このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

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南海加太線〜南海北島線跡を歩く

この日は、廃止が決定した南海和歌山港線の水軒駅に行くために友人と和歌山へと向かいました。
水軒には午後便に乗る予定なので、それまでの間は加太に行って北島線の跡を歩くことにしました。

この北島線とは、昔加太線が現在の路線になる前に加太から和歌山市を結んでいた路線です。
住友金属の貨物輸送もしていた路線ですが、台風のため途中紀ノ川にかかる橋が吹っ飛んだり
線路が寸断されたりして路線の形が変わり東松江〜北島というあってもなくてもな路線になり
昭和41年に廃線となりました。

まず、南海なんばに出て久しぶりの本線に乗り和歌山市に向かいます。
加太線は、和歌山市の手前の紀ノ川駅から出ているのですが電車は和歌山市からの発車です。
乗り換えに時間がなくあわてて乗り換えます。曇り空の中、来た線路を再び紀ノ川に向かっていきます。
紀ノ川駅で本線とは分かれて単線区間に入っていきます。昼間にかかわらず意外と客がいました。
この加太線は南海では非常に珍しい黒字路線だそうです。

北島線跡は、東松江駅からなのですがまず加太まで乗って折り返すことに。
途中、誰かが傘を忘れたようで一緒に乗っていたおばちゃんが駅員に傘の持ち主の名前を言って
渡しておいてと頼んでました。ローカル線ならではの光景でした。



 

磯ノ浦駅を出た途端、風景がガラリと変わります。海のそばを走っているとは思えません。
まるで、高野線の山線区間みたいだ・・・・・。



  

そして、終点加太駅に到着です。車両は、支線用7100系。



 

雨が冷たい・・・・。隣にはもう一本ホームがあります。
これは、海水浴シーズン用の臨時ホームだと思われます。近くに加太海水浴場があり夏にはそこそこ人が来ます。
昔、海水浴客輸送のために高野線の6000系が臨時に来たという噂も聞いたことがあります。



さて、加太から再び折り返しで東松江に向かいます。
東松江で降りたのは私達だけ。ここに来て雨がやたらと強くなってきます。もう最悪。
ここから北島線跡です。





今回の地図です。途中迷子になったので本当にいいかげんです。



雨が強くなってきました

左側が加太線です。紀ノ川方面を向いています。右側の歩道が北島線跡です。
この区間は並走して、しばらく行くと右側に曲がっていきます。





そして、その右側に曲がった所です。奥に加太線が見えます。
この道に昔、線路があったようです。どの家もこの道に玄関が向いていません。



 

しばらく歩くと、国道26号線に出ます。踏み切り跡などはまったく見つけれませんが
左側の写真の街灯のある所の下に、鉄道線の跡らしきものがありました。
両方の写真の真ん中の不自然な道路が廃線跡です。



この後、住友金属の近くを歩いたりしましたがなんと迷子に。
廃線跡もしっかり見失い、途中北島のコンビニで地図を見てなんとか紀ノ川の岸まで出ました。
途中の路線跡は、さっぱり分かりませんでした。





ここからようやく廃線跡を見つけました。このアングルは有名です。
小さい橋ですが、この上を電車が走っていたようです。





そして、小さな橋を渡るとすぐに紀ノ川です。この橋は元鉄道専用でしたが
北島線が無くなってからは、人・自転車・バイク用の橋です。台風で傾いた橋脚が残っています。
北島線は、ここから和歌山口という駅に向かっていました。
和歌山口は、現在の和歌山市駅内の検車区の辺りだそうです。
ここで、その傾いた橋脚を撮ろうとしていたのですがなんとこの後行く予定の水軒への
電車の発車が迫っていたのです。
もはや、撮影どころではない。友人と二人で雨の紀ノ川を激走。





橋の上から雨の紀ノ川を撮影。昔、車窓からこんな感じだったのかな。
と言ってもこの時は、そんな余裕まったく無し。ひたすら和歌山市駅に向かって走りまくる。

そして、ギリギリ到着。スルッとKANSAIが無ければ、水軒行き終電に乗り損ねていた・・・・・。
途中の久保町や築地橋は、ゼエゼエ言っていてゆっくりと風景を見ていませんでした。
今度和歌山港線は、リベンジの予定です。北島はもういい・・・・・。


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制作  風使いのフォウ
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