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「法的自己責任」の確立を
〜最近の独立行政委員会を巡る問題から〜中島 健
■1、はじめに
我が国が第2次世界大戦に負けて以来半世紀、我が国の「法」のあり方を規定してきた 日本国憲法 は、通説によれば、「法の支配」と「法治主義」とを理念として掲げている。戦後の法学者達は、この新しい憲法の理念を「自由主義」「民主主義」「個人主義」という新しい価値と共に称賛し、爾来、国民の隅々にまで「法の支配」が行き渡ることを理想としてきた。例えば、著名な民法学者であり法社会学者である川島武宜博士は、その著書『日本人の法意識』(岩波書店)の中で、従来の我が国国民の法意識を「遅れたもの」として捉え、単線的な「法化」の方向性を主張している。
しかしながら、最近の我が国における「法」のあり方を見るとき、そこには、法学者達が理想として描いていたような、健全な権利意識と法的自己責任の覚悟を持った「法律人」(言わば「ホモ・ジュリスhomo juris」)ではなく、エゴイスティックなエセ法解釈論を主張する者ばかりが目につく。例えば、最近の報道によれば、前月末の東京証券取引所における平均株価が今年はじめて1万6000円台を割りこみ、このところの景気回復が停滞しているという。これについて一部新聞では、「そごう」の債権処理問題を巡る混乱から日本債権信用銀行の不良債権処理について海外投資家らを中心に先行き不安が広まり、株が買い控えられたためだと報じているが、海外投資家の買い控えももっともなことである。何故ならば、このところの「そごう」問題、日債銀問題では、我が国の世論はあまりにも子供じみた方向に向かっており、到底信頼できたものではにないからである。■2、「そごう問題」処理に見る欺瞞性
そもそも、今回の問題の発端となった「そごう」問題では、「国民の血税が一企業の救済に使われるのはケシカラン」という論調が目立ち、与野党揃って金融再生委員会に瑕疵担保特約の見なおしを迫った。そして、再生委員会がこれに応じないと見るや、自民党などは「そごう」に直接圧力をかけ、民事再生法の適用に追い込んだ。しかし、そもそも金融再生委員会設置法が制定された当初、この委員会が 国家行政組織法第3条 に規定された独立行政委員会として組織され、準立法権・準司法権が付与されたのは、金融破綻処理に関して政治的圧力を排し、専門家の視点から最も適切な処理策を考えて実行出来るようにしたためである。「通常の省庁では、時の国務大臣に左右されて金融行政の透明性が確保できない。だから、専門家に委員になってもらって、政治はそうした専門的判断を尊重する」というのが、この枠組みの意義である。それを、今頃になって、与野党やマスコミは「国民の血税が一企業の救済に使われるのはケシカラン」との理由で反故にし、自らが制定した法によって成立した独立行政委員会の独立性を侵すようなことを平気でやっているのである。仮に、金融再生委員会が与野党にとって「気に入らない」処理策をまとめたとしても、それを専門的判断として尊重する、国庫に生じた損害についても受け入れるというのが、独立行政委員会方式をとった委員会設置法の当初の意図だったはずである(この法案は当時の単独与党・自民党が民主党、新党平和などの野党案を「丸のみ」して成立させており、民主党もまたその責任を免れない)。無論、こうした批判は、今後の委員会のあり方を改革していく上では傾聴に値するのかもしれないが、さりとて既に決定した事項についてまで介入してよいことにはならない。「そごう」の民事再生法適用ついて、一部報道では「これによってモラルハザードが回避された」等と評価する記事を掲載していたが、事態は全く逆で、むしろ我が国の政治と国民全体に蔓延する「エセ法治主義」(キレイゴト主義)という「モラルハザード」が顕在化してしまったと見るべきであろう。
付言すれば、今回の「そごう」問題では、「国民の血税が一企業の救済に使われるのはケシカラン」との理由から多くの識者がこれに反対の意を示し、民主党の菅直人政策調査会長などは「瑕疵担保特約の破棄」を主張した。しかし、我々は既に、農協系金融機関や都市銀行に「不良債権処理」の名目で多くの税金を投入しており、いまさら何をかいわんやである。「銀行に対する投入は金融システムの安定という大義名文があるから許される」とする主張があるが、今回の「そごう問題」で問題となった瑕疵担保特約も、直接的には「そごう」が当事者なのではなく、特別公的管理を脱したばかりの新生銀行(旧長銀)を維持するためのものであり、その目的は「金融システム安定」そのものである(そうでなければ、態々「一時国有化」などしないはずである)。逆に、他の銀行に対する資金投入も、今回の「そごう」と同様、間接的には銀行の「不良」債権者を救済しているのであり、私企業を救済していることに変わりはない。東京三菱銀行やさくら銀行の不良債権者なら間接的に救済されてもよくて、新生銀行なら税金投入は絶対ダメだというのは、全く以って説得力を欠く。
なお、菅民主党政調会長が主張するような一方的な破棄を行っても、預金保険機構は不法な契約解除を行ったとして契約無効と損害賠償を請求され、誰も新生銀行の引き受け手にならなくなるだけである。加えて、そんなことをすれば、我が国の金融行政に対する国際的な信頼を損ねることにも繋がる。考えてみれば当然のことで、一旦約束したものをそう簡単に「無くせ」とは言えないし、特約だけ削除すれば問題が消えるわけでもないのである。菅政調会長のような主張が堂々とされてしまうところに、我が国における相手方の権利との衡平性についての無関心が伺えるのではないだろうか(いつもは野党よりの『朝日新聞』も、さすがにソフトバンク連合に対する瑕疵担保特約廃棄には反対する姿勢を示していた)。■3、二重基準的行動の例
こうした二重基準的な行動は、法解釈の世界ではありがちなことであり、また無責任な野党・報道が(ときには人気とりのために与党でさえも)度々行ってきた「何でも反対」的常套手段である。そのやり口は極めて簡単で、自己の政治的主張に合致するような場合には、ストイックに「政治的独立性」を叫ぶ。例えば、小渕内閣の越智道雄元委員長が群馬県のある会合で「手心発言」をしたときは、実際には越智委員長にはそうした権限は無かったにも関わらず、野党や一部の報道機関は「独立性、中立性が侵された」等と騒ぎたて、遂には越智委員長の辞任騒ぎにまで発展した。つい最近では、第2次森内閣の久世公堯委員長が、数年前まである信託銀行から事務所を無料で借用していたことが発覚したが、これに対しても「透明であるべき金融行政」等という名目で、同様の批判が為されていている。
反対に、その独立機関の決定が気に入らない決定を下したときは、過去の発言もどこへやら、「国民の血税が・・・」「公務員のモラルが・・・」といった「民意」を利用して、昨日まで後生大事に守っていた独立性をいとも簡単に侵害する。例えば、昨年新潟県警で起きた一連の不祥事について、国家公安委員会が県警幹部の処分を決定した際、委員会は十分な理由を以って、前例に沿って処分を決定したのにも関わらず、「決定が持ち回りでなされたのはケシカラン」「処分が軽すぎる」として、野党を中心に激しい批判が巻き起こった。一昨年、人事院が決定した幹部を含む国家公務員の定期昇給について、政府与党は人事院勧告を無視する形で幹部のみ昇給カットを決定し、実行したが、これに対して「人事院の独立性を損ねる」といった批判はついぞ聞かれなかった。
こんなダブルスタンダードが平気で許されるようでは、海外投資家としても投資を手控えざるを得まい。■4、おわりに
「自分で作った法律は自分で守る」。これは「民意の反映」とともに国民主権原理の基本的原則であり、逆にいえば、国民主権国家においても単に民意が反映されればよいというものではない。国民主権ということは、即ち国民全体が統治権を持つのと同時に、その行使によって生じた結果責任を最終的には国民が負うことを意味しているのであり、これを代表する立法府は、「立法権」と共に「立法責任」を負う。また、「法」は、特定個人の政治的主張を通すための「後ろ盾」として利用され、伸び縮みするものであってはならない。自己の主張は、それが他者をも拘束することを予定した法解釈論として展開される以上、例え特定の場合に自分が不利になっても、これを貫き通す。無論、法律といえども時には間違った内容が制定される場合もあるから、法改正それ自体を主張することは十分理由があろうし、無闇に「法を守れ」と主張することは却って悪しき法実証主義である。法学においても、「契約は守られなければならない(pacta sunt servanda)」という原則がある一方で、当事者間の衡平を期するために、「信義誠実の原則」「事情変更の原則」といったもののも法理論として認められている(但し、法的安定性を阻害する「事情変更の原則」は、余程のことが無い限り認められないが)。しかし、時の「天の声、民の声」に任せて立法権者自らが法を捻じ曲げ、しかもその立法に関する責任を他者(この場合では倒産する必要の無かった「そごう」を倒産させている)に転嫁する等というのは、到底「法的自己責任」をまっとうした「責任ある政治」などとは呼べないのではないだろうか。中島 健(なかじま・たけし) 大学生
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