このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
東京山の手の電車として親しまれた目蒲線。 今では目黒線と名前を変え地下鉄と相互乗り入れをする近代路線となりましたが、二昔前までは17m級の旧型電車が 幅を利かせる魅力の路線でした。 ここでご覧頂くのは1977年12月、車輛基地である奥沢検車区を見学した際の写真です。 当然ながら、まだまだ旧型電車全盛期の頃で、デハ3450、デハ3500、デハ3700などが狭い構内に並んでいました。 当時の雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです。 1977年12月撮影。 機材 : Nikomat FTN, 50mmF1.4 デハ3500型トップナンバー 3501がいたので正面から撮影しました。 「おやっ?」と思われた方は東急に詳しい方です。 1977年なのに方向板を提げています。 実は自宅より方向板を持参して係りの方に装着してもらったのです。 この3501ではまだ方向板を取り付ける金具が残っていましたが、その後徐々に撤去されました。 デハ3450型 (川崎車輛製1号車) デハ3450型は合計50両製造されました。メーカーは日本車輛製が3450、3451、3452、3457〜3459の6輛。それ以外は 川崎車輛製となっています。つまりこの3453は川崎車輛製の第1号車です。 晩年のデハ3450型は改造や更新修繕を重ねて様々な形態でしたが、3453は正面非貫通の姿で僕は大好きでした。 中間車同然の3457 日本車輛製3457です。 この頃は固定編成化で中間車として使用されたため前照灯・尾灯が撤去さて哀れな感じがしたものです。 リベットゴツゴツの深い屋根が懐かしい想い出です。 出庫間近の3470F デハ3470を先頭にした編成が出庫を待っているところです。 3453のところで「非貫通が好き」と書きましたが、貫通型もまた好いです。 3470は側引戸が高窓に交換されていました。 2灯化前のデハ3500型 目黒側の留置線では3512がパンタグラフを上げて停まっていました。 デハ3500型は晩年屋根改造(張上げ屋根化)と正面2灯化改造を受けましたが、僕はそれ以前の車体更新を受けたこ のスタイルが一番好きです。 この車では方向板を付ける金具が撤去されています。 3506の正面アップ デハ3500型は事故復旧の3508を除けば車輛ごとの変化が少ない形式でした。 尾灯や車側灯の新旧の他、正面中央の窓桟の有無の違いぐらい・・・いいえ、他にもパンタグラフの形式、連結器、車 輪が一体圧延orスポークといった変化がありましたっけ。 荷電出没 構内で写真を撮っていたら荷物電車デワ3042が本線を通りました。 角ばったデワ3041とこの丸っこいデワ3042が交代で走っていたものです。 積荷は僅かといえども、このような電車を走らせていた「よき時代」でした。 |
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