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Travel Dialy| about Myanmar
 ミ ャ ン マ ー 北 部 の 旅

 まだまだ知られていない、ミャンマー北部への旅。
 3週間の長旅をレポート風に綴っています。

「な、なんだー?」初めてミャンマーを訪れた3年ほど前の秋、タイ、ドンムアン空港発のミャンマー航空でヤンゴン国際空港についた。機外へ出てターミナルビルへ移動するシャトルバスに乗り換えたのだが、なんとそのバスの車内には至るところに押しボタンがあり、丁寧に「お降りの際はこのボタンを押して下さい」と日本語で書いてある。さらによく見ると行き先表示があり、たしかそこには「沼津駅前」とかなんとか書いてあった。驚いた。と同時に何かしら楽しくなった。そして通関へ、強引にあの有名なFECに両替させられて、現地の友人が待っているはずの空港ロビーへ足を進めたときである。

2001年2月4日(日)
関空発AM1:30のタイ航空にてバンコックへ。特に問題なし。が、乗り継ぎの8:30発ヤンゴン行きが遅れ11時ごろやっと出発。
ヤンゴンに泊まる気がせずReoExpに直行。当日券がありマンダレーに向かう。Reoの社長?のゾンミンさんと親しくなる。バスターミナルまで同乗させてもらい、帰りに再会を約す。バスはバガンをすぎた所でトラブル、2〜3時間待ち、バスチェンジ。いきなり前途多難?

2月5日(月)
ナイロンホテル泊。4$。昨年より下がったような?
(ミチ−ナ)フーピンまでの列車手配。アッパー23$、ファースト18$。意外と安いのでアッパーにする。インドジー瑚の祭りは明後日が最盛日との事。ラッキー。ミッチーナ→バモ−間は船はだめだがバスはOKとの事。
夕方マンダレーヒルに行く。5年前とはだいぶイメージが変わった。ラーショーレイで夕食。
ベリーグッド。

2月6日(火)
午前中マンダレー市内を回る。七五三のような儀式をしている人達がいて、民族衣装が綺麗。後ろに道化師もいて楽しい。
午後から列車にてフーピンへ。縦揺れ、横揺れ色々あって面白い。アッパークラスのせいかシートは広くてきれい。周りの人達と英語、ビルマ語ちゃんぽんで会話。通じるから面白い。
食事の買い方が良くわからず夕食を食べれず。周りの人達が心配してくれて色々分けてくれる。ビルマの人達は本当に親切だ。
夜になって寒い。トレーナー、ジャンパーを着ても寒い。尻は痛くなるし腹は減るし最悪。

2月7日(水)
AM9時頃フーピン着。インドジー瑚まで2時間と言う自転車に乗る。イミグレでパスポートをチェックされたりどうもおかしい。結局トラックにてロンドンへ。700K。島での宿泊は不可との事でロンドンのGH泊、1000K。パゴダまでボート1000K。余りに静かなのでどうもおかしいと思ったらパヤ−ポエはやっておらず、今年は2月24日〜3月3日との事。残念。
夕食をとりに食堂に。この街は綺麗な女性が多い。この店の娘も綺麗で親切だ。食事も美味しい。

2月8日(木)
ミッチ−ナへ。
昨日の店で朝食。日本人への手紙を託される。
車がこず11時ごろ出発。フーピン着13時頃。ミッチ−ナへのバスはなし。汽車も19時までなしとの事。思案をしていると列車が来るのがミャンマーらしい?あわてて駅まで走る。チケットはないが駅員に話、何とか乗せてもらう。寝台車に乗せてもらい料金は10$との事。寝もしないのに高い。金は払っていないが、、、、。横にずーと車掌がいるのは見張り?
ミッチ−ナ18時すぎ着。イミグレへ案内されパスポートチェック。終了後車掌をさがし汽車賃を払おうとすると、いらないとの事。え!10$では?彼等の好意で無賃乗車?見張りと疑うなんてごめんなさい。
シンチャンホテル。昨年9月オープン。綺麗で快適。TW,OB(HSW)8$とは思えない。
レストランで夕食。おかず3品、ビール1本。1品が3〜4人前でビックリ。綺麗なレストランで3000Kぐらい取られるかと思ったが1800K。ミッチーナは意外と物価が安い?

2月9日(金)
ホテルの主人は親切すぎて、朝7時半に食事だと言って起こしてくれ、食事中はつきっきりで世話をしてくれる。落ち着いて食べれない。
主人の話ではミッチーナ→バモーはバス、ボート不可。AIRのみで30$。日、月発。止む終えないので日曜日のAIRにする。しかし、国営ミャンマー航空の田舎路線。事故の可能性は高い?
今日はミッソンへ。片道トラック300K、2時間との事だが3時間かかる。ミッソンはこんなものかという感じ。ラッキーだったのはリス族の衣装を着た人の写真を撮れた事。
帰りは2時間弱で到着。シャワーを浴び夕食へ。焼き鳥屋?でビールを飲みながら鳥、牛、豚、魚と色々食べる。ビール1本とで680K。後は屋台で中華風ヌードル。これも美味しい。今日の夕食は満足。

2月10日(土)
午前中市場などを見て、地元の爺さんの話を聞き船でワイモーへ。片路30分程度。何もないところだが何となく楽しい。
ホテルに戻り一休み。自転車を借り市内を回る。近くでお祭り。今日が前夜祭のようだ。夕食後(ミャンマー料理660K)一眠りしてのぞく。舞台でミャンマーの踊り。良くわからないが楽しい。

2月11日(日)
バモーヘ。
チェックイン10時との事で場所もわからないのでホテルのタクシーで来るがこれが失敗。1000Kもとられる。この程度ならサイカーでもこれないことはないし、外でモトカーをひろえば良かった。しかもチェックインは11時半頃になるとのこと。踏んだり蹴ったり?イヤ、命が少し延びた?
結局飛行機が飛んだのは13時すぎ。機体はさほど悪くもなく一安心。昔乗ったラオスの国内線より良い。ものの20分ほどでバモー着。空港トラックのようなものでホテルまで送ってくれたが200Kもとられる。
ちょっと高い?ホテルはTWのシングル利用で900K。アウトバスだが値段の割に良い。
マンダレーヘの船は火曜日にならないと出ないとの事で。アッパー54$と高い。発券は前日との事で、市場等を一回りする。気のせいかインド系が多い。
焼鳥屋でビール2本を久々に飲みヌードルで夕食を済ます。

2月12日(月)
温泉に行こうとチャレンジするが、ひとつは外国人入域禁止地区、もう一つはそんなものない?との事であきらめ、市内を散歩。GH1件あり。モスクがありイスラムと思ったらヒンドゥとのこと。子供達に折り紙を折ってあげたりして遊ぶ。肉まんとヌードルの昼食。
夕方船のチケット売り場へ。普通チケット(デッキ)を9$で購入。色々聞くとどうも2泊3日の行程らしい。アッパーに変更したくなったが言葉がうまく通じない。これが吉と出るか凶と出るか?

2月13日(火)
船着場はサイカーで10分ほど。200K。11時出航との事だが、船が着いたのが11時。出発は2時に変更。
待つことには慣れたが、、、、、。暇つぶしの絵葉書を買えなかったのが、、、、、、。
2時の予定が5時に。明日の朝と言う人もいる。おかげでイラワジ川の灯篭流しを見ることが出きる。メーソーホンと言い灯篭流しに縁がある。 今回は隣に坊主の解説付き。もっとも何を言っているかわわからないが。 しかし、何が幸か不幸か。
そのうち明朝9時出発となり、いったんホテルに戻りかけると今度は5時出発とのことで船に戻る。いったいいつになることやら?
現在午後9時。だんだん寒くなってきた。持ってきた物全て着込むが寒い。

2月14日(水)
寒くて寒くて眠れず。逆に寝込みそうになると体温が下がって風邪を引きそうで怖い。凍死の不安も?
AM7時。やっと出発。何と20時間遅れ。普通の日本人には信じられないだろう。慣れた?自分でも信じられない。後2日どうなることか。
少しずつ暖かくなってくる。のんびりと周りの景色を見たり、昼寝をしたり。何もしない。何もできない。穏やかな時間が過ぎていく。隣の坊主がちょっとうるさく、ちょっと煙草臭いことを除けば、、、、。
しかしビルマの人達はよく食べる。見ていると一日中何か食べているような印象を受ける。
カター着6時PM。今夜はここで停泊との事。目の前に旅荘があったので、昨日の寒さに懲り3$と高くて汚いが泊まる。明日は5時起き。中国人が多く夜中までうるさい。

2月15日(木)
周りの中国人の大声で4時に目がさめてしまう。もう一度眠ろうとするが駄目。ボートのエンジン音も聞こえだし、5時にボートヘ。
案の定席無し。坊主どもが占領。6時前出航。今日は早い。
デッキでのんびり景色を眺める。ゆっくりと流れる時間を堪能。川下りが好きな訳が自分自身やっとわかった。海では見られない景色の変化、バスや列車では早すぎる景色の変化を時間をかけて、しかもゆっくりと贅沢に見せてくれる。Taim is moneyを「時は金なり」、時間を無駄にしないと日本人は解釈するが、節約型ではなく、時間を豊かに使うという贅沢さ、これが本当に豊かということだろう。
夕方Kyaukmyaung(チャウミャン?)に着く。ここで半分ぐらいの人が下船。後は列車を利用するらしい。船はこの後近くのSingu(シング?)と言う町で停泊。宿もなさそうだし、この辺まで来ると多少暖かそうなので、今日はデッキ泊にする。

2月16日(金)
船員の人達とも仲良くなり、エンジンルームを見せてもらったりしているうちマンダレーがちかずく。ミングンの遺跡を対岸に見ながら、この旅の半分が終わったような気がする。
船長の「ラショーは100$あれば少女が買える」という声に送られ下船。AM11時。
サイカー、せージョーマーケットまで100K。こんなところで外国人はめったに乗らないせいか安い。今まで払い過ぎか?しかし円換算で25円程度。申し訳ないような、、、、、、。
昼食を取りメイミョヘ。トラック300K。ダリアモーテル泊。10$のトリプルルームを7$で。さすがに英語がよく通じる。4日ぶりのシャワー、洗濯を済ませ街へ。食堂が少ない。帰りは暗くなると道がわからない。もう少しで迷子になるところだった。

2月17日(土)
自転車を借りアニサガンの滝へ。入り口まで1時間、その後徒歩20分。こういうものを見慣れた目にはまあ、こんなものか。しかし、さすがに暑い。帰りに自転車がトラブリ動かなくなる。ホテルへ電話し迎えを頼むが英語が良く通じずダメ。自転車をほおって帰ろうと決めたところで、日本帰りのビルマ人に声をかけられ、彼のジープで送ってもらう。自分は本当に運が良い。神や仏を信じたくなる。
夕食時、日本人に会う。ヤンゴン在住との事で、氏原先生のことは知っていた。2月19日から出かけるとのこと。残念。

2月18日(日)
シーポーヘ。
8時30分のバスで13時着。大型バスで快適。金を払い忘れる。これで2度目の未払い。ラーショーへのバスは朝しかないとのことで、ここで宿泊(1000K)。王宮以外何もなさそうな街。王宮も日曜日のせいか入れず、本当に何もない街。でも、何故か落ち着く。食堂も中華系があり美味しい。久々に腹一杯食べた。
やはり中国が近いせいか?もう1泊しようかとも思うが、、、、、。
この宿はBPがやたら多い。12〜13人宿泊しており内日本人が5人。やはりこの辺まで来ると安全だから?
自分がBPでありながら、どうも大勢のBPにはなじめない。

2月19日(月)
6時のバスでラショーへ。8時過ぎ着。地図のターミナルと到着場所が違うようで、位置関係が良くわからない。ホテルもあまり良いものがない。タクシーもシステムが良くわからない。チェックインし、タクシーで温泉へ。3$と高い割に設備が悪い。
夕食時JAICAの吉田さんと偶然知り合う。こんなことがあるなんて、、、、、。氏原先生は、明日夕方戻られるとのこと。会いたい気もするが、あえて会う理由もなく、吉田さんと話せたことで何となく満足。本当に私は運が良い。

2月20日(火)
AM5時30分の列車でマンダレーへ。ホテルの対応が良く、4時にタクシー乗り場まで連れて行ってくれる。タクシー50K。ラショー〜シーポー間の景色がとても良い。朝もやが何とも言えない。ゴッティ鉄橋は確かに高くてすごいのだが、ただそれだけ。PM9時頃マンダレー着。

2月21日(水)
PM2時のバスでバガンへ。9時過ぎ到着。ホテルをさがす間がなく、とりあえずゴールデンミャンマーホテルへ。
TW、HSW付き3$。綺麗とは言いがたいが、値段を考えればこんなものか、、、。

2月22日(木)
オールドバガンを中心に回る。チェンジマネー、ギブミーマネー、〜買ってくればかり。5〜6年前のバガンとは随分変わった。観光地化してどんどん悪くなっていく。こんなにひどいとは、、、、、、。

2月23日(金)
ポッパ山へ。よくこんな山の上に建てたものだと感心する。が、特に綺麗でもなく、さほどの感動はない。
近所のお寺のような家をのぞいたら、かわいい子坊主さんが手を引いて中を案内してくれた。申し訳ないので仏像の前で拝んでおいた。
バガンに戻りいっぷくして、夕日を見にシュエサンドーパゴダヘ。観光客で一杯。今日はあまり良い夕日ではなかった。やたら女好きの変な坊さんと会う。逃げ出すのに少し時間がかかる。

2月24日(土)
今日はニューバガン方面へ。土曜日のせいかビルマ人の観光客?参拝者が多い。こちらの方がオールドバガン方面よりやはり静かでのんびりしている。が、金くれコールは同じ。夕方のオールドバガン近くは西洋人観光客で一杯。ミンガラゼディパゴダで夕日を見る。ここの方がシュエサンドーパゴダからよりイラワジ川も見えて良い。ただ、日系資本のサクラホテルが邪魔。
ここで昨日の坊主に再会。他の坊さんやビルマ人観光客(ヤンゴンから来たとの事)と記念撮影。ビルマ語を少し話しただけでスター?扱い。
帰りに昨日の坊主を自転車の後ろに乗せてオールドバガンまで戻る。地元の人達が不信そうに変な二人組コンビを見ているのが、逆に面白い。

2月25日(日)
今日はバガン東部ミンナントウ村方面へ。こちらの方が人も少なく、しかも良い遺跡が多い。タヨークピャンマナから見る夕日は、無数のパゴダ、かなたにかすかに望むイラワジ川をバックに日本人的感覚からは最高だと思う。この時は他に西洋人が階下に4〜5名いただけで、階段の場所がわかりずらいせいか私の様に上まで上がってくる人間はおらず一人静かに夕日を楽しめた。
ここはいつまでもこの状態であって欲しいが、、、、、、。

2月26日(月)
午前中見残した場所を回る。最後に昨日気に入ったウイニドーからバガンを眺める。
5$両替。470K/$と率が良い。バガンが良いのか又一段とKが下がったのか?
カオソイを食べたいと言うと、子供が一生懸命店を探して連れていってくれた。代償を求めない子供に久々に出会えてほっとした。
PM4時のバスでヤンゴンへ。出発してまもなくパンク。1時間程して出発。夕食の食堂でパンク修理のためか置いてきぼり。いつヤンゴンに着くやら?

2月27日(火)
昨日につずいて今朝,又パンク。ただいま修理中。ヤンゴンはもう近そうだが?ヤンゴンでシャワーを浴び着替える計画はさてどうなるやら?
結局ヤンゴン着12時半頃。とりあえずゾンミンさんの所へ。彼は昼食をご馳走してくれ、シャワーも事務所のものを使えと言う。彼は再度バスステーションまで送ってくれ、しかも御土産までくれる。親切すぎて、逆にちょっと負担。

written by ドラゴン

 

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