このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください






『ねぇ祐一・・・本を読んでくれるかなぁ?』
『やだ。めんどくさい』
『そんなぁ。だって・・・こほっ、退屈なんだよ・・・』
『そんなの、風邪をひいた名雪が悪いんだからな』
『祐一のいじわる』
『どっちがいじわるだよ。こうして俺をこうそくして、あげくの果てに本を読め? おうぼうだ!』
『ひどいよ・・・祐一。ただ、そばにいてくれればいいのに・・・』
『それだけならかまわないけどね。それ以上を要求されても困るんだよ』
『こほっ・・・。どうして?』
『俺が眠くなってきたからだよ。それより、病人が寝てなくてどうする』
『うん・・・でも・・・』
『うんも、でもも無い』
『そんなぁ・・・』
『ほらっ、氷枕とタオルを換えてきてやるから。そしたら夕飯まで寝ておけよ』
『・・・うん』
『起きた頃には、秋子さんも帰ってきているだろ』
『そうだよね・・・。祐一、ごめん』
『謝るくらいなら、風邪ひくな』
『うー。今更それはないよー』
『んじゃ、換えてくる』
『早く帰ってきてね、祐一』
『って、下に降りるだけじゃないか』
『でも・・・』
『ああ、わかったから。そんな顔するな』
『・・・うん・・・』



第1話「想いと思い出」Aパート



「相沢君・・・相沢君!」
「おい相沢。教室移動だぞ」
・・・あっ? ・・・俺は・・・寝ていたのか。頭を上げた俺の机の横には、香里と北川がいる。
すっかり春の陽気に誘われてしまったみたいだ。あ〜あ、ノートが真っ白。
名雪のこともあるから、香里に今の授業の分を写させてもらわなきゃ。
「それで、聞いているのか? 教室移動だぞ」
「あ・・・ああ、わかった。美術室だろ?」といって、俺は机の中から美術用具一式を取り出す。
といっても、参考の教科書と鉛筆くらいなものだが。
「そうよ。でも相沢君、名雪と違って完全に寝ていたわよね」
「そうだったのか?」
「そう。完全に机に突っ伏していたわよ」と言って、寝る真似をしてみせる香里。
「やばいぞ相沢。あの先生、お前の事見ていたからな」と、何故か北川は嬉しそうな表情する。
俺の寝ている間に、何かあったのか?
「むぅ・・・それはまずいな」と言ってから、俺は立ち上がった。
「そろそろ行かないとね」
「そうだな。この上遅刻したんじゃ、相沢に何かおごってもわらないとな」
「わかったよ・・・家に来たらな。その代わりノートを見せてくれ」
「おおっ。交換条件付きとは言え、たまには言ってみるもんだ」
ふっふっふ。君を待っているのはあのジャムだよ、北川君。
「でも、次の時間も寝ちまいそうだな・・・。音楽を聞いているよりはマシだけどな」
「そうかしら?」
「確かに俺も辛いな・・・。鉛筆でいいとは言え、絵を書くのは苦手だ」
「北川・・・」
「相沢もか」
2人でハイタッチをしようとしたが、失敗して腕がぶつかった。
「あ痛たた・・・」
「・・・ナイスアタックだぞ。北川」
「馬鹿やってないで、行きましょう」
「は〜い」と、情けない2人の返事が人気の無い教室に残った。
名雪がいればもう少しボケることもできたのだが、香里相手では勝ち目が無い。
まだまだ修行が足りないな、俺。
それから教室を出て階段を下り美術室へ向かうが、まだ俺の頭はスッキリしていなかった。
さっきの夢が何故か気にかかっていたからだった。

(ガラガラガラ)美術室のドアを開けたが、この授業では自由に選べる席が前にしか残っていなかった。
仕方なく俺たちは前の席に向かうが、香里と北川の視線が痛い。
「俺の所為か?」
「そうなるかしら」
「そうだな」
「済まない」と俺は謝って、俺は席に座る。
「イチゴサンデー1つだよ」と、隣で香里が笑顔で言う。
「香里。それは名雪の台詞なんだが・・・」
「残念だよ」
「って、おいおい。百花屋で食べたかったのか?」
「そうね、たまにはいいわね」
「美坂がイチゴサンデーとは、珍しいな」と、北川は意外そうな顔をする。
俺も同じ様な表情なのだろうか?
「私もそう思うわ」と、香里が楽しそうに笑う。

程なくして、美術の先生が入ってきた。
「今日は黒板前のテーブルに置いてあるを胸像をスケッチするように。あ〜、それだけだ」
最初に出席も取らない、かなりいい加減な先生だ。
授業の最後にスケッチに名前を書かせて提出させる。それを出席代わりにするからだ。
この先生は、美術は受験勉強の息抜きと考えているらしい。
とはいえ、俺はスケッチの類は苦手なので息抜きにはとても程遠いが。
まぁ、適当に描いておくとするか・・・。

その後、予想通りスケッチブックにはもの凄くいい加減な胸像が出来上がってきた。
とてもテーブル上の胸像と同一とは思えない代物だ。
ぼんやりと考え事をしながらのスケッチだから、描けてもこんなものだろう。
しかし、あれはいつの頃の夢だろう・・・。
鉛筆を動かしながら、前の授業中に見た夢を俺は思い出していた。
昔、冬休みの度にこの街を訪れていた頃の記憶だろうか?
もう、すっかり忘れていたものだと思っていた。
名雪が風邪をひいたのはいつだったろうか?
確か名雪の誕生日だったような気がするんだが、何歳だったか思い出せない。
ただ、あの夢の名雪はひどく小さくて、辛そうで、でもどこか嬉しそうな雰囲気だった。
でも、本当にあったかどうかもはっきりしない。

「あっ」
大きく無駄な線を描いてしまっていた。考え事をしながらだと、更にいい加減な絵になる。
消しゴムでその線を消しながら、後で名雪に聞いてみようか? などと色々考えが浮ぶ。
「どうしたの? 相沢君」と、香里が声をかけてきた。
「いや・・・。考え事をしていたら、変な線を描いてしまった」
「そうだったの」
「香里は上手く描けているのか?」
「駄目ね。栞よりはまともかも知れないけど・・・」と、ニコッと笑ってみせる。
「そんなこと言う人嫌いです」
「うおっ! ・・・なんだ、北川か」
「確かいつもこんなことをいっていたよな、栞ちゃん」と、北川も会話に加わる。
「そうね、確かによく聞くわね」と、頷く香里。
「栞の口癖みたいなもんか」
「そうらしいな」
3人で無駄話をしながら絵を描いて行く。
まだ俺の頭には、時折あの夢の中の名雪がちらついた。

「さて、これで今日の授業は終わった訳だが」
美術室から教室に戻った俺たちは、ホームルームに先生が来るの待っていた。
「朝に言った通りよ」と、香里が腕組をしながらアッサリと言った。
「3時か4時に家に来るんだろ? まぁ、期待しないで待っているさ」
「そうか? 栞ちゃんが教室の外で待っているから、行くつもりはたっぷりなんだろうな」
「何?」と、廊下を見たら栞が教室の窓からこちらの様子を窺っているようだった。
出たり消えたりするあたり、背伸びをしているんだろう。
「こりゃ逃げも隠れも出来ないな。相沢」
「お前は戦争でもしに来るのか? 名雪は寝込んでいるし、居候じゃなかったら返り討ちなんだが」
「別に悪戯しようって訳じゃないさ。悪い方に考えるなよ」
「そうあって欲しいよ」
「おいおい、信用が無いなぁ」
「それで食材はどうするんだ、香里? 冷蔵庫を調べてから連絡するか?」
「そうね。でも作るものは決まっているから、人数分だけ買って行くわよ」
「そうか、レシートだけしっかりと頼むよ」
「わかったわ」と、香里が言う前に先生が教室に入ってきた。
「全く・・・無視すんなよ・・・」と、北川がぼやく。
それからホームルームが行われるが、連絡事項以外は特になかったので2分で終わった。

「起立。例」
日直の号令が教室に響く。そして、今日の学校は全て終わった。
「それじゃ、またあとでね」と、香里が軽く肩を叩いてきた。
「俺も頃合を見計らって行くとするか」とは北川だ。
「・・・一体どんな頃合だよ・・・」
「まぁ、美坂に電話してからきめるさ」と、北川は肩をすくめた。
「成る程」俺が納得して鞄を持ち上げて席を立った時だった。
「お姉ちゃんっ」と、栞が教室に入ってきた。そして香里の横に並ぶ。
「全く・・・栞ったら甘えん坊さんね」
「おぅ、栞。今日は香里に任せたから、お手柔らかにな」
「う〜ん・・・。名雪さんのこともありますから、お手柔らかにです」って、その笑顔の奥に何かあるのか?
「料理の腕のことじゃないの?」と、どうやら香里は俺の疑問を察したようだ。
「そんなこと言うお姉ちゃんは嫌いです」と栞に言われても、香里は笑顔のままだ。
「おおっ!」と、妙なリアクションは北川だ。
「まぁ、みんな名雪を心配して来てくれるんだろうが・・・俺にとばっちりが来ないだろうな?」
「さて?」
「どうかしらね?」
「普段の祐一さん次第です」
・・・これから今日の俺は無事なんだろうか?
北川は生きて帰さないとして、美坂姉妹の攻撃は・・・。
まぁいい。なるようになるだろう。

「それじゃ、帰るか」と言って俺は教室のドアへ向かう。
「そうだな」と、北川も続く。
「お姉ちゃん。今日は部活は?」と、栞は香里の後に続く。
「土曜日は無いわよ。それに3年だからね」
「それじゃ、途中までみんなで帰ろうか?」
「ああ」
「はいっ」
「わかったわ」
そして北川の提案通りに、4人で分かれる所まで一緒に帰ることになった。
といっても、北川は校門からそう離れていない所で俺たちとは逆方向に別れる。
「それじゃあな。・・・美坂! 相沢の家に行く時間が決まったら、電話してくれないか?」
「わかったわ」
「1人で迷って来い」
「北川さん。さようならです」
「・・・またな」と言って、北川は道を交差点を右に曲がって行った。

俺と美坂姉妹は北川とは逆に道を左に曲がり、朝よりは暖かくなった日差しの中を歩いていた。
それでもやっぱり今日は風が冷たい。名雪は部活で汗をかいたままだったのだろうか?
名雪が風邪をひく原因は・・・後は湯冷めか寝冷えだろうな。
「お粥ね・・・。秋子さんだったら、どんな物のを作るのかしら」と、香里が質問してきた。
「う〜ん、そうだな。消化によくて栄養価の高い物を入れるんだろうけど、それ以上は想像がつかないな。
大体、何が体に良いのか、俺は知らないからな」
「そう・・・。とりあえずお母さんが作ってくれたお粥の材料を真似してみるわ」と、顔に手を当てながら香里が答える。
「俺が作るより遥かに安全だろう。もっとも、これを機会に美味しいお粥の作り方を覚えてみるか」
「そうね。じゃあ、お手本になれるようなお粥にしないといけないわね」と、香里が笑う。
「お姉ちゃん。やっぱりお粥の中に何か入れるの? おかゆと梅干だけじゃなくて・・・」
「そのつもりよ。何にするかを、まだ迷っているけども。勿論細かく刻むわよ」
「それだったら私も手伝ってもいいよね、お姉ちゃん」と、栞は目を輝かせた。
「勿論よ」と、香里は笑顔で返す。
とても微笑ましい姉妹の会話が交わされていた。
もっとも、通学路を戻りながらの会話の話題としては、かなり珍しい部類に入るだろうな。
どうやら美坂家に、なにかしら秘伝の調理法でもあるのだろうか?
まぁ何も知らない俺よりも、きっと良いものが出来上がるだろう。
「相沢君。それじゃあまた後でね」
「ん? あぁ、ここか。本当に香里に任せる」
「祐一さん。さようならです」
「栞、また後でな」
そう言って、俺は美坂姉妹と別れた。

それから家へ戻る最中、果して今日の夕飯は一体どうなることやら。と、1人で心配をしていた。
俺のすることは名雪の世話、食器類の準備にお粥の作り方の勉強。そして北川対策だ。
とすると、まず帰宅後に名雪の様子を見てから、軽く部屋を片づけておこう。
まだ引っ越して3ヶ月しか経っていないが、備えあれば憂い無しだ。
そう考えながら見慣れた町並みの中を歩いて、居候先の水瀬家に戻った。
「ただいま」
しかし、返事は無かった。



Return to menu page or Go to next page

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください