このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

木曽三川・廃止四線(揖斐線末端の巻)


2001年9月30日をもって、名古屋鉄道の岐阜県下のローカル線が廃止されます。いずれも、木曽三川と称される、木曽・揖斐・長良の各川(支流を含む)のいずれかにほぼ沿って走っていました。私も出身が東海地方なので思い入れも少しあり、混雑覚悟で乗り納めに行きました。このページは、揖斐線の黒野〜本揖斐の巻です。


黒野駅発車

  さて、谷汲から黒野に戻り、510形とお別れして、今度は揖斐線の廃止区間に最初で最後の乗車です。本揖斐行755形単行が黒野駅を出発した直後、背景をうまくキャッチできました。左から、折り返し谷汲行、新岐阜行、そしてわが本揖斐行です。


本揖斐到着

  ほぼ直線的な路線を比較的高速で走り、終点本揖斐駅に到着しました。こちらは谷汲線ほどの同業者はいませんでした。どうやら谷汲線一局集中の繁盛ぶりのようです。


本揖斐ホーム

  駐輪場がホーム内にありました。八百津でも1組見かけたのですが、鉄男に彼女が付いて来ている姿も。なかなかこの趣味は人生のある部分を犠牲にしないと極められない道だと思うのですが、文武両道(?)見上げたものです。


本揖斐駅舎

  最後は本揖斐駅舎です。当初の計画はこのまま新岐阜まで引き返し、羽島市の歴史民俗資料館で竹鼻鉄道時代からの写真展を見学し、一昨日同様大須へ行き、岐阜バスに乗り換えて海津町まで行き、さらに3kmほど西に歩いて近鉄養老線駒野駅からひたすら近鉄電車で大阪まで、という馬鹿馬鹿しいものでしたが、立ちづめ乗車の疲労で気力が失せ、ちょうどやって来た名阪近鉄バスで近鉄揖斐駅に回り、大垣でJRに乗り換えて大阪へ一目散に逃げ帰りましたとさ。


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