このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

標識板電車(関西大手私鉄+α)


阪急嵐山

ここでは行き先を板で表示する古い電車の画像を集めてみました。味があります。まず、秋の阪急嵐山駅にて(1999年)。1960年デビューの2300系の中には、自動表示幕改造を受けなかった編成がありますね。桂〜嵐山の支線では、昔学生時代には(昭和50年代)1枚扉のさらに古い電車に乗った記憶があります。


阪急大山崎

こちらは阪急京都線の大山崎駅。梅田方面の電車を待っていたら、向かい側ホームに表示板の2300系が。この編成、一部2800系(昔の特急車)の車両を挟んでおり、ロングシート化されてはいるものの、窓がワイドになっており、目隠し用の青いシールが貼ってあります。車内のスピーカーから聞こえる車掌の声も高級そうに響きます(本当)。(追記・この2800系車両、2001年5月22〜25日に解体され、形式として消滅したそうです。阪急電鉄鉄道ファンクラブ会報17号「ミニコラム」より。先頭ばっかり撮らずに、2800系の部分も撮っておくべきだった。1年前にはちょくちょく「当たり」ましたが、たしかに最近、見かけなくなっていました。)


快速板

その元特急車との混合編成が「快速」表示板を付けてもらい、水洗いしてもらっているところです。河原町駅にて。フラッシュを焚きませんでしたので、ご了承下さい。京都線の快速ですから、梅田〜高槻市間は急行と同じ停車駅。ぶっ飛ばす2300系もなかなか感動的です。(追補・この平日昼間に運転されていた阪急京都線の快速、2001年3月24日のダイヤ改正により、わずか4年の生涯を終えました。ほぼ同じ停車駅の新「急行」にバトンタッチ。それにしても、快速から急行に昇格したのに、さらに南茨木に停車とは、何たることか!ちなみに、従来の急行は「特急」となり、停車駅が一部変更されました。さらに、従来の特急は「快速特急」となり…、切りがないのでやめます。)


急行板

  2枚上の2307号車が急行の標識板を付けています。2001年8月13日、高槻市にて。上記のダイヤ改正後で、2800系車両が抜かれて他編成の車両で埋め合わされた後の編成です。おそらくこの時点で、京都本線を走る自動表示幕のない2300系はこの1編成だけになったようです。KodakDC20という5年前のデジカメしか持ち合わせていなかったので、せっかくの板がボケて写っているのが残念!まあ、奇遇に感謝する方が先か。


伊丹線

伊丹市制60周年・伊丹線開業80周年記念のヘッドマークを付けた阪急伊丹線の電車です。下が切れてしまいました。塚口駅にて2000年11月撮影。


阪急箕面

こちらは阪急箕面駅(1999年秋)。紅葉見物の観光客が吐き出されてきました。それにしても、阪急電車のマルーン色、写真に渋く映えます。天井部だけアイボリーに塗り分けた電車が最近の傾向のようですが、マルーン一色の方がいい!


阪神西九条

変わって阪神西大阪線の西九条駅。最近ではVVVFインバータ車の5500型も走っていますが、古色ゆかしい表示板電車もいました。現在この右手が行き止まりですが、いよいよ難波までの延伸工事が始まるようです。将来はここでも相互乗り入れする近鉄電車の姿が見られることでしょう。


京阪中書島

さらに変わって、京阪電車の中書島駅。2000年7月から特急が停車するようになりました。鉄道の日を記念して、1編成だけが残る古いタイプの特急用車両3000型に往時の表示板を掲げて運転されました。この日は最終日で、「びわこ連絡」でした。以前はたしかに京阪線の乗り継ぎで大阪から浜大津まで行けました(昔は京津線に直接乗り入れる特急もあったとか)。現在では三条京阪〜御陵間は京都市営地下鉄東西線に変わってしまいました。向こう側が8000型特急車。


近鉄伊賀線

近鉄から探してみますと…、大阪線伊賀神戸から三重県上野市内を北上してJR伊賀上野駅まで通じる伊賀線の電車がこのタイプ。近鉄のHPによりますと、昔奈良線で活躍していた車両の台車を替えて投入しているそうです。忍者をモチーフにしたカラフル編成も2,3走っているのですが、この時は標準塗色のでした(2001.8.15)。残るは…。


だんじり祭

トリは南海。岸和田だんじり祭の標識板を偶然見つけ、張り込んでようやくキャッチ!これで関西大手私鉄完全制覇(と威張るほどのものでもなし)。2002年9月11日、高架になった泉佐野駅難波方面ホームにて。


名鉄瀬戸線

おまけは名鉄瀬戸線。標識板取り付け運行のサービスが2012年8月18〜9日にあり,吊りかけ電車が引退してからとんとご無沙汰気味だった瀬戸線に乗ってみました。この6000系(昨年初めまでは非吊りかけ車ということで努めて乗るのを避けていたのに)まで目下廃車の嵐で,4000系に全車揃った時点でワンマン運転になるのでしょう。愛知万博の頃,吊りかけ王国の時代から存分に楽しませてもらいました。「栄町」は1978年の乗り入れ開始時以降の標識ということになりますが,名古屋の栄にこんな感じの電車がいたとはすばらしい。瀬戸市役所前駅にて。


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