このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



チベット旅行記-2
(3月1日)

  四日目はシガツェの タシルンポ寺 を見てから、ひたすら ヤルツァンポ河 の谷間を下って、ラサに戻る。300キロの行程である。ヤルツァンポ河は途中で大きく湾曲してインドの方に流れていく川である。手元に世界地図が無いので確認出来ないが、インダス川の上流か? 途中でチベット族のお祭りに出会った。 流鏑馬のようなもの をやっていた。デジカメで撮った写真を子供に見せてやると、どっと子供に囲まれてしまう。 あまりきれいでない子もいる

  子供に写真を取らせてもらう為に、デジカメの写真を見せてあげると意外に面白がって写真を撮らせてくれたりする。これは一方的に写真を撮るだけというよりは、なかなかいい方法である。タシルンポ寺では 親子の写真を撮ったら 写真をくれないかと言われた。今はあげられないので、送るから住所を書いてくれと言ったら、書かれた住所がチベット文字であった。同行の中国人にこの文字をコピーして封筒に貼り付ければ届くかと聞いたところ、届くとのことであった。

  ラサに戻った頃、気がついてみると、薬を飲まなくても頭が痛くなくなっていた。入藏以来4日目にしてようやく体が高地に慣れたみたいである。それで軽くビールを飲んでみる。これだけ長い間アルコールを入れなかったのは近年にないことであった。ここのラサビールはまあまあの味であったが、ビールを飲むと心臓の動悸が激しくなりそうで、その後もあまり飲まなかった。

  5日目は羊八井という所に行った。ラサから90キロ位北に行った所にある。行ってみると4300メートルの高地であった。ガイドから前もって聞いていた羊八井には、温泉があって、 雪山、ヤク、草原 が見えるとのことであった。この三点で想像できる風景を想像していたが、実際に目の前にした風景は、やはり想像した風景とは大分違っていた。雪山とヤク、草原を一緒にして眺めると、これぞチベットの風景と言った風景である。ここでも空は青かった。草原の方は草が枯れているから、緑の彩りはなかったが、 チベット族の女の子がどこからか現われて 、益々チベットの風景そのものの構図になってきた。

  しかしその中の一人の女の子はなかなか悪で、写真を撮ったのだからお金をくれと要求された。お金を要求されること自体は、仕方が無いことかもしれない。問題はその後で、ツアー一向6人分の撮影代を私が払うことにして、10元を払ったのだが、その子は他のメンバーからも撮影代を貰おうとして、揉めていた。同行の中国人によれば、将来が思いやられるとの意見であった。 12歳だと言う可愛いい女の子であったのだが。

  その後 羊八井の露天風呂に入っ た。25メートルプールくらいある大きな野天風呂だった。むしろプールと言った方がいいかもしれない。よせばいいのに、そこで少し泳いでみた。既に頭痛は無くなっていたが、さすがに息が切れ、頭がくらくらした。何しろ4300メートルの高地のことである。露天風呂からも雪山がよく見え、青空が広がっていた。

  羊八井まで行ったのは、一向14人のうち、一人で参加した4人と、中年の夫婦一組だけであった。他の8人は車をチャーターして別の所に行ったらしい。一人で参加した人は、男は私の他に、長春から参加した、第一自動車と言う大きな自動車会社の社員で、32歳の独身。中国ではこの歳になって独身でいるのは極めて珍しい。大きな声の男で、グループを仕切っていた。後は独身の女性二人で、30前であるらしいが若くはない。一人は北京で不動産関係をやっているとかで、安く会社用の部屋を紹介してくれると言っていた。もう一人は武漢から北京に来て、ツアーに参加した女性。職業は普通の会社勤めだと言った。それにしても5000元もの費用を払えるのは、月収5000元くらいはなければならないだろうから、かなりの高級取りであることは確からしい。中年の夫婦は大学の先生だとか言っていた。職業や収入についてもっと聞いてみたかったが、私の会話能力では、分かったのはこの程度であった。最近は中国でも一人で旅行する女性も増えたようである。

  羊八井の温泉に入ったのは、長春の男性と、武漢の女性と私だけ。もう一人の北京の女性は、我々が温泉に入っている間、ずっと電話していた。一時間以上も電話していたかもしれない。何もここまで来て深刻な電話を掛けなくてもいいのではないかと思うのだが、他の人からボーイフレンドではないかなどと冷やかされていた。

  この日ツアーに参加しなかった8人は4組の若いカップルであった。我々一向14人のほかに、北京から来た別のグループも殆ど一緒に行動していたが、老人なのはわたしだけ。日本人のツアーなら老人だらけであろうが、中国では老人の旅行者は極めて少ない。豊かになったと言えども中国の老人には金が無いらしい。それに比較して若者には金があるようであった。

  この日の晩は、一人で西洋料理の店に行く。何時もの事だが西洋料理の店に行くと、一人で食事できて、しかも落ち着けるからである。スパゲッティーを食べたがスパゲッティーは伸びたうどんみたいであまり美味いとは言えなかった。それでも中国料理とは違うと言う意味では、西洋料理なのである。北京の回転寿司も、あまり美味くはないが、これも中国料理ではなくて間違いなく日本料理なのである。それで回転寿司を時々食べに行く。ラサでは西洋料理を食べに行ったが、チベット料理を食べなかった。チベット料理にあまり美味いものは無いと言われているが、これは折角のチャンスであるのに、チョッと勿体無かったかもしれない。

  ここで、お土産を売っていたので土産を買う。小さい宝石箱のような細工物とタンカの絵、それに土器のような板に彫られた歓喜仏。歓喜仏とは男女の仏様が合体している仏様である。これは本物だから高いと言われて500元だったが、300元まで下がったのでこれを買った。農家の竈の上で煤けたようになったものである。これは果たして本物か、真似て作ったものか? 本物だと思えば確かにそれらしくも見える。

  六日目は北京に帰るだけの予定であって、夕方までには家に無事に辿り着いた。団地から出発する際には、八百屋のおじさんの白タクで、暗いうちに空港へ向けて出発したが、団地の門を入ると、また八百屋のおじさんに会って、今帰ったのかと声を掛けられた。

  ラサは思いのほか暖かい。北京の冬よりも暖かい。天気は大体が晴れているようで、風が強いこともなかった。雪も殆ど降らないようであった。但し当然高い所に行くと寒いし、晴れていると暖かいのであるが、曇るととたんに寒くなる。ラサではあまり寒くないので、羊八井の露天風呂に行った日は、安心してコートをホテルに置いてきてしまった。そうしたら帰りのバスの中で体がすっかりひえてしまった。暖房のあるホテルの部屋に入って3時間経っても、一向に体が温まらない。風呂にお湯を入れて足を入れて暖めたら回復したが、これは空気の薄いせいか、それとも高地で泳いだりしたせいかなどと考えた。高地での体の異常反応であったかもかもしれない。

  気温の点にも問題が無いので、冬場のチベットは、冬の旅行の穴場である。特に春節で各地の観光地が込んでいるといわれている中で、とても空いていた。ツアーに参加していれば、観光は簡単である。ホテルのエアコン、バスなど特に問題はない。ホテルは普通の三ツ星のホテルであった。ツアーのガイドの仕方もあまり問題が無い。強制的に薬屋に連れて行かれるともなかった。但しガイドは中国語である。私には説明がよく分からなかったが、出発時間の確認ぐらいは出来た。

  それにこの時期の費用は安い。北京からのツアーに参加したが、北京から外国人で4850元、一人部屋にすると、240元必要であった。ほかに必要な費用は空港管理費と温泉の利用料くらい。お寺の入場料などは料金に含まれている。日本円にすれば全部で7万5千円くらいか。以前は、外国人に対して、5人以上のグループでなければならないという制限があったが、今は外国人一人で参加しても問題は無い。但し、外国人は入境函という許可書が必要であるが、これも旅行社が取ってくれるので、特に問題はない。

  もう一度チベットに行きたいかと聞かれたら、行きたいことは行きたいが、やはり高山病が怖い。あの頭の痛みが無ければ是非もう一度行きたい所である。

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