このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

森・プーチン首脳会談に思う
〜露側に日露関係を発展させる気はあるのか〜

中島 健

1、はじめに
 9月3日夕刻、ロシア連邦のウラジミール・プーチン大統領は、就任後初めての日本公式訪問のため大統領専用機でリュドミラ夫人、サハリン州知事らとともに羽田空港に到着し、森喜朗首相らの出迎えを受けた。しかし、4日と5日に合計3回行われた首脳会談でプーチン大統領は、4島返還は勿論、国境線確定と引き換えに当面ロシア側に施政権を認める橋本龍太郎前首相の「川奈提案」も拒否した上、「西暦2000年までの平和条約締結に努力する」とした「クラスノヤルスク合意」について「2000年までに条約締結をするとは書いていない」等として平和条約締結と2島返還も拒否したという。

2、誠意なきプーチン外交
 このように、領土問題について(後退こそ無かったものの)何等の進展も見られなかった今回の露大統領訪日は、全体として、ロシア側の対日関係発展の意図を疑わしめるような、極めて消極的なものであったという他ない。
 例えば、3日の訪日前にサハリン州ユジノサハンリスクを訪れたプーチン大統領は、日露会談を前にして「対日戦勝55周年記念式典」に参加した上、早くも「日本との領土問題が存在することは認めるが、それ以上のものではない。クリル諸島(国後島、択捉島を含む千島列島)のいかなる引き渡しも問題にはならない」「だれかが、(ロシア)政府はクリールを引き渡す意思があると言ったのかどうか」云々と述べ、来日前にハナから対日関係を発展させるつもりが無いことを明らかにしてしまった。「対日戦勝」式典で「(戦勝で得た)領土は返さない」と息巻く・・・これでは、日本国民としては、「じゃあプーチンは何をしに来日するんだ」「領土問題を進展させるつもりが無いなら帰れ」といった感想を持たざるを得ない。現に、返還反対の当のロシア側報道でも、「訪問は始まる前に終わっていた」(新イズベスチヤ紙)、「お飾り外交」(ラジオ局「エコー・モスクワ」)といった批判が浴びせられており、「日本は対露直接投資で13位でしかない。平和条約問題解決の見通しがあれば、日本は主要なパートナーになるはずだ」(イズベスチヤ紙)、「大統領が直前に『北方領土返還は問題外』等と発言してから訪日したのは外交の『素人』さの現れ。今後の対日外交は停滞するが、こんなことで中身のある対話が出来るのか」という、極めて妥当な報道が為されている。
 あるいは、実際の首脳会談合意の内容にしても、「1993年の東京宣言および98年のモスクワ宣言を含む今日までに達成されたすべての諸合意に依拠しつつ、『択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の帰属に関する問題を解決することにより』平和条約を策定するための交渉を継続することに合意した」、そのために「①平和条約締結問題合同委員会及び国境画定委員会の作業の一層の加速のために新たな方策を策定し、②(92年の)「日露間領土問題の歴史に関する共同資料集」に93年以降の資料を含め、その新しい版を準備し、③平和条約締結の重要性をそれぞれの世論に説明する努力を活発化させる」といった抽象的な文言に終始しており、実質的な合意と言えそうなのは「日露貿易経済分野の協力深化プログラム」(「森・プーチン・プラン」)等他の文書だけであった。第一、「国境画定委員会の作業の一層の加速」に合意したといっても、元々「国境線確定」が「加速」が必要なほど困難な作業には思えない。
 なるほど、確かに「クラスノヤルスク合意」には、プーチン大統領が主張したように「2000年までに条約締結をするとは書いていない」。合意されたのは、「条約締結に全力を尽くす」ということだけである。しかし、リップサービスだけを手土産にして交渉を先延ばしにしよとするロシア側に対して、日本側は、国境線確定と引き換えにロシアの施政権を当面認める(事実上、施政権返還は先延ばしにする)という大胆な「川奈提案」を行っている。領土即時返還を主張する我が国としては、ロシア側が同意しやすいように国境線だけ確定させて暫定施政権を認め、大きな譲歩で「全力を尽く」したのに、それすらも拒否するロシア側が「全力を尽くした」等と言える筋合いではない(もっとも、国境線を確定することは領土問題を「権原」の問題から権原を前提とした「国境線」の問題へと変質させる要素を孕んでいる)。第一、「全力を尽くす」とは「条約締結ではない」、などというのは、ある種の姑息な法解釈に過ぎないと言うべきであろう。
 結局、今回の日露首脳会談での実質的成果は、「サハリン石油・ガス開発プロジェクト」の推進と、「日本の国連安保理常任理事国入りの支持」ぐらいのものだったのではないだろうか。

3、返還に向けた世論の高揚を
 記者会見の場でプーチン大統領は、交渉期限の問題について「私にとって大事なのは期限ではない。双方の善意だ」と述べたという。だが、大統領が今回の会談で、その「大事」にしている「善意」をロシアとして発揮できた等と思っているようであれば、それは重大な誤解という他無い。ロシア側が1956年の日ソ共同宣言の有効性を確認したことを以って「日本側の一歩前進」と捉える向きもあるが、日露関係の改善に関する限り、日ソ共同宣言は勿論、最終的に北方四島の返還こそが重要なのであって、プーチン大統領はその当然の確認をしたまでである。大統領は又、「領土問題の解決を希望している」とも語ったとされるが、日本側にとって「領土問題の解決」とは「四島返還」であるのに対し、ロシア側は「日本が領土返還を諦めること」が「解決」と認識されているきらいがある(ユジノサハンリンスクでの大統領の発言からも伺える)。
 こうした状況にあって、我が国外交当局がロシアに対して確固たる主張をするためには、終局的には「領土返還無くして日露関係改善はあり得ない」という国民世論の合意がますます必要である。無論、単にロシア側を牽制するだけでは交渉は進まないだろうが、さりとてロシア側の望むままに経済的関係を拡大したら、ロシア側の思う壺である。現に、今回の訪日でもプーチン大統領は、同氏が支持率を上げるきっかけとなったチェチェン問題に関して、我が国が欧米とは一線を画した態度をとったことも忘れたかの如き交渉態度を見せた。12月にロシアで予定されている日露首脳会談では、日本側が安易に経済関係拡大に走ることがないように期待したい。

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


目次に戻る   記事内容別分類へ

製作著作:健論会・中島 健 無断転載禁止
 
©KENRONKAI/Takeshi Nakajima 2000 All Rights Reserved.

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください