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防衛機密を情報公開条例から守れ
〜情報公開・建設基準に関する防衛特例法を制定せよ〜

中島 健

1、はじめに
 平成元年(1989年)9月、元那覇市議の島田正博氏ら住民からの情報公開請求を受けて、那覇市が同市内の海上自衛隊那覇基地の対潜水艦戦作戦センター(ASWOC)の建築資料公開を決定したことに対して国が「国防上重大な支障が出る」として那覇市長を相手取り公開決定の一部取り消しを求めた裁判で、最高裁判所第二小法廷(亀山継夫裁判長)は13日、「那覇市の条例に照らすと、国の主張する利益を保護する規定はなく、国には原告適格はない。訴えは不適法」として国の訴えを却下した二審判決の結論を支持、国側の上告を棄却して国側の敗訴が確定した

▲国側を敗訴させた最高裁判所(東京都千代田区)

 判決について中谷 元防衛庁長官は「国の主張が理解を得られず誠に残念。防衛庁として極力、防衛行政上の支障を補えるように、適宜、所要の措置をとりたい」との談話を発表した。一方で、被告・那覇市側弁護団幹事長の新垣勉弁護士は、「市の公開すべきだとの積極的判断を、最高裁が認めた意義は非常に大きい。防衛情報といえども聖域化は許されない。」として判決を歓迎している。

2、裁判の争点
  行政事件訴訟法 (昭和37年法律第139号)の規定及び解釈によれば、取消訴訟(処分の取消を求める訴え)を提起するには、(1)行政の行為が「処分」にあたること(処分性)(※注1)(2)法律上保護された「原告適格」(出訴する資格)があること(※注2)(3)「訴えの利益」(処分を現実に取消してもらう必要性・実効性)があること(※注2)、が必要であるとされる。例えば、「ゴミ焼却場の建設計画」を撤回させるべく行政事件訴訟を提起しても、「公権力の行使にあたる行為」ではないとして(1)(処分性)が否定されるし(昭和39年10月39日最高裁判決)、一学者が「史蹟指定解除処分」の取消を求めても、法律はそうした学者の「文化財享有権」を認めていないとして(2)(原告適格)が否定される(平成元年6月20日最高裁判決、「伊場遺跡事件」)。また、運転免許証にこれまで処分を受けた事実が記載されることについても、それは事実上の不利益に留まり法的不利益は無いとして、(3)(訴えの利益)が否定される場合がある(昭和55年11月25日最高裁判決)。本件裁判ではこの内(2)(3)が争われたが、最高裁は、(3)については「国は施設所有者として持つ利益の侵害を主張しており、訴えは法律上の争いに当たる」と指摘して「国や自治体が権限行使をめぐってぶつかった場合、行政内部で処理されるべきで、法律上の争訟に当たらない」とした二審の福岡高裁那覇支部判決(平成8年9月)を退けたものの、(2)については「那覇市情報公開条例第6条の列挙事由には国の防衛上の利益を保護する規定はなく、国には原告適格はない」として、これを否定した。なお、判事の内、外交官出身の福田 博裁判官は、「国と地方自治体の利害が対立する場面が増えており、国に原告適格を認めるべきで、那覇地裁に破棄、差し戻しすべきだ」との反対意見を述べた。
 対潜水艦戦の中枢であるASWOCに関する資料が実質的な機密にあたるかどうかについて最高裁は判断を避けたとはいえ、本件判決は不当という他ない。国側の「施設の内部構造が明らかになると、警備上の支障や、外部からの攻撃に対応する安全性が低くなる」という主張は全く正当であるし、軍事情報の専門家であれば、施設の規模や電力消費量等から、ある程度までその施設の能力を推測することが出来るから、図面といえども秘密として保護する必要性は高い(国は、公開決定された資料44点のうち、部屋割りが特定できる平面図など21点について、不開示を求めていた)。また、法律用語上「秘密」とは形式上「防衛秘」に指定されたものではなく実質的に秘密として保護に値するものを言うのであるから、「秘密指定されておらず、保護すべき秘密は認められない」という那覇地方裁判所の一審判決(平成7年3月)も疑問が残る。
 この点、国の情報公開法(平成11年法律第42号「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」)第5条第3項は、行政機関の長は「公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」は、(同法第7条の反対解釈から)開示してはならないものとしている(※注3)。これは、「認めることにつき相当の理由」という表記からして、これは当該行政機関の長に広い政治上・専門技術上の裁量を認めたものである(※注4)。無論、ここに言う「行政機関の長」とは中央省庁及び会計検査院の長(第2条)であって那覇市長は含まれない(※注5)。しかし、情報公開法の趣旨として防衛情報の不開示を定めている以上、条例を「法律の範囲内で」定めるべき(憲法第94条)地方公共団体としては、本来であれば情報公開法の趣旨に反するような情報公開条例を制定することは出来ないはずである。情報公開法も、第41条で「地方公共団体は、この法律の趣旨にのっとり、その保有する情報の公開に関し必要な施策を策定し、及びこれを実施するよう努めなければならない。」と規定しており、既に情報公開条例を持つ地方公共団体に対しても、速やかに情報公開法の趣旨に従った改正作業を行なうことが期待されている(※注6)。即ち、本件のような事例においては、最高裁は、国側の原告適格・主張を認めた上で、「防衛上の理由」で不開示を認めない条例のほうを違法とすべきだったのである。情報公開法の不開示事由に該当する情報は、情報公開条例を以ってしても開示し得ない旨、明記する法改正が必要であろう。

3、最大の問題点は何か
 しかし、本事件で露呈した最大の問題点は、我が国防衛庁・自衛隊が建設する軍事施設といえども、建築基準法(昭和25年法律第201号)の適用を受け、一般の建築物と同じように、建築主事による建築確認を受けなければならない、という法制度そのものの不備である。特に、最高裁が本件について国側を敗訴させたのも、那覇防衛施設局が建物に関する資料を那覇市側に既に引き渡していることを以って、それだけ機密性が低いと判断したからではないかと考えると、情報公開法の改正だけでは済まない話である。
 建築基準法第6条第1項は、「建築主は、・・・建築物を建築しようとする場合・・・においては、当該工事に着手する前に、その計画が建築基準関係規定・・・に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない。・・・」(※注7)としており、建築基準法上適用除外がなされているのは、主として文化財だけである(第3条)(※注8)。国家機関の建築物については、別に「官公庁施設の建設等に関する法律」(昭和26年法律第181号)があるが、その第2条第2項は、「庁舎」の定義から「自衛隊の部隊及び機関が使用する建築物」は除かれるとしている他(※注9)、防衛施設について特段の規定を置いていない。だから、例えば最近立てかえられた市ヶ谷の防衛庁新庁舎(ここには、地下の中央指揮所や情報本部の電波塔もある)も、建築にあたっては東京都から必要な建築確認を態々受けている。那覇市がASWOCの図面を所有していたのも、結局はこうした建築関係法規によって防衛庁側(那覇防衛施設局)が書類を那覇市の建築主事に提出したからであり、島田正博氏はここをついて情報公開請求を行なったわけである。

 

▲中央省庁の庁舎も「建築基準法」「官公庁建設法」の適用を受ける
(写真左は中央合同庁舎4号館、右は防衛庁庁舎)

 しかし、防衛庁・自衛隊の所管する軍事施設(防衛施設)について、一般国民・官公庁の建設する施設に対するのと同様の扱いをするのは、その施設の特殊性に鑑みれば極めて不当である(※注10)。防衛庁は既に、毎年の「防衛白書」において、有事法制に関する調査報告の中で、有事において自衛隊の部隊が防空壕その他の陣地を建築する際にこうした建築関係法規の規定が障害になることを明らかにしているが、同様の問題は平時であっても妥当すると言える。恐らく、かくの如く我が国法制度が防衛上配慮を欠いたままでいるのは、これまでの国民世論の防衛庁・自衛隊に対する意識や軍事関係の法制度の整備が与党の中でもあまり意識されていなかったからであろうが、世論も有事法制の整備に一定の理解を示すようになった今、こうした「平時防衛法制」についても、早急な整備が求められる。防衛庁・自衛隊の施設のための建築基準特別法を制定し、防衛施設の建築基準については防衛施設庁がこれを監督するような制度に改める必要があろう。

4、おわりに
 今回の最高裁判決に対して、那覇市に開示請求をしてこの事件のきっかけを作った島田正博元那覇市議会議員は、「ホッとした。ただ、裁判が長過ぎ、国民の知る権利に応えていない。知りたい時に知ることができなければ意味がない。判決は、何でも隠したがる国側の姿勢を批判したといえるが、国の姿勢は情報公開法でも変わっていない。「知る権利」を明記するなどの法律改正に判決がつながっていけば、と思う。」と話しているという。しかし、国は、ASWOCという重要な施設に関する秘密を保護しようとしたのであり、こうした情報は本来であれば不開示とされるべき性質のものである。上述したように条例制定権の範囲を定めた憲法第94条の趣旨にも反するし、重大な問題であったからこそ審理に時間がかかったのである(無論、裁判法の視点からは、12年という期間は長すぎるとは言えるが)。国の情報公開法に「知る権利」が明記されていないのも、別に国側が「何でも隠したがる」からではなく、主として法技術論的な理由からに過ぎない(※注11)
 今後、同様の訴訟が提起され、国の防衛施設に関する秘密が公開されてしまうことの無いよう、防衛当局による速やかな法整備(情報公開、建築基準)の検討着手に期待したい。

※注意事項
注1:
処分性について昭和39年10月39日最高裁判決は、「行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものを言う」としている。
:塩野 宏 『行政法Ⅱ』第2版 有斐閣、1994年 78ページ〜)
注2:行政事件訴訟法第9条は、「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。」としている。

(:塩野前掲書、
99ページ)
注3:情報公開法第7条は、「行政機関の長は、開示請求に係る行政文書に不開示情報が記録されている場合であっても、公益上特に必要があると認めるときは、開示請求者に対し、当該行政文書を開示することができる。」としており、これは不開示情報の開示を禁じたものであるとされる。
(:
宇賀克也 『情報公開法の逐条解説』第2版 有斐閣、2000年 41ページ
注4:宇賀前掲書、21ページ。
注5:宇賀前掲書、61ページ。
注6:宇賀前掲書、150ページ。
注7:建築基準法第6条第1項:
 建築主は、第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(増築しようとする場合においては、建築物が増築後において第一号から第三号までに掲げる規模のものとなる場合を含む。)、これらの建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合又は第四号に掲げる建築物を建築しようとする場合においては、当該工事に着手する前に、その計画が建築基準関係規定(この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地、構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない。当該確認を受けた建築物の計画の変更(国土交通省令で定める軽微な変更を除く。)をして、第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(増築しようとする場合においては、建築物が増築後において第一号から第三号までに掲げる規模のものとなる場合を含む。)、これらの建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合又は第四号に掲げる建築物を建築しようとする場合も、同様とする。
注8:建築基準法第3条第1項:
 この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定は、次の各号の一に該当する建築物については、適用しない。
 一
 文化財保護法 (昭和二十五年法律第二百十四号)の規定によつて国宝、重要文化財、重要有形民俗文化財、特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝天然記念物として指定され、又は仮指定された建築物
 
 旧重要美術品等の保存に関する法律(昭和八年法律第四十三号)の規定によつて重要美術品等として認定された建築物
 
 文化財保護法第九十八条第二項の条例その他の条例の定めるところにより現状変更の規制及び保存のための措置が講じられている建築物(次号において「保存建築物」という。)であつて、特定行政庁が建築審査会の同意を得て指定したもの
 
 第一号若しくは第二号に掲げる建築物又は保存建築物であつたものの原形を再現する建築物で、特定行政庁が建築審査会の同意を得てその原形の再現がやむを得ないと認めたもの
注9:官公庁施設の建設等に関する法律第2条第2項:
 この法律において「庁舎」とは、国家機関がその事務を処理するために使用する建築物をいい、学校、病院及び工場、刑務所その他の収容施設並びに自衛隊の部隊及び機関が使用する建築物を除くものとする。
注10:建築基準法第1条は、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と定めている。
注11:宇賀前掲書、16ページ。

※参考文献
芦部信喜  『憲法』新版 岩波書店、1997年
宇賀克也 『情報公開法の逐条解説』第2版 有斐閣、2000年
塩野 宏 『行政法Ⅱ』第2版 有斐閣、1994年
原田尚彦 『行政法要論』 日本評論社
『別冊ジュリスト 行政判例百選Ⅰ・Ⅱ』 有斐閣
「毎日新聞」ホームページ
「産経新聞」ホームページ」

中島 健(なかじま・たけし) 大学生


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