このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



島鉄霊柩車

 島原鉄道の歴史の中で、免許関係こそ資料が現存するものの、島原鉄道社
内の公表されている資料や、聞き取りにおいて、まったく知られていない事業が
ある。もっとも、免許だけ取った可能性もあるが、実際に営業報告もなされてい
る、幻の事業、それが島鉄霊柩車だ。
 免許の申請は、1948年9月8日に「島鉄第743号 一般貸切貨物(霊柩)自動
車輸送事業免許申請書」にて運輸大臣に申請している。
 これによれば、営業所は島原市内の島鉄自動車島原営業所で、普通乗用車
の1931年式シボレー(乗車定員5名)を2両で使用する事業計画だった。すでに
申請段階で1両は用意されており、もう一台は「目下購入手配中」となっている。
 この申請書に添付された「申請の理由」によれば、当時4万人ほどの人口が
いた島原市だったが、火葬場は市西部約3キロの位置にあり、そこへの移動手
段は二輪人力車だけだった。そのため市民は長時間の葬儀に参列することと
なり、また雨天の際でも徒歩移動を強いられていた。そのような状況の中、市
へ対する霊柩車設置の要望が強くなっていた。
 ところが、いざ市が霊柩車を用意しようとしても、運転面、車庫の新設など、課
題は大きかった。そこで市議会で、島原鉄道へ霊柩車を設置する要望を可決、
それを受けて免許を申請している。
 当時の島原市、三会村、大三東村、湯江村、深江村、布津村の1年間の死亡
者総数は1461名、このうち霊柩車を使うと予測される人数は644人だったことか
ら、設置すれば2台の霊柩車はほぼ毎日稼動することが予想されていた。運賃
も特別車が10kmまで1,870円、普通車が750円で申請されている。
 また、免許には、「関係市町村民の利便のため適切なる計画」として島原市
長、三会村長、大三東村長、湯江村長、深江村長、布津村長が連名で同意書
を発行している。
 申請された一般貸切貨物の免許は、「陸輸第7645号 免許状」で免許されて
いる。それによれば、各市町村の首長が同意したとおり、周辺住民に便利にな
る旨が記載されており、すんなりと免許が降りたようだ。
 その後、車両の手配も完了したようで、1931年式シボレー(積載量1トン、燃
料ガソリン)を2両投入している。このうち「長崎3-195」が普通装飾車、「長崎3-
342」が特別装飾車に指定された。
 1951年10月10日に島原鉄道から陸運局に提出された「貨物自動車運送事業
免許確認申請書」によれば、車両数は免許申請時の2両で、島原市と南高来
郡が営業エリア、営業所は島鉄バス島原営業所を兼用している。
 このように、公文書上では営業が実際されているようだが、島原鉄道が発行
した「島原鉄道の歩み」(1995年10月発行)には、霊柩車関連の記載は一切な
い。そのため、この霊柩輸送は自治体からの委託事業のようなものだったので
はないかと思われる。

※もし詳細をご存知の方がいらっしゃいましたら、ご一報ください。
 

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