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2005年7月18日


京都に0:01に到着。すでに予想していたことだが、ここでも客がそこそこ乗ってくるがほとんどのボックスは2人くらいで占領されていたため、乗り込んできた人もあきらめて別の車両へ行ってしまった。大津に着いた時もまだ起きていた。発車後、これから糸魚川まで放送を流さないという旨の放送があった。このあと、うとうとしながらも眠りは浅く、米原、長浜、敦賀に着くのを確認した。

気がつくと金沢到着前。ここで少し客が降りていった。約50分の長時間停車だが寝ることなく起きていた。このまま降りる高岡までずっと起きておくことにして、洗面所で顔を洗い、目覚し時計は撤収する。急行列車に乗ったのも5年ぶりくらい。残り少ない急行の旅を楽しむうち、高岡到着。ホームに降りると涼しい風が吹いている。立ち止まって「きたぐに」の後ろ姿を見送り、構内を見渡す。広い敷地だ。

階段付近にはたくさんの風鈴が吊るされている。朝から風鈴の音がエンドレスで鳴る。高岡の伝統工芸品のひとつらしい。することもないので車庫でたたずむ城端線の気動車を撮影。その後「能登」の到着ホームが分からないので駅員さんに教えてもらう。ボンネットはくたかの前にボンネット能登を見ることができる。

 

5時半を過ぎると東や北からの夜行列車が入ってくる。まず日本海、北陸。そして能登。久しぶりに間近で見るボンネット車があまりに感動的でよく考えずにシャッターを切りまくった。8分の停車もあっという間に終わってしまい、発車。能登は両端ともボンネット車。この車両を今日、はくたかとしてもう一度撮ることになる。

駅の改札を出て、立ち食い店を見つけ出し、うどんを食べる。ここでは「きつねうどん」ではなく「いなりうどん」と言っている。やはりこちら側の傾向としてだしが濃いように感じた。駅前へ出ると、すぐ前に万葉線乗り場が。残念ながら時刻の関係で電車を見ることはできなかった。高岡はそこそこ都会だと思う。地下街もある。さすがに朝早いのでどこもまだ店を開けてない。でも昼間も実はシャッター街だったりして。(あ、失礼なこと言った。

JRに乗り、富山を目指す。583系の改造車、419系の2編成併結の6両が来た。乗ると長くない乗車なのに、寝てしまった。そして気づけば富山停車中。到着してから3分くらい経っている。この列車は確か黒部行き。いつ発車するか分からないという恐怖に襲われ車内を飛び出る。幸いこの列車は富山に10分停車するものだったのだが。危なかった。

下調べをした上でバス乗り場を探すも見つからない。バス案内所に戻って見てみる。無事に探し出せた。よく知られている富山と呉羽の間にあるトンネルを出てきたところを撮る撮影地に行くのだ。バスが着いて唖然とした。昨日の嵐山線に続き、誰も乗っていないのである。バスは公害病で全国的有名な神通川を渡り、川沿いを走る。降りたバス停から勘で撮影地に行ってみることに。だいぶ遠回りをして30分で探し出した。

すでに張りこんでる人がいてるやろ、と思っていたのに誰もいない。というか、この場所はっきり言って良い足場じゃない。ちょっと飛び出ている部分があったのでここなら安全だろうと荷物を下ろし、カメラをセット。まだ順光時間帯でないため、1時間半ほどは銀塩カメラでの撮影はおあずけ。しかし今日はかなり日差しが強い。予報では曇り時々晴れなどと言われていたのがウソのような雲一つない快晴である。


フィルムを熱から少しでも守るため、カメラにタオルを巻きつけてみた。

 

暑い、暑い。帽子を持ってきていない。11時になっても撮影者は自分一人。今日のはくたかはこの場所で一人占めか?と思っていると11時半くらいに2人ほど撮影者が現れた。しかし、そのうちの1人は定番アングルから撮ろうとせず、そこらをうろうろしていたと思ったら、いきなり線路を横断して、上下線の間に三脚を立て始めたのである。

管理人はめんどくさい事を嫌うので、マナーの悪い人がいても知らん振りなのですが、この場合、もろに写真にその人の姿が写ってしまう。そう思っているうち1本の特急が通過。683系のミュージックホーンが鳴らされた。落ち着いて考え、あと5分待ってもその人の動きが無かったら、あっちに出向こうと決心しました。

5分経ったので、100mほど向こうへ線路際を歩いていき、その人の横に着き、線路越しに呼びかける。。

 すみません ——はい。(おっ、案外ちゃんと反応してくれた

 (手を合わせて)あの、そこの間で撮るのはやめてもらえるようにお願いできません? ——あ、はい。(よし、うまくいったかな?

 ホントすみません。お願いします ———・・・・・(その人、引き上げ中)・・・・・(っっっしゃぁー!

というわけで問題解決。結局その人はどこへいったのか分かりませんでした。このあと、ゴツイ機材をかかえた方が数人来られました。最終的には8人くらいで撮影しました。おっ、ついに見えてきた。・・・あれ、ヘッドマーク臨時か?いやいやちゃんと赤色してる。・・・・・・・カシャっ(あっ、ちょっと早かったかも)。

バスの時刻がせまっているのですぐ撤収。早足でバス停へ。間に合った。富山駅へ戻る。駅前には水飲み場があり、ペットボトルを満たす。冷たい水だ。電鉄富山駅に入り、またも立ち食い店へ。越中そばというものだが本能的にうどんを注文。しょうゆスープだったのでやはり間違った選択をした。しかも他の人、みんなそば食べてるし。

越中三郷に行く。運賃高い。ただ車両は京阪3000系の車体に営団地下鉄の台車を履かせた改造車のため転換クロスシートで快適である。三郷に着き駅舎を見て驚いた。いつのやねん!


ごく普通の無人駅ですが、よくみると・・・


この駅名標の字、右から左に書いてあるし!

 

ここで田んぼの広いあぜ道からゆったりのんびり地鉄電車を撮影しようと思ったら、いきなり大量の鼻血が・・・。やはり午前中の炎天下4時間張り込みはキツかったか。止まりそうにないので垂れ流しにして5分くらいするとやっと血の垂れるテンポが遅くなってきたので、ティッシュを使って何とか止めた。しかしバスや電車の中で出なくてよかった。しかもすぐ前の溝を流れる農業用水はきれいで冷たかったので、血で汚れた手や顔を洗うこともできて良かった。

満足いく撮影はできず、駅に戻り時刻表を見ると調べたのと違う。どうやら平日と休日を間違えて調べてしまったらしく、余計に15分待つことに。富山でのサンダーバードの接続時間が少し短くなるが余裕を持たせて計画を立てたので、特に心配はいらない。稲荷町からは複線になり、北陸本線と富山港線と計5本の線が並ぶ。富山に着くと精算をするが、この鉄道は珍しく整理券を発行しないようになっている。ずいぶん客を信用してるもんやなー。

もう一度水をくみに行き、駅に入ると自由席の前には長蛇の列が・・・・座れない可能性高し。と思って何となく6号車喫煙車の前に並んだ。列車が到着する時に、隣の5号車にすっと入れそうやな、と考え見事に座席確保。これで大阪まで快適な休養が保証された。高岡・金沢と停車した後から意識はなくなり、気づいたら琵琶湖を左手に見ながら快走中。するとすぐに山科を通過。京都に着いてしまう。

山崎付近で阪急電車と並走してくれんかな、と思っていたが、実現しなかった。大阪までずっと起きる。特急列車を始発から終着まで乗りとおす経験はなかなかなか無いが、はっきり言ってあっという間だった。そのまま新快速で姫路へ。お決まりの駅そばを食べて、岡山行きに乗るがハズレ。湘南色、つまりボックスシート車両。しかしこの列車内でもよく眠れた。

岡山到着直前に起きたといったところで、福山行きに乗り換えて倉敷に帰った。家までの道を歩くが、某テーマパークの前の道も深夜とあって、3分の1しか電灯が点っていない中、ぶらぶら帰った。

家に着いたのは11時半。明日は終業式、部活もするし、若干キツそうだ。

銀塩写真は 撮影記 にて


 

 

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