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2001年10月15日-日根野電車区一般公開
自分としても初めての日根野区公開です。 濃い兄ちゃんや親子連れにまみれて入場。 門をくぐって、ヒタスラスタコラ歩きます。
おおっ、早速迎えてくれたのはこんな編成だったりします。 丁度検査から出場した頃で、これを経て前面車番が消滅したのでした。 | |
この頃はまだ221系など阪和線に居るわけもなく(ホリデーでの運用を除く) 113系が終日にわたって幅を効かせている感じでした。 湘南色の転入車が8連を組んで快速運用に入ることもあり、 それがなんとも異様な風景であったことを思い出します。
この車も、今は形無きものになっているのでしょうか(追記 なっています) | |
今回の展示の大目玉であったEF58 150。 わざわざ持って来るあたり、このイベントに対する気合いを感じたものでした。 このような天気であった為、形式写真に拘る方には良かったことでしょう。
実際、このカマの周りだけ雰囲気が異様だったことを覚えています。 | |
会場から阪和線を眺めてみる。 丁度、長滝駅の山手になるような… よく歩いたもんだ。
今は亡き白帯103系が停車しようとしています。 | |
踏面の研削をする機械のようです。 庫内には…いつもお世話になっていた羽衣線用の103系が。 区内にサハ103-282が佇んでいたので、どこかに居るものとは思っていたのですが。 | |
というわけで実際に車輪を削る模様を見れる イベントがあったようですが…時、既に遅し… |
日根野区恒例の並びです。作成時点(2003年12月)の視点からすると…
あの頃は、良かったなぁ、と。165系が居る。103系も113系もまだ黒ゴム押さえだった頃…
※2014年追記…113系も165系も居なくなってしまい、381系や103系は徐々に数を減らしています。
この頃は多種多様な国鉄形が活躍していて、楽しかったですね
381系の並び。まだ新色への衣替え時期だったようです。 左が「マリンくろしお」、右が「しらはま」となっております。
しかし写真が暗いです… | |
さぁ、そろそろ帰りますかと入り口に向かって歩いてると… おお、この編成は!! | |
そうです。延命体質改善工事を受け、日根野区で運用に入る…と思われていたのが 何故か本線運用に持って行かれながらも、暫しの間を置いて日根野区に帰ってきた 103系K6…何番だったか、この編成 | |
しかし阪和線での活躍もそう長くなく、森ノ宮区に持って行かれてしまい… 更に中間車は加古川線電化用の3550番台の種車になってしまうそうです。
クハ103-205/206も既に引退しています | |
暫しの間を置いて、折り返し〜 構内にタイホンが響きます。
まぁ閑散期ではありますが、なんと特急車の多いこと。 | |
クハ103-205。 延命Nを施工されていた為か、殆ど手付かずで出場。 低運40Nはもっと増えてほしかった。 | |
日根野区では数少ない40N車。 この意匠に青22号はよく似合っていたなぁ…
現状では森ノ宮と宮原からの転属組にて もう少し数が増えているものと思われますが。 | |
さぁ、雨も降りそうですし… 家路を急ぐことにします。
いやしかし…いろんな人を見ることができました。 後々、水軒を通じてお付き合いをすることになる人たちも、 ひょっとしたら、ここに集っていたかもしれません。 | |
最後にパチリ。
いつでも日根野区の側を通れば、普通に見ることができたものです。 |
おまけ。
駐車場…
2003年12月3日作成開始
2003年12月9日完成
2014年6月14日追記
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