このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

出発

1990年当時は今から考えると随分航空券が高かった。
安いといわれて買った航空券が、パキスタン航空で18万円ぐらいはしたと思う。

パキスタン航空というからには当然南回り。しかも成田から。関西在住の私にとっては全然いい条件ではなかった。
お金がなかった私は、青春18切符で成田までがんばって行った。安い航空券を買っても、これじゃ、帰って高く付いたかもしれない。

で、飛行機。成田を出発したパキスタン航空機はカラチ行きだった。 離陸直後、天井からボタボタ水が落ちて来た。直下に座っていた女性はそこから離れようとしたものの、離陸中なので制止されてしまった。彼女は毛布を頭からかぶり、水が落ちて来なくなるまで我慢するしかなかった。
他人事なので笑えたが、本人は悲しかったに違いない。乗務員は平然としていたので飛行機というのはこういうものだろうと思った。

初めての飛行機体験。カラチに着くまでに途中でマニラとバンコクに停まっていくらしい。
成田を出て食事、マニラを出て食事、さらにバンコクを出て食事と一回のフライトで3度も食事を振る舞われて飛行機って贅沢な乗り物だと思った。お姉さんたちは、民族調の服。食べ過ぎで気持ち悪い。眠いし。
ちなみに、食事の内容を当時の日記から書き写してみると・・・

成田〜マニラ鮭のムニエル・まきずし・そうめん・サラダ・洋梨のコンポート
マニラ〜バンコクレバー・サラダ・クラッカー・チーズ・ごはん・パン・チョコケーキ
バンコク〜カラチポテトサラダ・アスパラガスの焼豚巻・ゆで卵・シュークリーム

途中までは人も多かったけれど、停まるたびに人が減り、6人がけの席を占領できるぐらいになった。飛行機は快適。
飯は食わしてくれるし、横にもなれる。映画も見れるし。各駅停車で大阪から東京へ行くよりずっと快適だ。

カラチで乗り換え。飛行機が遅れて到着したので、待ち時間などほとんどなかった。
時間の感覚もなくなり、眠くて、あまり覚えてないけど、ここからヨーロッパまではほとんどがパキスタン人だった。

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