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牛歩の記録
〜議事録に記録された牛歩〜

中島 健

 インターネットの功罪については、既に様々な有識者が意見を述べているが、実際、これにはテレビや新聞の折り込み広告のようにつまらない一面と、テレビや新聞より遥かに優れた一面とを持っていて、そうそう「功」や「罪」を断定することはできない。さて、そうしたインターネットの功罪の中でも、特に「功」に該当すると思われるのが、 国会会議録検索システムhttp://kokkai.ndl.go.jp/)である。これは、国会で速記官が聴取した速記録を自由に(勿論無料で)閲覧できるもので、新聞で報道されたよりも遥かに詳しく各政治家の発言を知ることが出来る。また、「異議なしと発言する者あり」等という注もついており、実際の議場の雰囲気を垣間見ることが出来る。これまでは、いちいち印刷されたものを参照しなければならず、引用するにも手書きであったが、電子化されたこの検索システムは随分と便利で、会期、会議の種類(本会議、委員会、その他)、議員、所属会派、肩書き、発言内容等から検索することが出来る。例えば、検索条件に「自由党」「北朝鮮」「拉致」と入力するだけで、自由党の国会議員が北朝鮮の日本人拉致問題でどんな発言をしているのかが一目瞭然なのである。

▲牛歩戦術で混乱した国会(東京都千代田区)

 さて、こうして便利な議事録を見ていて何とも興味深かったのが、先の第145国会において、「通信傍受法」を巡り野党側が牛歩戦術に出たときのものだ。1999年8月12日の参議院本会議は、民主党の円より子参議院議員ら野党側が提出した、公明党改革クラブ所属の荒木清寛参院法務委員長解任決議案の採決からはじまる。



○議長(斎藤十朗君)
 これより会議を開きます。
 日程第一 法務委員長荒木清寛君解任決議案(円より子君外五名発議)を前会に引き続き議題といたします。
 これより本決議案の採決をいたします。
 足立良平君外八十九名より、表決は記名投票をもって行われたいとの要求が提出されております。


 ここで、野党側から、採決方法を登壇式の記名投票にするよう要求が出る。参議院では最近になって、牛歩戦術に対する反省から、投票は議員各自の席にあるボタンを押すという「電子投票」方式を採用し、議事進行の迅速化を図って衆議院との毛並みの違いを見せていた。しかし、ボタン式では牛歩戦術をとりようが無いので、ここで議事規則に則り、牛歩戦術のために、敢えて登壇式の投票を求めたのである。連立与党としては阻止したいところだが、変更は出席議員の5分の1以上で可能なので、受け入れる他ない。


 現在の出席議員の五分の一以上に達しているものと認めます。
 よって、表決は記名投票をもって行います。本決議案に賛成の諸君は白色票を、反対の諸君は青色票を、御登壇の上、御投票を願います。
 議場の閉鎖を命じます。氏名点呼を行います。

   〔議場閉鎖〕

   〔参事氏名を点呼〕

   〔投票執行〕


 ここで、投票がはじまった。自民・自由・公明の与党三党の議員は、それぞれ普通の速度で登壇し投票していく。しかし、民主・社民・共産の野党三党の議員は、「牛歩」をして投票を渋っている。そこで、斎藤議長の辛抱づよい呼びかけがはじまるのである。議事録には、「速やかに投票願います。」「はい、歩いてください。」という斎藤議長の言葉が全て記録されている。その誠実さたるや、並のサービス業の店員以上である。


○議長(斎藤十朗君)
 投票漏れはございませんか。──速やかに投票願います。──速やかに投票を願います。──速やかに投票を願います。──順次歩いてください。──速やかに投票願います。──速やかに投票願います。──速やかに御投票願います。──歩いてください。──一歩一歩歩いてください。──はい、歩いてください。──はい、歩いてください。──木俣君、投票してください。──どうぞ投票してください。──はい、投票してください。──速やかに御投票願います。──みっともないことしないで、早くやって。──はい、どうぞ、投票してください。──御投票願います。──速やかに御投票願います。──はい、速やかに御投票願います。──あいさつしないでいいから投票して。──あいさつしないでいいから投票してください。──あいさつなんか要らないから。──どうぞ投票願います。──どうぞ投票してください。──投票してください。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──小川君、御投票願います。どうぞ前へ歩いてください。──どうぞ投票してください。──速やかに投票願います。どうぞ、どうぞ前へ一歩一歩進んでください。──全然進んでいない。進んでください。──どうぞ。どうぞ。──どうぞ投票願います。──どうぞ投票してください。──どうぞ。──どうぞ御投票願います。御投票願います。──速やかに御投票願います。速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。速やかに御投票願います。──どうぞ御投票ください。──速やかに御投票願います。──どうぞ投票してください。笹野君、前へ出てください。ずっと前へ詰めてください。だめですよ。──どうぞ。どうぞ。速やかに御投票ください。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票ください。──速やかに御投票ください。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。どうぞ。──速やかに御投票願います。速やかに御投票願います。このままですと投票時間を制限せざるを得なくなります。(拍手)速やかに投票願います。──続いて御投票へお進みください。どうぞ。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。後の方も順次続いてください。──速やかに御投票願います。順次続いてください。どうぞ。どうぞ。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──順次前へ進んでください。どうぞ。──前へ進んでください、宮本君。──速やかに御投票願います。速やかに御投票願います。このままですと投票時間を制限せざるを得なくなります。どうぞ速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──どうぞ前へ進んでください。──どうぞ。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。このままですと投票時間を制限せざるを得なくなります。速やかに御投票願います。──どうぞ御投票ください。──どうぞ。──どうぞ。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──どうぞ投票してください。──宮本君、前へ進んでください。──どうぞ投票してください。──投票してください。──速やかに投票願います。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──このままですと投票時間を制限せざるを得なくなります。どうぞ速やかに投票願います。──速やかに投票願います。──速やかに投票願います。──このままですと、投票時間を制限せざるを得なくなります。──速やかに投票願います。


 ここで、斎藤議長は、遂に「牛歩戦術」を止めさせるべく、職権によって投票時間の制限を宣言する。これは、参議院史上初のことだそうだ。


 投票時間を制限いたします。ただいま行われております投票につきましては、自後五分間に制限いたします。時間が参りますれば投票箱を閉鎖いたします。(拍手)


 それでも、野党側議員は牛歩を続ける。そこで、斎藤議長も、残り5分の制限時間の間に、何度も投票を促している。


速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。──速やかに御投票願います。まだ投票されない諸君は速やかに御投票ください。──速やかに御投票してください。──速やかに御投票願います。──制限時間まであと二分でございます。どうぞお急ぎください。──制限時間まであと一分でございます。──速やかに投票願います。──何度も申し上げています。──制限時間に達しました。(拍手)──投票の……(発言する者多し)御静粛に願います。投票の意思のある方は直ちに投票してください。──投票の意思のある方は直ちに投票してください。──時間が参っております。投票の意思のある方は直ちに投票してください。──制限時間が参っております。投票の意思のある方は直ちに投票してください。──投票の御意思のある方は直ちに投票してください。──制限時間が参っております。投票の意思のある方は直ちに御投票願います。──直ちに投票をしない方は投票の意思がないと認めますよ。(拍手)──それではすぐ投票してください。どうぞ、どうぞ。──投票してください。──直ちに投票してください。──直ちに御投票ください。──投票の意思のある方は直ちに御投票ください。


 結局、斎藤議長が示した投票時間5分を過ぎてしまったが、それでも議長はなんとか投票してもらおうと、投票を呼びかける。が、遂にこれ以上は超過できないとして、6分で投票を打ち切った。


──制限時間が過ぎております。投票の意思のある方は直ちに投票してください。──投票の御意思のある方は直ちに投票してください。──制限時間を過ぎております。投票の意思のある方は直ちに投票してください。──投票の意思のある方は直ちに投票してください。──投票の意思のある方は投票を直ちにしてください。あと一分で投票を締め切ります。──あと一分で必ず締め切ります。(拍手) 申し上げました一分が参りました。投票箱閉鎖。

   〔投票箱閉鎖〕

○議長(斎藤十朗君) これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。

   〔議場開鎖〕


 この後、「牛歩戦術」を続けながらまだ演壇の周辺に屯していた議員からは「まだ投票する」という声があがり、数人が登壇しようとしたが、斎藤議長に制止されている。それにしても、「あなたに制限する権利があるんですか」と叫んだ議員は、議事運営規則にあまり詳しくなかったのであろう。


   〔「あなたに制限する権利があるんですか」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し〕

○議長(斎藤十朗君)
 何回も言ったでしょう。──壇上に上がらないでください。壇上に上がらないでください。──演壇周辺の議員は自分の議席に着いてください。──演壇に登っておられる方は自席に戻ってください。(「投票の意思あり」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)何回も予告をしたでしょう。──自席に帰ってください。 開票してください。 下がってください。下がってください。(「社民党はまだしていない」と呼ぶ者あり)あれだけ何回も言ったでしょう。(「前がつかえてできないんだ」と呼ぶ者あり)真っすぐ行けばいいでしょう。──演壇を下がってください。──演壇を下がってください。──演壇をおりてください。自席に戻ってください。──演壇をおりてください。──演壇をおりて自席に戻ってください。──何回も申し上げました。(「前がつかえてできないじゃないですか。」と呼ぶ者あり)できるでしょう、歩いていけばいいんですよ。──そんなことは理由になりません。──どうぞ。議長の議事整理権です。──議席にお戻りください。
 もう一度言います。
 これより開票いたします。投票を参事に計算させます。議場の開鎖を命じます。

   〔参事投票を計算〕

○議長(斎藤十朗君)
 自席へお戻りください。──投票の権利については何度も申し上げました。──議席にお戻りください。──議席にお戻りください。──議席にお戻りください。(発言する者多し)御静粛に願います。
 投票の結果を報告いたします。

  投票総数          二百二票
   白色票           六十二票
   青色票           百四十票

 よって、本決議案は否決されました。(拍手)


 参議院の定数は252議席なので、実に50人もの「牛歩議員」が棄権したことになる。
 その後、各報道機関の取材に対して、社会民主党の福島瑞穂参院議員などは、「議長が勝手に投票権を制限することはおかしい」等と発言しており、如何にも議長が強権的に投票時間を制限したかの如く語っているが、こうして実際の議事録を見ると、むしろ斎藤議長の極めて誠実な議事運営が垣間見得るのではないだろうか。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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