このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください




探検の森(旅のお話)



北海道の山 日帰り登山




 北海道を旅するにあたって、いわゆる名山に、比較的手軽にのぼれることがわかった。

 手軽に、なんて言ってしまうと、誤解を招くかもしれない。山をそんなふうに甘く見るととんでもない目にあうゾと、登山家の人たちからは言われそうである。
 もちろん、その通りである。手軽に登るためには、条件が必要だ、ということを書き加えておこう。 まず、靴。キャラバンシューズである必要はないけど、ハイヒールとかビジネスシューズで登れるわけがない。登山に適した靴が必要である。
 そして、無理をしないこと。登山中はもちろん、出発前から気を付けなくてはならない。例えば、天候。例えば、体のコンディション。また、十分なオリエンテーションが受けられること。ベテラン案内人からご教授頂く、ということでなくても良い。山の事を良く知っている地元の人、例えば、宿の主で良い。案内書の係員でも良い。自分の体力や技量にあったコースを紹介してもらえればいい。そういうコースがなくて、あなたには無理ですよ、といわれたらあきらめよう。もちろん、マップも必要だ。

 手軽な登山でも、装備は必要だ。雨具、防寒具、非常食、古新聞、マッチやライター、懐中電灯、ラジオ、水(つまり水筒だね)、トイレットペーパーは芯を抜いてつぶしておくと、荷物に入れやすい。靴紐の予備なんかもあるといいね。後は自分で考えて。そして、忘れてはならないのが、仲間。手軽な登山で単独行は避けたい。低い山を逍遥するんじゃない、おそれおおくも名山に登り、頂上に立とうというのだ。

 そして、手軽に、仲間を見つけることができるのが、YHである。なんか「手軽」とよく表現しているけれど、ベテラン登山家の方に叱られないように、またまた解説しよう。
 YHでは、周辺の見所を泊まりあわせたもの同士で誘い合わせて、一緒に楽しく出かけましょう、という風潮がある。それを宿側が音頭をとって行うのをツアーという。ツアーのために、引率者を用意していることもあるし、ミーティングなどで案内をすることもあるし、マップはたいてい用意されているし、中にはレンタル用品を整えていることもある。山登りの場合は、YHを拠点にして、日帰りで行って帰ってくる、というツアーになる。
 ぼくはあらかじめ「どこでどんなツアーがあるのか」という情報をある程度仕入れていたので、いつどこでどんなツアーに参加してもいいように、余裕のあるスケジュールを組んでいた。ただし、全く行き当たりばったりにはしていなかった。というのも北海道は広く交通は不便であるからだ。
 AからBに行くとする。それが、今日か明日かはわからないけれど、AからBに行くならば、乗る列車は調べとかないと、それほど多くの選択肢はない。一つしか選びようのないこともある。一つも選べないこともある。一つも選べないなら、行きたいところと行きたいところをダイレクトにつなげないことになるから、スケジュールの立て直しである。そんなわけで、その通りに行動する(できる)かどうかは、全く別なのだけど、スケジュールは立てた方がいい。

 では、本題に入ろう。


利尻岳

 北の果て、日本海に浮かぶ島、利尻。遠目には、浮かぶ山、である。実際平地はほとんどなく、島の外周、海岸線に沿って、人は住んでいる。海からそそり立つ山。海抜ゼロメートルからの登山になる。標高1719メートルである。
 登り方には、二通りある。普通の登山と夜間登山。時まさしく8月。暑さに参ってしまうし、山頂から御来光を見るという大きな目的もあり、多くの人が「夜間」を選ぶ。もとより自分もそのつもりだった。
 しかし天候が許さなかった。夜間登山はYHの許可が下りなかったのである。それどころか、明日の昼間の登山も、どうなるかわからい、ということである。まあ若干島での滞在が延びてもかまわないし、島から本当に戻った後は、特に予定を決めず、稚内で滞在でもするかと思っていたところだから、いっこうにかまわない。スケジュール的にはかまわないのだが、気持ちがはやる。今晩出発しようと、意を決めた仲間たち(YHで出会った人たちです)と、喋ったりして時を過ごした。
 天候が回復したら、声をかけるから、とYHの人に言われていたが、とうとう声はかからなかった。夜間なら少し自信があったものの、昼間では暑さで参るだろう、そう思うと少し気が重かった。でもあっさり眠ってしまった。

 朝、外は明るい。うん、バッチリだ。これは僕の感じ。
 でも、YH側の反応は良くない。まあ、これなら、なんとか、行けるだろう。という程度のものだ。
 僕も迂闊だったのだが、真上の空を見上げただけで、山の状態を隅から隅まで見ようとはしなかった。もしかしたら、見たところで所詮、地元の人にしかわからなかったのかも知れないのだが。
 さあ、出発。3合目までは、車も通れる舗装道路で、林の中のだらだらとした登り。3合目で休憩をとり、名水と名高いわき水を水筒に詰める。ここからいよいよ登山道にさしかかる。

 まあ山だから、登りだし、汗もかくし、息も切れる。徐々に植生が変わってきて、ハイマツなど背丈の低い木々が現れてきた。本州ではこの程度の高さでは、高山植物たちにはあえない。これが北海道のいいところである。

 しかしもちろん、いいことばかりは続かない。風が出てきた。
 空気の温度が下がり、湿っぽくさへなってくる。
 そして、霧が出始めた。細かな霧の粒が無数に、右から左に流れていく。
 その密度は、少しずつ、だが確実に、増していった。登るにしたがって、視界がきかなくなっていく。
 細い登山道なので、一列になって歩くのだが、さっきまで5人先まで見えていたのが、4人先、3人先と次第に遠くが見えなくなってきて、ついに目の前の人が見えなくなってしまった。足下も見えない。
 誰ともなくペースを落とし、何とかすぐ前の人を目で、足下を自分の足の感覚で、しっかりと確かめながらの行軍となった。
 そしてとうとう何も見えなくなった。霧、などという生やさしいものではなく、雲の中、なのだった。白い闇に閉ざされてしまったのである。それがどんな感じだったか知りたい人は ここ をクリック。
 風が強くなり、濃い闇も時折ほんの瞬間薄くなることがある。やれやれ、と思っていると、風が轟々と吹きだした。ものすごい勢いで、雲が流れてゆく。もちろん僕たちはその雲の中で、風にあおられている。
 結局、8合目の避難小屋で引き返すことになった。
 僕は、目の前に霧のない、すっきりした世界で、少し心を休ませたかった。でも、避難小屋は傾いていて、戸は半開きのまま、それ以上開くことも閉じることもままならなかった。こんな小屋に入って、大丈夫だろうか、ある時突然崩壊して、生き埋めになるんじゃないだろうか、そんな危惧さえ抱いたのだ。
 幸いこの小屋は、取り壊して新しく立て直されるまで、自然崩壊したという話は聞かなかったが、少しずつ傾いてはいたようだった。
 それはともかく、半開きの扉の中で、我々はやはり雲の中だった。

 1年後、今度こそは登頂しようと、同じメンバーでの再会を約束し、利尻を後にするのだった。
 なお、この1年後のお話は、第2期工事で発表します。


   旭   岳
   ラウス岳
  も第2期工事で発表します。


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