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Air SS「躾(完全版)」






「アンタはうちの娘やっ!」
そう言って晴子は観鈴を力一杯抱きしめた。
「お、お母さん」
晴子の言葉に観鈴はそれだけ言い
堪えきれずに涙がこぼれはじめた。


「さて、アンタが正式に神尾家の娘になるにあたって、
アンタを神尾家流に教育せなあかんねん」
「えっ?」
食事が終わりお茶をすすって一服している時に晴子が切り出した。
その言葉に当然観鈴は驚きを隠せなかった。
実際、観鈴はそれまで神尾の性を名乗ってはいたが、
神尾家の人間では無かった様な状態である。
「今まではお仕置きやったけど、今度からは教育や」
「が、がお」
スパーン!
観鈴の言葉に晴子は瞬時に反応し、
後ろに隠し持ていたハリセンで一発ヒットさせた。
「いたいよーっ」
頭部を押さえながら観鈴は少し涙目になっていた。
「今までは普通の娘と育てようとして
普通に注意してきたけど、これからは違うで!」
そう言って晴子は右手に持っていたハリセンを
左手で叩いてパンパンと音を鳴らしてニヤついていた。
「今まで不思議に思わんかったか、
アンタは標準語やけど、何でウチが関西弁なんかを」
「あ、そう言えばそうだね」
スパーン!
「せやからアンタはアホやねん!」
二発目をヒットさせ晴子は熱いツッコミを入れた。
「いたいよーっ」
再び観鈴は頭部を押さえた。
「でもなぁ、アンタには才能はあると思とるんや」
「えっ?」
「そう、アンタにはウチには無い才能を感じるんや」
「ど、どこに?」
「ウチは基本的にツッコミの人間や、
せやけど、ウチほどの人間になればボケも出来る、
でもなぁ、ウチにはアンタほどの天然の才能は無いんや」
「…………????」
晴子の言葉に観鈴はめちゃくちゃ困惑してしまった。
「それって………」
「せや、アンタは確かにアホやけど
逆に言えばアンタにはボケの才能もあるんや」
「が、がお」
「ほら、それや!
確かに普通の娘やったら『が、がお』は口癖としてかなり問題あるけど、
ボケとしてはお約束で『が、がお』は立派なギャグや」
「が、がお」
「それもや、そこで同じギャグを繰り返すのは少し高等な技術や」
そう言って晴子はうれしそうな表情を浮かべた。
「アンタの産みの母親もそうやった、
ねーちゃんもボケの人やったなぁ」
そう言って晴子は少し遠い目をした。
「ママも………」
スパーン!
「いたいよーっ」
観鈴は三度頭部を押さえながら涙目になっていた。
「そうはやなぁ『ママ』やのうて『が、がお』や!」
おそらく、観鈴の言葉は間違っていなかった。
しかし、晴子としてはそれが許せなかったらしい。
「同じギャグを連続して言うたら、三度目も言わなあかんやろうがっ!」
「そ、そんなぁ」
「確かにアンタはウチの血の繋がった娘やない、
でもな、アンタにはしっかりと神尾家の血は流れてるんや
根本的に出来そうに無い奴にそんな話はせえへん」
「が、がお」
スパーン!
「4度目はくどくなるから言うたらあかんのや!」
「が、がお」
スパーン!
スパーン!
観鈴の言葉に晴子は往復でハリセンを振り回した。
「4度目はくどくなるからするなって言うたやろうが!
若手の奴らがたまにウケると同じネタを何度もするけど、
下手に回数こなすと面白く無くなるねん」
「………が」
観鈴は『がお』と言いかけたが、
何とか押させることに成功した。
「あんたの『がお』はなぁ、かなり強力や、
でもなぁ、諸刃の刃やんで、
もし、それがウケへんかったら、後はないで」
晴子の言葉に観鈴は絶句した。
「……………」
「プロ野球の投手とかやとな、ウイニングボール言うのを持ってるらしい、
まぁ早い話が自分の中での決め球やな、
絶対に打たれない自信のある球や、
もなぁ、それが投げすぎると相手も慣れてしまうんや、
せやから、投げる時は本当に大事な時にしか投げたらあかんねん」
晴子の言葉に観鈴は無言でコクリと頷いた。
「『がお』がウケへんようになったら、
もう、終わりやんで………」
そう言った晴子の目は少し寂しそうだった。
「分かった、『がお』は使うところを選ばないといけないんだね」
「せや」
頷いた晴子の視線は今までにないほどに優しそうだった。
「ほな、これからハリセンの素振りや」
「が、がお」
スパーン!
観鈴の言葉に再び晴子のハリセンは快音を発した。
「軽々しく使うなっ!」
「痛いよーっ」
観鈴は頭を押さえながら少し涙目になっていた。
「これから毎日学校に行く前と寝る前に素振り千回ずつや」
そう言って晴子はハリセンを観鈴に差し出した。
「このハリセンはなぁ、姉ちゃんがうちの為に作ってくれた奴でな、
アンタのお母さんの形見やねん
それはアンタの渡すんや、大事に使ってや」
そう言った晴子は少しもの悲しそうな表情を浮かべていた。
「………お母さん」
受け取った観鈴も少しもの悲しそうにハリセンを見つめた。
スパーン!
「そこは『お母さん』やない!
『がお』や!
お笑いにそんなセンチな雰囲気はいらんねん!
アンタが『がお』言うてうちが
『何でやねん』ってツッコミを入れるんやんか」
晴子は何処からか出してきたハリセンで再び快音を鳴らした。
当然、観鈴は自分の手のハリセンから晴子の手のハリセンに視線を移した。
「今、思ったやろ
このハリセンが何処から出てきたか」
その言葉に観鈴は無言でコクリと頷いた。
「このハリセンはなぁ、うちの力を具現化させたハリセンや、
宗家で修行積んで極めた奴だけが使えるんや」
「が、がお」
スパーン!
いつもの様に快音を発したが、
いつものように打ち抜かなかった。
そう、うるさい黙れと言わんばかりに上から叩き落としたのだ。
「いずれアンタもうちが鍛えてから宗家に行くんや」
「…………」
「で、いま宗家って何や?って思ったやろ」
観鈴は先程と同じように無言でコクリと頷いた。
「アンタには黙ってたけどなぁ、神尾って家系はなぁ
神尾宗家って言うてな、ツッコミを極めんとする一族でな、
うちもガキの頃からずっとハリセンで素振りしていたんや」
「私もツッコミなの?」
晴子の言葉に観鈴は少し不安そうな表情を浮かべた。
その不安は当然のことであろう。
自分でもボケボケだと自負している観鈴にとって
人様にツッコミを入れる余裕などあったモノではない。
「いいや、残念やけど、アンタにはその素質は無いねん」
そう言った晴子の表情は今までにないほどに寂しそうな表情だった。
おそらく、晴子としては観鈴と血縁関係にあっても、実の親子ではない。
特にボケとツッコミは遺伝が占める比率は高い。
もちろん育った環境もある。
しかし、晴子としては今まで観鈴に対して
ツッコミのコトを一切教えていなかった。
更に、晴子の姉であり観鈴の実母はボケタイプである。
そんな環境の中でツッコミが育成されるわけがなかった。
しかも、晴子自身のツッコミのパワーの大きさを呪った。
あまりにも大きすぎて観鈴はボケキャラを演じざる得なかった。
いや、ボケキャラとして育成されてしまったのかもしれない。
全てが裏目に出てしまった。
「ゴメンやで、アンタはいずれ神尾家を出ていく人間やと思ってツッコミは全然教えてなかったんや、
ボケは何処でもある程度は活きるからな、
でも、ツッコミは地方によっては一切無情の仕打ちを受けることもある。
せやから、うちはアンタにツッコミを教えてなかったんや」
そう言った晴子は次第に涙目になっていた。
「………お母さん」
観鈴も晴子の涙声に反応してか次第に涙が浮かびだしてきた。
「私、明日からツッコミを目指すよ」
「無駄や」
観鈴に心意気に対して晴子は無情にも一言で否定した。
「まだガキの頃から修行すれば不可能や無いけど、
今のアンタはもう18歳や、
しかも、アンタはボケキャラとして成熟してしもうてる、
少なくともうちが見てきた中ではまず無理や」
そう言った晴子は自分でも過酷な言葉を言っているのは分かっていた、
それが何処まで悲痛な言葉かは晴子には十二分に分かっていた。
その証拠に晴子は畳の上に拳を押しつけていた。
「大丈夫だよ、私にはお母さんがいるから」
涙を流しながら観鈴はほほえんだ。
「私は一流のツッコミを見て、受けて育ったんだよ、
それに私には一流のツッコミのお母さんが側にいるから大丈夫だよ」
観鈴の言葉は明らかに無理をしていた。
しかし、それでも観鈴にはそう言わざる得なかった。
晴子と同じ道を歩むことで晴子と親子になれると信じていたからだ。
「ね、大丈夫だよね?」
そう言って観鈴は涙を流しながら力一杯ほほえんだ。
「………せやな、アンタはうちの娘や
これからビシバシ鍛えていくからな
一切の泣き言は聞かへんで、良いな?」
「うん」
そう言った晴子と観鈴は涙を流しながら二人してほほえんだ。
そして夜も更けていった。


管理人より
遂に遂に完全版の掲載となりました。公開が大幅に遅れて申し訳ありませんでした。
神尾家のさらなる謎を含みつつ物語は終了しましたが、かえって先が気になるかもしれませんね。
実際、この設定で更なるお話が続くのでは? と、期待。
それと、やはりツッコミにハリセンは標準装備なのですね。
なんだかんだといいまして、やっぱり続きに期待してしまう管理人でした。



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