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思いつきSS「関西人とはっ!?」





〜○月×日〜

関西人にとってツッコミとボケは必須らしい

少なくとも、どちらかは出来ないといけないらしい

 

「なぁ、今年は去年以上に暑いなぁ」

「らしいね、温暖化現象もここまで来れば尋常じゃないね」

俺は由宇の言葉にペンを止めずに答えた。

「7月でこの気温やで、12月になったら40度越えるんちゃうか?」

「…………ふ〜ん」

俺は由宇の言葉の意味が分からず相づちを打った。

っと言うよりも締め切りのコトが頭の中にいっぱいで

由宇の意味不明の言葉に対応できる余裕は無かった。

しかし、俺が相づちを打った瞬間

スパーンっ!

「なっ、何をするんだよ?」

俺の頭部に由宇のお手製のハリセンがヒットした。

「アンタ、うちがボケてんねんから、つっこめっ!」

「つっこめって言われても意味が分からなかったんだよ〜」

「うるさいわっ!少なくとも『何でやねん!』くらい言えっ!」

………理不尽な

そう思ったが、口に出しては言えなかった。

「ゴメン、今度から気を付けるよ」

「当たり前や、せっかくウチがこのクソ忙しい雰囲気を

和ましたろう思ってぼけたのに」

それから由宇はブツブツと愚痴っていた。

「アンタ、覚えときや、ボケとツッコミ両方出来るのが好ましいけど、

せめてどっちかだけは出来るようになっときや」

「………はぁ」

由宇の言葉に俺はそう言うしかなかった。

気を付けよう、由宇のボケは聞き流してはいけない。

 

 

 

〜○月△日〜

TVでパンダの本質を見た。

なかなか思っていたイメージとは違っていた。

って言うか怖かった。

 

「アホ〜っ!」

由宇の力強いツッコミが詠美の頭部にハリセンがヒットしていた。

あぁ、可哀想に………

確かに詠美の言動に問題があったようだが、

相も変わらず由宇の特製のハリセンは音といい破壊力といい抜群だった。

特に音は良く響いた。

さすがに由宇の特製だけあってそこまでしっかりと計算されているらしい。

雑談の中で由宇に色々とハリセンのノウハウを叩き込まれた。

おかげで由宇のハリセンの質の高さは凄いことが分かった。

ただ、日常生活には一切役に立たないが………

「まぁまぁ、確かに詠美も悪いけどそこまでしなくても」

「うるさいわっ!詠美をかばうようならアンタも同罪やっ!」

そう言って由宇の右手に握られている特製ハリセンが俺の頭部にヒットした。

「何で俺まで………」

「やかましいっ!」

そう言ってもう一発ヒットした。

「何で私が叩かれなきゃならないのよ〜っ!」

いや、お前が叩かれるのは当然のコトだと思う。

「やかましいっ!」

そう言ってもう一発詠美にヒットした。

キジも鳴かねば撃たれまい。

詠美はいつも由宇のコトを『温泉子パンダ』と言うが、

パンダの本質は結構獰猛らしい。

由宇自身、大人しければかわいい娘だけど

一つ口を開くと痛々しいトコがある。

詠美はメガネでパンダと命名しているが、

本質は間違いなくパンダだ………

ただ、間違っても口に出しては言えない。

 

 

 

〜○月□日〜

無言のオーラ

全ての空気を押し返すオーラだ。

 

久々に創作を書いてみた。

横には彩ちゃんがいた。

結構、良い絵は描くんだけど

何分、渋すぎて万人受け出来る作品ではない。

当然、俺としては何とか売れるようになって欲しいと思う。

由宇や詠美とかに聞くと彩ちゃんの作品は売れ線からかけ離れているらしい。

しかし、彩ちゃんに読者に媚びる作品を描いて欲しくはない。

正直、詠美は売れ線のみを追求していて彩ちゃんの作品とは対照的な作品になっている。

しかし、由宇は作品を愛し

キャラクターを愛している(らしい)

ある意味、彩ちゃんに通じるモノがある。

で、俺は午前中に由宇に彩ちゃんにアドバイスをしてもらえるように頼んでみた。

関西人だけあって商売の云々と

由宇の作品への愛情とが彩ちゃんに加われば

おそらく良いモノができあがるであろう。

当然、それは俺の勝手な推測でしか過ぎないが………

 

「ほな、店番は任せとき」

「じゃあ、頼んだよ」

そう言って俺は少し店番を代わってもらい

会場内を見て回ることにした。

少し怖い気もしたが………

そう、俺の知る限り最も『静』と『動』の二人である。

 

「ただい………」

帰ってきた俺が見たモノは脂汗を流している由宇だった。

そう、彩ちゃんに対して視線をそらせずにいた。

「どうかしたの?」

「どうもこうもあるか〜っ!」

そう叫んだ瞬間、由宇の右手に握られていたハリセンが俺の頭部にヒットした。

怒ったまま由宇はその場を後にした。

(…………何があったんだ?)

普通、女の子が泣いて走っていくのなら当然追いかけるが、

怒り狂った由宇を追う程の器量は俺には無かった。

って言うか、怖かった。

「ねぇ、何かあったの?」

とりあえず、当事者らしき彩ちゃんに聞いてみた。

「…………さぁ?」

どうやら彩ちゃんにもよく分からないらしい。

いや、正確には彩ちゃんには由宇の怒りの源が分からなかったようだ。

 

「なぁ、何かあったのか?」

「彩はん、うちがボケてもツッコミよらんねんで」

(…………)

案の定だった。

おそらく、ツッコミ以前に彩ちゃんには由宇のボケが理解できなかったようだ。

当然のコトながら、『ボケ』を認識できていない彩ちゃんに

『ツッコミ』等という行為が出来るはずもなかった。

「で、この間アンタをぶん殴った時のように『つっこまんかいっ!』って

言えたら良かったんやけど、あの娘にはそれが出来へんかってん」

早い話が、由宇には彩ちゃんにはツッコミを入れることが出来なかったわけだ。

「で、ツッコミきれずに脂汗を流していたわけだ」

「せや、あ〜っ!むかつく〜っ!」

まぁ互いの気持ちが分からない訳ではないが、

強いて言うなら由宇の方が無理があるような気がする。

関西のノリが関東でも通じるわけはない。

それは由宇自身が最も知っているコトのハズだ。

「あ〜っ!やっぱりむかつく〜っ!」

スパーン!

そう言って由宇の愛用のハリセンは俺の頭部にヒットした。

「何するんだよ〜」

「やかましいっ!」

この場を治めるには俺が大人しく殴られるしかないのか………

 

 

〜○月◇日〜

こだわりとは何だろうか?

 

 

「絶対ちゃうっちゅ〜ねんっ!」

「ううん、絶対にこっちだってばっ!」

会場内に由宇の声が響いていた。

ハッキリ言ってイヤな予感がした。

でも、ここで由宇を止めておかないと南さんが怒るだろうなぁ

そう思いながら俺は由宇の姿を探した。

いつも騒がしい由宇だけあって慣れている人は

『いつものコトだ』とサラッと見て見ぬ振りしていた。

しかし、初めての人にとっては『何事だっ!?』といった感じで

さすがに注目を集めていた。

おかげで簡単に見つけることが出来た。

「由宇、何をしてるんだよ?」

止めにはいるように由宇の方に近寄った。

「あっ、アンタも言うたりや、絶対にこっちやってっ!」

「違うよ〜、絶対にこっちだよ」

由宇と言い合っていたのは玲子ちゃんだった。

「あの〜、何を言い合ってるのでしょうか?」

興奮しきっていた二人に気落とされ、思わず改まって聞いてしまった。

「何やて、アンタには分からへんって言うんかっ!?」

「そうだよ〜、何で分からないのよ〜」

どうもこうもあるかっ!

話の内容が全然分からないだろうがっ!

っと言えたら良いのだが、二人の雰囲気はそうは言わせてくれなかった。

正確には言えなかった。

「大変申し上げ難いんですが、私には話が見えてこないのですが………」

「ったく、鈍い奴やな〜、良いかうちらが言い合ってるのはこの姉ちゃんのコスや」

「そうよ、絶対にこっちの2Pキャラの衣装の方が良いよねってコトだよ」

「………はぁ?」

「ちゃうっちゅ〜ねん、絶対に1Pキャラの方が格好良いっちゅ〜てんねんっ!」

(……………さいですか)

「じゃあ、俺は店番しなきゃいけないから」

そう言って俺はその場を去ろうとした。

しかし、それ許すほど由宇は甘くなかった。

「ちょい待ちっ!」

「………何でございましょう?」

「アンタ、まさか『そんなコトどうでも良い』っとか思ってんちゃうやろうな?」

その通り!

「千堂くん非道いよ〜」

非道いのは俺じゃない!

俺を巻き込もうとしてる由宇だ!

でも、決してそれも口には出せない。

「ま、まさかそんなコト思うわけないじゃないか」

苦し紛れに言い訳をしてみる

普通の人なら通用したかもしれないが、

由宇の眼力にはそんなモノは一切通用していなかった。

「じゃあ、アンタはどっちが良いと思うんや?」

ハッキリ言って知らないゲームのコスだった。

コメントのしようが無い。

「千堂くんも1Pカラーよね?」

「そんな訳あるか、絶対に2Pカラーやって」

「ゴメン、そのゲームやったコトないんだよね、ははは…………」

笑い方が乾いているのは自分でも分かった。

「せやったらはよ言わんか〜っ!」

スパーン!

先ほどまで無かったはずの由宇の特製のハリセンが俺の頭部にヒットした。

早く言えと言われてもそれすらも言わせてくれなかったくせに………

「千堂くん非道〜い!」

だから、非道いのは俺じゃないってばっ!

しかし、そんな言い訳出来るはずも無く………

素直に俺が殴られればその場は解決するのであればそれで良いような気がしてきた。

って言うか特製ハリセンだけあって破壊力は抜群で良いらしいが

俺の頭はいいのか?

このままでは記憶障害起こすような気がしてならないのは気のせいか?

 

 

 

〜○月▽日〜

思いこみ………誰もが許された行為

思いこみ………現実とは違うコト

思いこみ………決してそうでは無いこと

 

「なぁ、このねーちゃん、ウチと似てないか?」

由宇の言葉にペンを止め由宇の原稿をのぞき見た。

そこのは『To Heart』の委員長コト保科智子が描かれていた。

「似てないか?」

ハッキリ言って似てない。

って言うよりもただ、共通点がある程度だった。

そう、関西弁とメガネ。

強いて言うなら、長い髪

その程度だった。

「……………」

俺は必死で答えを探した。

そう、由宇を怒らせずに『似てない』と言う言葉を。

しかし、そんな都合のいい言葉は一向に見つからなかった。

「ほら、このねーちゃんもツッコミ派やし」

(だから何だ?)

それがその時に感じた言葉だった。

じゃあ何か?

メガネかけて関西弁でツッコミを入れたら全て同じキャラクターなのか?

当然、そんなコトは口が裂けても言えなかった。

で、色々と由宇と委員長の相違点を探してみる。

しかし、全てが委員長の方が上の扱いになりそうな相違点しかない。

例えば、頭の良さ・スタイル・素顔

当然、それも口に出して言えるわけもなく。

まぁ素顔は主観の問題であるのでこの場でも言えるようなコトではない。

俺の頭の中では

『由宇の方が○○だよ』と言いたいのだが、

俺の頭ではその○○の中に代入できる言葉が見あたらない。

そんな俺の視界にふと由宇の描きかけの原稿が目に入った。

そこにはハリセンを握った委員長が描かれていた。

ちなみに、委員長は作中でハリセンを持つシーンは無い。

まぁ多少の誇張は脚色は当然であるので否定はしない。

強いて言うなら、その方がパロディとしては面白いと思う。

で、ふと思った。

「いや、きっと由宇の方がハリセンの取り扱いは上手だよ」

我ながら何とも的外れなコメントだった。

「当たり前やんか」

(…………当たり前なのですか?)

そう思っても口に出して言えるわけはなく。

「やっぱり由宇の方がツッコミとしてはうわてだと思うよ」

「そ、そうかなぁ?」

俺の言葉に由宇は照れていた。

(…………褒め言葉だったのか?)

「そうだよ、胸が無くてもメガネ外すと美人じゃなくても

由宇にはそのツッコミがあるじゃないか?」

「何やて?」

俺は言った瞬間『しまったっ!』と思った。

しかし、時すでに遅かった。

「そのツッコミってのはこういうコトか?」

スパーン!

スパーン!

今日も俺の頭部にハリセンがヒットした。

しかも、今日は往復でだ。

さすがに、2発はかなり効いた。

「余計なコト言わんでええから、さっさと描け」

「…………はい」

それから怒った由宇の前で今日もペンを走らせた。

 

 

〜○月☆日〜

偏見とは怖いモノである。

って言うかもはや思いこみ

 

 

「この間さぁ、TVで北海道の家には一家の一つはジンギスカン鍋があるって

言ってたんだけどさぁ、ホントかなぁ?」

作業が一段落済んだときにお茶を飲みながら由宇に聞いてみた。

「あるんちゃうか?

関西には一家に一枚たこ焼きプレートあるしな」

「…………えっ?」

由宇の言葉に思わず目が点になった。

「嘘や思てるやろ、マジやで」

正直、かなり胡散臭かった。

「うちも昔は嘘や思ってた、でも家の物置で発見したときにはショックやった」

由宇はペンを走らせていた手を止め遠くを見つめていた。

「しかも、ガスコンロにのせるタイプやってん」

「…………はぁ」

「ガス線と繋がるタイプとちゃうかってん」

「…………はぁ」

「それがどんなにつらいことか分かるか?」

由宇の言葉に俺は首を横に振った。

そんなコトが分かるはずも無い。

いや、分かる方が怖いぞ。

「せやな、関東の人間に言うても分かるはず無いわな」

その時に由宇に横顔は少し寂しそうだった。

一瞬、慰めようかと思ったが、

プレートタイプとガス線直結タイプとの違いについては触れてはいけないと

俺の魂が警告していた。

そこに触れた時点で俺は散るだろう。

…………散りたくない。

今日は殴られずに済んだ。

由宇には悪いが俺は身の安全を選んでいた。

 

 

 

 

〜○月◎日〜

関西人に上がり症はいないのだろうか?

 

 

「あ、あの、ゆ、ゆ、由宇さん」

「何や?」

あさひちゃんではなく、ももちゃんが由宇に話しかけていた。

俺は近くで見ながら

『珍しいこともあるモノだ』と思っていた。

「あ、あ、あたし上がり症なんですけど………」

横から見ていてそんなコトは言わなくても分かっていた。

「そうみたいやな」

「そそそ、それでですね、どうしたら由宇さんみたいに出来るのかお伺いしたくて」

ただ、図々しいだけのような気もするが………

当然、そんなコトを口に出せるわけもない。

「ウチかて、特訓したんやで」

「ほ、ほほほホントですか?」

マジかよ?

って言うか柱相手にツッコミの手の振りの特訓でもしてたのでは無かろうか?

「何やったら、アンタもしてみるか?」

「えっ、いいいい良いんですかっ!?」

おいおい、ももちゃん本気にしてるよ。

「そのかわり、ウチの指導は厳しいで」

「は、ははははハイ!」

「ももちゃん本気?」

純真無垢なももちゃんが由宇の毒に犯されかねないと思い、口を挟んではみた。

「うるさいなぁ、本人がやる気やねんから」

「あ、ああああたし変わらなきゃいけないと思うんです」

人格変わるぞ!

「まぁ本人がやる気だって言うなら仕方ないけど………」

「アンタは大人しく生まれ変わったももちゃんに期待しとけ」

そう言って由宇とももちゃんは特訓の時間の打ち合わせを始めた。

俺は一度は止めたぞ

どうなっても知らないぞ。

 

 

 

〜○月●日〜

見てはならないモノを見てしまった。

 

 

「和樹、特訓の成果を見せに来たで」

一人作業をしてる時に由宇は現れた。

由宇の後ろにはいつもの格好と変わらないももちゃんがいた。

「ヤな予感するんだけど」

「失礼な奴やなぁ、ウチが信用出来へんのか?」

出来るわけが無かろうがっ!

さすがに言葉に出して言えるはずもなく、

とりあえず、ジト〜っと見かえした。

「ほな、いくで」

「ハイっ!」

そう言って二人は横に並んだ。

………………

………………

………………

………………

それから5分ほど二人の漫才は続いた。

「何でやね〜んっ!」

二人の漫才はその言葉を最後に終わった。

「どないやった?」

「ど、どどどどうでした?」

どうもこうもない

「もしかして、二人で漫才の特訓をしていたの?」

「せや、漫才は人前でするモンや、上がり症克服にはもってこいや」

(………………)

「そんなわけあるか〜っ!」

「何でやねん、見たやろ、さっきの漫才のテンポの良さを」

確かにテンポは良かった。

しかし、呆然としていてネタなんか聞いていなかった。

「特訓したってコトは、打ち合わせしたってコトだよね」

「せや」

「ってコトは今までみたいに台本読んで演じるのと何ら変わらないのでは?」

「……………」

俺は由宇の頬に汗が出ているのを見逃さなかった。

「で、でででも関西弁のイントネーションは完璧ですよ」

どもっているところは全然直ってなかった。

「早い話が、根本的に何も変わってないわけだ」

スパーン!

「うるさいわいっ!

誰にだって失敗はあるんやっ!」

不条理だ。

何で俺が殴られなきゃならんのだ?

って言うか俺って由宇にとってどういう存在なのだろうか?

そう思うと夜も眠れない(意訳:〆切があるので寝かしてもらえない)

 

 

〜○月★日〜

伝説と伝説

それは神話へ

 

「…………和樹、ついにマスターしたで」

服装などはいつもと変わらなかったが、

パッと見ただけで精も根も尽きた感じがした。

「どうしたんだっ!?」

「ついに、伝説のハリセンをウチのモンにしたんや」

「…………はぁ?」

真剣な面もちの由宇に対して

俺は困惑せざるえなかった。

「これで、牧やんに勝てるんやっ!」

そう言って由宇はいつもの愛用のハリセンを掲げた。

とりあえず、由宇の話を受け流し再びペンを走らせた。

そう、これ以上由宇の話を聞くと自滅へと向かいそうなので、

とりあえず、フェードアウト………

 

 

「牧やん、勝負やっ!」

「う〜ん、困りましたねぇ」

いつもの様に困った仕草をしていたが、

見慣れた人にとっては全然困ったようには見えなかった。

「懲りない人ですねぇ」

(えっ!?)

南さんの言葉で由宇と南さんは以前に闘ったコトがあるのが分かった。

しかも、そのセリフからして南さんの勝利だとも分かる。

「この間までのウチとはちゃうんやでっ!」

そう言って由宇はハリセンを取り出した。

しかも、いつものハリセンとは違い、

光り輝いていた。

そう、七色に

「ウチはついに伝説のハリセンをマスターしたんや」

そう、由宇の底知れない自信はそのハリセンからきていたのだ。

ハリセンを軽く振る度に残光が走る。

(…………ゴクリ)

日頃から由宇にハリセンを受けたり

ハリセンとは何たるかを吹き込まれている俺にとって、

そのハリセンの威力は絶句するほどのモノだった。

「ダメだ止めろ、そんなモンで殴ると南さんは死んじゃうぞっ!」

この場でその七色のハリセンの威力を知るのは由宇と俺のみ。

ほのぼのといつも通りの南さんに全然危機感がなさそうだった。

当然、俺は止めに入った。

しかし、南さんは俺を止めた。

「大丈夫ですよ、私にも伝説のモノがありますから」

口を軽く押さえながらそう言った。

全くいつもと変わらぬ表情。

ダメだ、南さんには現状が分かっていなかった。

しかし、南さんの『伝説』の言葉が俺には気にかかった。

「私には伝説の『徹夜撲滅バット』がありますから」

(……………えっ!?)

そう言って南さんは何処からか木のバットが現れた。

そこには墨で達筆に『徹夜撲滅』と書かれていた。

「和樹、アレが牧やんの本性や」

「何だってっ!?」

どう見ても伝説のバットは武器以外の何モノにも見えなかった。

しかも、伝説のバットが動く度に赤い残光が走った。

「見てみ、アノ残光はなぁ、今までに吸われた血って言われてねや」

…………ゴクリ

俺には伝説のバットの威力は分からなかったが、

少なくとも七色のハリセンに対抗できると何故か分かった。

おそらく、エモノは五分と五分。

残るは使う者の力量の差だ。

二人をよく知っている俺でもこの勝負は分からなかった。

ただ、何故か由宇は勝てない気がした。

「ほな、いくでっ!」

南さんは由宇の言葉に何も言わなかったが、

笑顔でバットを構えた。

七色の残光と赤い残光が交差した。

交差した瞬間、俺は畏怖した。

しかし、同時に感動もした。

これ以上にない力と力

これ以上にない光景。

突っ込んでいった由宇はスッと着地した。

…………ゴクリ

由宇は着地して少しして前に倒れ込んだ。

「由宇っ!」

俺は珍しく大きな声を上げ由宇に近づいた。

背中から抱え上げ、由宇の生死を確認した。

心拍は荒れていた。

「大丈夫かっ!?」

「大丈夫や、死んでない」

「南さん、ここまでしなくても良いじゃないですかっ!?」

気の動転していた俺は

勝者の南さんに抗議した。

「言うな、悪いのは負けたウチなんや」

「………ぐっ」

俺は何故か悔しくて拳に力が入った。

「ハリセンが、バットに勝てるわけ無いんですよ」

いつもの口調で南さんが言う。

そりゃそうだ。

ハリセンに鉄板を仕込んでも

どう頑張ってもハリセンが勝てるわけがなかった。

そう考えると、腕の中で倒れている由宇が滑稽に見えてきた。

「そう言うわけですから、徹夜はしないで下さいね」

そう言って南さんは再び仕事に戻っていった。

「さっき思ったんだけど、お前、南さん特有のオーラに負けてるぞ」

そう、先日の彩ちゃんの件を思い出した。

由宇は無言のオーラに敗北していたのだ。

無言のオーラではないが、ほのぼのオーラに負けていたのだ。

そう、由宇は以前に『殴れない存在』にであっていたのだ。

故に、無意識の内に苦手意識が出来てしまっていた。

「エモノは五分と五分だが、お前自身が南さんの負けていたんだよ」

「そうか、ウチ自身が負けていたんか………」

「ああ」

「まだまだウチも修行が足りんな」

「頑張れ」

何を頑張れと言うのだろうか?

我ながら何を言っているのか分からなかった。

まぁどうでも良いコトの様に思えてきた。

ただ、その場は『猪名川由宇の敗北』という形を色濃く残して終わった。

 

 

 

〜○月◆日〜

神話………

そして、未知へ…………

 

 

先日の敗北より由宇に覇気がなかった。

その証拠に、ツッコミが無い。

TVドラマで下手な関西弁を使うタレントを見ては

いつもTVにツッコミを入れている由宇だが、

先日以来、ずっと塞ぎ込んでいた。

今までにそんなコトは一度たりとも無かった。

ハッキリ言って、怖い。

慰めて上げたいとは思うが、

どういう言葉をかけて良いのかも分からない。

直接の原因は分かっていた。

しかし、俺の知らない『由宇だけの世界』である。

いや、『極限の世界』である。

そう、由宇と南さんは俺の知らないレベルの戦いをしていたのだ。

当然、その敗北者に何のアドバイスが出来ようか?

いや、出来ない。

『次頑張れば良いじゃないか』とか言うのは容易いことだ。

しかし、それはただの無責任な言葉でしかない。

少なくとも、あの戦いを見た者としてはそんなコトは言えなかった。

俺として出来ることは一つだけだった。

そう、由宇を見守ってやることだけだった。

そう思った俺は出来る限り触れず離れずの姿勢でいた。

 

「ふ〜、今月も何とか終わったなぁ」

「………せやな」

今日も由宇は口数は少なかった。

まぁここ数日ずっと同じ状況だったので慣れてきてはいた。

「和樹、ウチ修行の旅に出ようと思うねん」

「……………そうか」

由宇の言葉に一瞬は驚いたが、

何故だか冷静に対応できた。

「ウチにあの牧やんを越えることが出来るかどうか分からへんけど、

ウチかて『七色のハリセン』を使う者として

このまま『敗北者』の烙印を押されたままやと気がすまんのや」

「……………」

「しかも、牧やんはあの時一歩も動かずに全く笑みを絶やさんかった、

アレはただの『敗北』やない『完敗』や、

ウチはあの時負けたときからずっと考えてたんや、

冷静に考えれば考えるほどウチの弱さが見えてきたんや、

それに、ウチは『七色のハリセン』に頼りすぎてたんや、

それに比べ牧やんは『徹夜撲滅バット』だけやない、

『徹夜撲滅バット』に最も必要な『武力制裁』の心を会得してるんや、

そんな二人がぶつかり合ってウチが勝てるわけがあれへん、

でもなぁ、『七色のハリセン』にも同じように使い手の心一つで

威力は全然変わることもあるんや」

由宇の言葉に俺は聞こえるくらい大きな音で固唾を飲んだ。

「それが何なのかはウチには分からへんけど、

その会得無くして牧やんに勝つコトは出来へんのや

せやからウチはそれを会得するまで修行の旅に出ようと思うねん」

「…………由宇」

「わがままばっかり言ってスマンなぁ、

でもな、今ウチがこのままやったらずっと負け犬のままになってまうねん」

穏やかな口調で言う由宇だが、

俺には由宇の気持ちは痛いほど分かった。

呼吸一つ一つから由宇の気合いが伝わって来そうな気がした。

「俺は何もしてやれないけど、やってこいよ、行けるトコまで」

「スマンな、いきなりで悪いけど、実家に帰ってからすぐに出るわ」

そう言って由宇はテーブルの上から片づけ始めた。

「いつ帰ってきても良いように俺は誰とも合体せずに待ってるから」

「…………ありがとう」

そう言った由宇の目からチラッと光るモノが見えた。

「ほな、行くわ」

そう言って由宇は鞄を肩からかけ立ち上がった。

「頑張れよ」

「うん」

「じゃあな」

そう言った俺の言葉に由宇は無言で手を振って返した。

心から頑張って欲しいと思う。

由宇は手を振りながら無言で部屋から出ていった。

俺は待つことにした。

由宇が『無礼講』の心を会得して

再びこの部屋に笑顔でハリセンを振り回せる日が来ることを………

 

俺はこの日記はここで終わりにしようと思う。

そう、由宇と過ごした日々はここで止まったままなのだから………


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