このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

星野次郎氏宅


 5インチ・ゲージTICH、5インチ・ゲージRAIL MOTER、5インチ・ゲージPRINCESS OF WALESなど、星野氏の愛機たちが並ぶ。
 福岡市某所の閑静な住宅街。そこに、機関車たちが集っていた。1997年9月6日にお亡くなりになられた故 星野次郎氏がビスの1本1本から手作りで丹精こめて作り上げられたライブスチームである。無論石炭を入れれば機関が動き、走行も可能だと言う。機関車の各部の精巧さもさることながら、その滑らかに輝く優美なフォルムを見ると、ため息をつかずにはいられない。とても真似できるものではないと思い知らされる。
 星野次郎氏は、天文学の分野では知らない人はいない、有名な人であった。天文家の間で「星野鏡」と呼ばれた、非常に精度の高い反射望遠鏡用の凹面鏡の製作者として知られている。円形のガラス板を磨いてへこまし、望遠鏡に必要な放物面に仕立て上げるのだが、製作者の名がつくほどの精度を持った凹面鏡は数えるほどしかなく、氏の技術の素晴らしさがわかる。著書の「星野次郎星座写真集」「天体望遠鏡の作り方」はアマチュア天文家のバイブルとまで言われ、「星の手帖チロ賞」の第1回の受賞者となられている。
 左は5インチ・ゲージRAIL MOTORを背後から見たところ。全て本物を忠実にスケールダウンしたものである。
 右の写真は5インチ・ゲージDIDCOT。ナンバープレートに刻まれている機番は「3828」だが、これは星野氏が製作した反射望遠鏡によって1986年11月に発見された小惑星3828「Hoshino」からきている。星野氏が一番よく出来た、としてこの機に「星野」の番号を刻み、「これに乗って天国へ行く」とおっしゃっていたそうである。星野氏が生涯磨き出した鏡は約800枚とも言われ、それも仕事の合間に、実費のみで製作していたと言うから氏の人柄が偲ばれる。凹面鏡研磨にしても、ライブスチームの銀ロウ付けなどにしても、あらゆる面で「名人芸」と呼ばれるほどの技術をお持ちだったそうである。今更ながら、お亡くなりになったのが悔やまれる。
 左は8分の1スケールALLCHIN "M.E" Traction Engine。日本ではこの「トランクション・エンジン」のライブスチームは非常に珍しいと言う。背中のシリンダーではずみ車を回し、ギヤ連動で車輪を回すもの。
 星野氏は添田に生まれ育ち、中学の頃にはじめて機関車を作られた。京都大学法学部を卒業されて理化学研究所に入られると間もなく召集を受け、ビルマ戦線などに赴かれたのち、戦後は県庁にお勤めになり、退職後も地労委事務局長、家庭裁判所調停委員など多くの人々の役に立つ仕事に生涯従事なさっていたのだった。「西日本ライブスチームクラブ」初代会長にも就任されている。望遠鏡、ライブスチームの他、カメラなどにも興味をもたれ、コレクションや研究にいそしんでおられたそうである。
 もともと応接間で、望遠鏡や機関車製作の機材置き場・製作工場と化した上がり框にある作業台。この後ろに今は機関車が並べてある。奥様にもお目にかかったが、さっぱりしていらっしゃって、いろいろなことに夢中になる星野氏を温かく見守られていた様子が感じられた。やはりライブスチームは本場のイギリスが何かと進んでいるらしく、日本で製作するのにはかなりの苦労をされたようであった。
 実際に走っているところを見てみたかったのだが、素人が扱える代物ではないし、何より星野氏の思いがつまった遺品である、滅多なことはできない。質感をたたえて鈍く輝く機関車たちは、まさに真の芸術品であった。

※おことわり
 私たちは様々な経緯を経て特別にお宅を訪問させていただきましたが、もともと星野氏があまり他人には見せない趣味として楽しまれていたということもあり、一般に公開はしておりません。予めご了承下さい。

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