このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

大学の発祥 

古地図で訪ねる大学の始め

大学の発祥地を古地図と発祥碑で訪ねてみます。

一橋大学



商法講習所 碑
碑文から
  商法講習所
  明治8年(1875年)この地に
  商法講習所を開設す
  これ現在の一橋大学の発端なり
    昭和50年9月24日

    百年記念に当り
      一橋大学之を建つ


  東京都中央区銀座6-10 松坂屋前(銀座尾張町2丁目)


東京商工会議所発祥の地

商法講習所
碑文から
 明治維新の国是をふまえ 欧米諸国の制度文物を取り入れ 時の産業界の指導者が相携えて 明治11 年3月12日 商工業発展のための総合的組織体として東京商法会議所(東京商工会議所の前身)を創立しその事務所をおいたのがこの地である
 ここには明治24年以来 農商務省 ついで商工省が昭和18年まで所在し 明治 大正 昭和の3世代にわたって 日本産業発展のための官民協力の場ともいうべきところとなった
 昭和53年3月12日 東京商工会議所創立100周年にあたり ここに記念碑を建てて後世に残すものである
      東京商工会議所会頭  永野重雄


  東京都中央区銀座6丁目(木挽町十丁目)
 
一橋大学の前身である商法講習所は外交官で教育者である森有礼によって、明治8年に銀座尾張町2丁目(現銀座6丁目)に開設された。森は明六社の発起人でもあり、経済に精通した人間を育てる必要があると私設の講習所をひらいた。翌年木挽町十丁目の外務省跡地へ移転し、写真にある建物を十年程度使用した。その後東京外国語学校と合併し、神田区一ツ橋通へ移転した。


5千分一東京図 明治始めの地図 銀座周辺
赤丸上 銀座尾張町2丁目
 赤丸下 木挽町十丁目


国立   一橋大学

国立   一橋大学
一橋大学は森有礼と福澤諭吉が1875年(明治8年)に開いた商法講習所を源流とする日本で最も古い社会科学の総合大学である。
1985(明治17)年 国立となり「東京商業学校」と改称
1986(明治18)年 校舎を神田一ツ橋に移し, 旧東京商業学校・旧東京外国語学校などを併せて「東京高等商業学校」となった。
1899年 高等商業学校附属外国語学校を東京外国語学校として分離(現東京外国語大学)。
1920年 大学令による東京商科大学に昇格。
1931(昭和6)には 国立(くにたち)に校舎移転し, 1944(昭和19) 文部省の指導により「東京産業大学」と改称
戦後 1947(昭和22)に再び「東京商科大学」に戻った。
1948(昭和24) 商・経・法社の3学部の総合国立大学として「一橋大学」が設置され, 現在に至る。

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