ欄を見ている。

お父さんは急にテレビをつけてチャンネルを変えたりしているが、どこか手持ち無沙汰そうに見える。




「お父さんはどうします?」

戸棚から茶葉の入った缶を取り出したお母さんが、居間に向かって言った。

「いや、いいよ。それよりお風呂の掃除をするよ。みんなそろそろ入るだろう?」

「はい。お願いしますね」

お母さんお返事の後、少ししてドアが閉まる音が聞こえた。

とりあえず私と栞に車を買うという話は、まだ無いということね。

「香里。お湯の方をお願いね」

「あ、はい」

そして私はやかんでお湯が沸くのをコンロの前で待つことになった。




それから私と栞とお母さんとで紅茶を飲み、夕食と同様に世間話をした。

飲み終わった時、お父さんがお風呂の用意ができたといって居間に戻ってきた。

最初に栞が入り、次にお母さん、私。最後にお父さんがお風呂に入った。

そしてみんな布団に向かうまで。

今日という日が終わるまで、車の話は一切無かった。

きっと明日の晩御飯の時に、報告があるのね。

そんなことを考えながら、部屋の電気を消し、布団に入った。




そういえばあの車。何年前からうちにあるのかしら。

『4人で乗るには小さくなった』と言って買い換えたのは、私も栞もまだ小学生の頃よね。

何度かあの車で家族旅行に出て、『長時間走ってもこの車だと栞が酔わない』って、みんなで喜んだっけ。

そして栞の調子が悪くなってから、近場の温泉に行くようになったのもあの車ね。

そう考えると、結構長い付き合いよね。

お父さんが運転をして、隣でお母さんが地図を見て。

お父さんの後ろに栞が座って、お母さんの後ろで私が栞の様子を診て。

あっ。栞が回復してから家族旅行って、まだ2回しか行っていないんだ。

それに私が去年免許を取ってから、まだあの車って全然運転していないのよね。

う〜ん。あの車がなくなる前に、ちょっとお父さんから借りて乗ってみようかな。

折角免許を取ったんだし、乗らないと損よね。

名雪と2人で出かけてみるのも楽しそうね。

そうよ、どうせ無くなっちゃうなら、その前に乗っておかなきゃ。

明日はお父さんとお母さんとで車屋さんに行くんだから、日曜日ね。

日曜日にちょっと借りてみよう。

でも、あの車を売る前に事故とか起こしたら大変よね。

う〜ん、どうしようかしら・・・。




そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていたらしい。

目覚めるとカーテンからも良く晴れているのが分かるくらい、朝日が注ぎ込んでいた。

時計を見ると今は8時14分。目覚ましも使わずに、いい時間に起きれたものね。

「さて。ここで寝ちゃったら名雪になっちゃうわ。顔でも洗いましょう」

寝ぼけまなこの名雪を思い出しながらカーテンと窓を開け、私は1階の洗面所へと降りることにした。

そう、土曜日はまだ始まったばっかりだ。




あとがき

なぜ・・・なぜ本編よりもサイドストーリーの方が、こんなにも筆が進むのでしょうか?
しかも、この本作は現在執筆中の本編よりも後のお話だというのに・・・。
思いついたのでメモしよう、と・・・思ったらこの有様。
更にこのお話はまだ終わっていません。むしろまだ続きます(TT)
どうしましょう。こんなことで本編は本当に間に合うのでしょうか?
サイドストーリーだけで良いと言っていただける方、大歓迎です。
あっさり本編は水に流すことにします。

さて本作は美坂家を襲った未曾有の大事件のお話です。
どこの家でも車を買い換えることは、長い人生における一つの転機・一大決心ですから。
古い車と過ごしてきた時間や思い出と、新しい車に託す夢と新たな世界。
きっとどこの家にも、何かしらのドラマと思い出があるはずです。
そんなことを香里の視点で書いてみたのですが、意外と美坂父のお話とも言えます。
次回は本邦初、美坂父SSでも書いてみましょうか(核爆)?
どうなるかは、今のところ私もさっぱりわかりません。

一応「G線上のアリス」をご存知ない方のために、簡単に補足説明を。
香里は現在県内の公立大学3年生。祐一と北川は揃って浪人、大学2年生。
栞は高校で病欠のため留年したものの、大学にはストレートで合格して現在1年生。
この4人は同じ大学ですが、名雪だけスポーツ推薦で私立大学に入学したという設定です。
ちなみに、名雪は祐一と栞を意識して、あえて推薦で私大を選んだという個人的裏設定もあります。
もっとも、祐一は浪人してしまいましたけど・・・。
あれっ!? 「G線上のアリス」本編でもここまでは露出していなかったような気も(^^;

またしても車に偏ったお話で恐縮ですが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
ではまたお目にかかりましょう。
March 06 2003. 小山内徹




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