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わずか2分で乗り換えねばならず、息つく暇もなく真岡鉄道に。どうせ乗りつぶすならSLで、とかねてから考えていたのだが、結局時間が合わずにしぶしぶ普通のDCに乗る。途中の真岡駅はちょうど新駅舎の完成前で、30日の使用開始に向けて、急ピッチで作業が行われていた。写真の通りのSL型で、中には真岡鉄道本社や市の情報センター等が入ったとの事。これを見ても、SLへの力の入れようがうかがえる。
さて後半は、まず東武で日光まで。新栃木から乗り換えた快速は、客層も会津高原方面へのスキー客が混じっていたり、下今市で切り離しがあったりとユニークで、内装も臨時大垣夜行(165系)のようなボックスシートと、料金の高い東武の特急・急行から思えば、なかなかの乗り得列車だった。
そして15:15分頃、観光バスタイプの東武バスで、約10分の清滝へ。100mほど先のロータリーで20分ほど待てば、日に4往復、東京から考えれば実質的に2往復しか使えない貴重なバスで、わたらせ渓谷鐵道の終点・間藤まで抜ける。マイクロバスに少しだけ手を加えただけなので、いかにも地域の足といった感じがするし、一方テープには足尾の観光案内も入れてあって、双方に抜かりがない。なおテープによれば、「足尾銅山は明治20年頃、日本の銅の40%を生産していて、宇都宮に次ぐ人口だった」らしい。なるほど、それほど栄えていたのか。
いろいろとこの辺りの事を教えてくれた運転士さんにお礼を言って、間藤駅のホームに立つと、何やら「カモシカの見られる駅」との看板が。驚いて今度はわたらせ渓谷の運転士さんに聞いてみると、ごく当たり前のように「朝や夜はよく出るよ」と一言。都会人の僕にとって、それはすごい事なのだが、さすがに地元の人にしてみれば普通なようだ。探してみたものの、結局現れないまま16:10分発車。森高千里の曲と言うべきか、田中正造で有名になった渡良瀬川沿いに進んでいくが、銅山の名残やかわいそうなくらい枯れた木が付近に立ち並んでいる。鉱毒によって枯れちゃったんだなと思っていたら、猿によって食い荒らされたためだとか。なんて悪い奴だ、と思っていたらちょうど線路を横切っていった。敵もサルものだ。
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