このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください




探検の森(旅のお話)



流氷の旅




 日本最北端より更に北へ、パスポートを持たずに行く方法がある。
 稚内港より出航する、流氷を見る船である。
 この船は、流氷があまり無いときの方が良い。もちろん、全く無ければ、だめである。船自体が運休してしまう。

 流氷をメインテーマに、僕は冬の北海道へやって来た。ロシアからはるばる流れてくる流氷は、まだ日本には漂着しておらず、単純な話だけれど、まあとにかく北へ行けば一番早く見られるだろうと、稚内へやって来たのである。札幌から鉄道で半日もかかる。夜行列車まで走っている。ひとつの都道府県内に、始発駅と終着駅を持つ夜行列車が走っているのは、北海道だけである。広い。

 稚内の宿は、稚内モシリパユースホステル(以下、YHと略)だった。稚内駅からも、稚内港からも、徒歩圏内で便利。
 ここで得た情報によると、「流氷が見えるまで、どんどん北へ向かう。拿捕されるかもしれない。場合によっては、海上保安庁の船が随行する。」というもので、どこまで信用して良いのかわからいが、とにかく流氷だけは見れそうである。この冬、流氷を見た人は、まだそう多くはあるまい。

 翌日、YHで知り合った人たちと、流氷船乗り場へ向かう。出航してしばらくは、デッキで遥か沖をながめていたが、寒くてどうしようもない。船室に戻る。食べる、飲む、喋る。流氷が見えるころには、すっかり出来上がっていて、みんなハイになっていた。
 デッキに出て、流氷を目にして、はしゃぎまくった。流氷を見た感動とか、そういうのではなく、ただ旅先で出会って同一の目的のために行動を供にしている、そういう仲間意識の盛り上がりだけであった。実際、流氷はかけらがぷかぷか浮いているだけで、たいしたことはなかった。
 それにしても、寒さは限界を超えていた。ハイ状態なので、男女の区別無く抱き合ったりしてふざけていたが、ふざけて凌げる寒さではない。北海道より、北なのだ。冬なのである。寒いに決まっている。おまけに船は動いていて、空気が流れるから、体感温度はもっと低い。
 せっかく流氷を見に来て、寒いから見るのや〜めた、というのはもったいないような気がして、しばらく我慢していたけれど、船室に戻ってみると、多くの客が「寒いから見るのや〜めた」状態で、大体アルコールを口にしていた。
 北海道の冬は、実はあたたかい。寒さが厳しい分、暖房が行き届いている。暑いぐらいだ。船の中も同じであった。しかし、稚内接岸と同時に、「船を降りてから待合室まで」がまた寒い。待合室には暖かい吸い物が用意されていらた。ぼくたちはこれを頂き、そしてなかなかその場を離れられないのだった。船乗り場からYHまでわずか5分強。これがとてつもなく長い距離に思われた。

 次に訪れたのが紋別である。渡辺淳一さんの小説「流氷への旅」の舞台になったところ。夏は(きっと)何もないところ。当時走っていた国鉄も、今は廃止になってしまった。

 これも今は無き「紋別流氷の宿YH」に泊まり、また誘い合わせて流氷を見に行く。稚内から何日かたっており、流氷はオホーツクの海岸にびっしりと接岸していた。
 小向まで鉄道で向かい、駅員さんに荷物をあずかってもらって、コムケ湖へ歩く。小1時間の歩程。風はなく、一生懸命歩くから、寒さは全く感じない。蝦夷国鳥という鳥の話題で盛り上がりながらの、楽しい道程であった。
 さて、かんじんの流氷である。流氷は、もう流れていなかった。沖からどんどん押し寄せて来て、海面はびっしり氷原である。そのうえに雪が積もっている。陸にも雪が積もっている。陸と海の境目の無い、真っ白の原野だ。でも、実際には、陸と海の区別を見当付けることはできる。海岸まで押し寄せた流氷はそれ以上先へ進むことはできない。でも、後から後から氷は押し寄せてくる。そこで海岸線に沿って、氷は山状に盛り上がってしまう。その山を乗り越えて、向こう側に立てば、海の上だ。遠目に見ればビッシリ張り詰めた氷も、本来ばらばらにたどり着いたものだから、すき間があいてることもある。しかも雪が積もっていて、すき間を確認できない。だから、山を超えて海の上に立ったらだめだ、とても危険だ。YHでそういわれていたが、当然我々は氷の山を超えて、氷の上に立った。何事も起こらなかった。

 冬の北海道をほっつき歩いて、最後に訪れたのは、知床はウトロだった。この時は一人で海岸線に立った。幸運に恵まれた。めったに見られないという、離岸の様子が見れたのである。

 海面の見えているところと、まだ氷が張り詰めているところがある。張り詰めていた氷が不意に割れて、ふわふわと海上を漂って行く。流れ出すともうあまり面白くないし、寂しい気持ちになるが、氷に小さな切り取り線のようなものを発見して、そこからまさしく小さな氷片が離れようとして行くところは、とてつもなく静かでほとんど動きがないもののドキドキさせられる。切り取り線が目の錯覚や勘違いであることもあるし、とてもそんなふうに見えないところから、フッと離れて行くこともある。
 不思議としかいいようの無い、自然の造形美、それも刻々と変化して、元に戻ることの無い、氷と海の美術館だった。



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