このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



Home







 私は時々不安になる。

今、私の家に往人さんがいる。

夏休み前に出会ってから、今日までずっと。

私は時々不安になる。

往人さんは、いつまで家にいるんだろう。

できることなら、このままずっと家にいて欲しい。

私のわがままだって、わかっているけど。

でも、往人さんにはこのままずっといて欲しいの。


『 此処〜home 』



 今朝も私は往人さんと学校に向かった。
朝ご飯を用意して、お洗濯をして。お掃除もしようとしたんだけれども、往人さんに止められた。
「また遅刻するぞ」って言われて。
それから急いで学校に向かったの。でも、結局補習の1時限目は遅刻しちゃったけど。
1時限目が終わるまで往人さんと一緒に遊んだの。
色んな事をして。2人っきりで。チャイムが鳴るまで。
チャイムが鳴って、私は教室に向かった。
窓際の席から往人さんを探したけれども、見つからなかった。
せめて往人さんが学校から離れる所を見ることが出来たなら。
補習中の私はもう少し気が楽だったのかもしれない。
その後お昼になって補習が終わるまで、私は往人さんのことを考えていた。

 補習が終わって、急いで家に戻った。
きっと往人さんがお腹を空かせて待っているから。
腕によりをかけて美味しい物を、往人さんの食べたい物を作ってあげたいから。
でも、往人さんはまだ帰っていなかった。
お母さんもいない。ひとりぼっち。
テレビをつけても、見る番組もなくて。
1人っきりには慣れていたはずなのに。どうしようもなく寂しくて。
往人さんが待ち遠しくて。
お鍋に水をはって、お蕎麦をだしておいて。
往人さんが帰ってきたら、すぐにお昼ご飯を作れる用意をしておいた。

 気が付いたら3時間くらい寝ていたみたいだった。
私は居間の柱に寄りかかりながら寝てしまっていた。
少し体が、背中が痛かった。
気付いたらタオルケットが私にかかっていた。
きっと往人さんだ。
でも、家には往人さんはいなかった。
居間にも、台所にも、私の部屋にも、お母さんの部屋にも、納屋にも。
往人さんを見つけることは出来なかった。
居間に戻ると、柱の時計はもう4時をまわっていた。

 私は冷蔵庫の中を確認して、買い物に出かけることにした。
簡単に、安くて、量も多くて簡単な晩御飯を考えながら歩いていた。
スーパーに向かう途中の商店街。往人さんを見かけた。
診療所から出てくる往人さん。
どこか怪我でもしたのかな?
先生と、私と同じ位の歳の女の子に見送られていた。
女の子は、とても楽しげで。歩いていく往人さんにいつまでも手を振っていた。
どうしても声が掛けにくいので、私は真っ直ぐスーパーに向かうしか出来なかった。
やっと往人さんが見つかったのに。
やっと往人さんと話せると思ったのに。
そう思うと、胸が痛かった。

 スーパーから出ると、だんだん日が傾きかけていた。
きっと5時を過ぎた辺りだったのかな。
私は真っ直ぐに家に帰ろうとした。
でも、往人さんの後ろ姿を見つけたから、真っ直ぐには帰られなかった。
さっきと違う女の子・・・遠野さんだ。
遠野さんと、小さい女の子と一緒に歩いている。
小さい女の子の頭を何度か小突きながら。
ぶっきらぼうだけれども、でも楽しそうに歩いていた。
3人は、家と反対の方向に向かっている。
追いかけたい。
けど、遠野さんとは全然話したことはないし。
それに、あの女の子は友達になってくれるかな?
でも、私は歩き出せなかった。
ただ遠ざかる3人の影が見えなくなるまで、私は見ているだけだった。
どうしようもなく悲しかった。
ただ、その場に立ち尽くすしかできなかった。

 私は家に戻った。
目が痛かったので、帰り道で泣いていたのかもしれない。
でも往人さんには見られたくなかったから、すぐに顔を洗った。
顔はスッキリしたけれども、心はスッキリしなかった。
晩御飯の仕度をしている間中、往人さんのことを考えていた。
往人さんの知っている女の子は私だけじゃない。
私の知らない時間の往人さんを、あの子たちは知っている。
そんなことを考えていたら、なんだか悲しくて。
口惜しくて、寂しくて。また涙が出てきそうな感じだった。

 玄関が開く音がした。往人さんだ。
私はお味噌汁に火をつけてから、玄関に向かった。
どこか疲れた様子で、往人さんは「飯は?」とだけ言った。
すぐにできるからと私は言って、急いで台所で晩御飯を作り始めた。
不思議と作っている間は、悲しくならなかった。
往人さんはおいしく食べてくれるかな?
今夜は往人さんはトランプに付き合ってくれるかな?
そんな気持ちで一杯だった。

 9時。往人さんはお風呂に入っていた。
私は1人居間でドラマ番組を見ていた。
往人さんがお風呂から上がってきたら、トランプに誘うつもりだった。
今日の出来事を話して、往人さんからも今日の事を聞くんだと。
そうして往人さんは遂今まで、私のトランプに付き合ってくれた。
簡単なものしか出来なかったけど。
でも、往人さんと2人っきりで遊べた。話せた。
今日の2人の女の子とは、時々顔をあわせるだけなんだって。
私はほっとしていた。
なんだか往人さんがどこかに行ってしまうような気さえしたから。

「ねえ、往人さん」

「なんだ」

「お願い。聞いてくれるかなぁ」

「簡単かつ現実的なものに限るぞ」

「だったら大丈夫」

「なんだ」

「今夜は・・・。私が寝付くまで、側にいて欲しいな・・・」

「・・・そんなことか。まぁ、いいだろ」

「本当に?」

「ああ、本当だ。だから、早く寝ろ」

「はぁ〜い」

「明日は遅刻するなよ」

「が、がお・・・」

(ポカッ)

「・・・うー。お休みなさい」

「ああ、寝ろ」

「お休みなさい」


 今、布団の中で私は考えている。
往人さんとの今の関係は、いつまで続くんだろうって。
往人さんが旅に出るといったら、私には止められるだろうか?
そう思ったら、たまらなくなって枕もとの恐竜のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。
往人さんは、誰か好きなんだろうか・・・。
往人さんは、私のことをどう思っているんだろう。
往人さんは、この町にいつまで居るんだろう。
往人さんは。往人さんは。往人さんは・・・。

 今も頭の中は往人さんのことでグルグル回っている。
でも、往人さんは私のすぐ隣にいる。
往人さんはそこに居る。
私は勇気をだして、往人さんに声をかける。

「往人さん・・・。手、つないで欲しいな・・・」

 かけ布団から手を往人さんに伸ばしたら、往人さんは無言で握り返してくれた。
あったかい。往人さんの体温だ。
それに往人さんの手、やっぱり大きい。
なんだかほっとする・・・。
もの凄く安心できるの。
・・・きっと私、往人さんが好きなんだと思うの。
でも人を好きになることも、往人さんの気持ちもわからない。
そう思うとまた落ち込みそう。でも、やっぱりあったかい。
今は、もの凄く安心していられる。


 往人さん。

今はまだ、あんまり自分の気持ちが良くわからないの。

でも、私は往人さんにずっと側に居て欲しいって思っているの。

もし往人さんがどこかに旅立つのなら、私も一緒について行きたいくらいに。

でも、今夜は。

今夜はこの手を握ったまま眠ってもいいかなぁ。

「往人さん…。お休みなさい…」



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